第35話 天道一夜VSレヴァンティン③

「とにかくその傷を治療しないと! 君が死んでしまう!」

「ハイポーションの予備がテントにあったはずです……。持ってきてもらえますか……」

「わかった。少し待っていてくれ!」


 千景はイベントテントに走っていき、すぐにハイポーションを手に戻ってきた。


「これで大丈夫なのか?」

「はい……傷は治るはずです……」


 :よかった、このまま天道が死ぬかと思ったわ

 :攻略前で回復アイテム残ってたのがよかったな

 :さすが一本百万円のハイポーション、ぐちゃぐちゃの内臓も即修復よ

 :『死ぬこと以外はノーダメージ』がキャッチコピーなだけある

 :でも回復のためにメッチャ魔力を消耗しなかったか?

 :だから魔力に余裕がある時じゃないとヤバい、最悪魔力の枯渇で死ぬ

 :そういう意味だと予断を許さない感じか

 :すぐに病院で治療を受けないと危険だな


 肩で息をしながら青白い顔で、天道は瓶に入った紫色の液体を飲み干した。


 体内からミヂミヂと肉や骨、血管が修復される音が聞こえてくる。


 その代償としてさらに体内の魔力が減少し、全身が鋼鉄に変化したような重くなった。


 ひとまず危機は去った。

 二人がそう安堵したその時、


「ケヒャヒャヒャアアアアアアアアア! オレ復活ぅっ! 終わったつもりでいたかあ! 甘いだよお!」

「レヴァンティン!? まだ動けるのか!?」


 :あいつまだやる気かよ!?

 :半分に折っただろ!?

 :しつこすぎて草枯れる

 :もしかして本体は柄の部分か?

 :ていうかなんだよあの姿!

 :魔力形成使えるの!?

 :いや、どうやって移動したんだよとは思ってたけども


 沈黙を引き裂くように、耳障りな声が周囲へ響きわたる


 関節のない手足をくねらせるのは、魔力形成で作られた人型だ。


 マネキン人形のような形をしたそれの手には、半分に折れたレヴァンティンが握られていた。


「一杯食わされたのはムカつくが、結局最後に勝つのはオレってことよ。ボロボロのてめえらくらい、このボディで十分だぜ!」

「千景さん、戦えそうですか」

「すまない。やつに魔力を吸収されてしまって……数分は待たないと戦えそうもない」

「僕もあとパンチ一発ってところです」


 残り少ない魔力で戦わなければならない二人は、互いの現状を伝えあう。


 天道は何かを決めたように頷き、配信ドローンに小声で合図を送った。


 :出番きたああああああああああああああああああああ!

 :おっしゃああああああああああああああああ!

 :お前らいくぞ!!

 :了解!

 :プランBきたな

 :まかせとけ!

 :マナー違反だけど、今回は非常事態だしな


 リスナーたちトが天道の合図に反応する。

 そしてコメント欄に表示されていたアイコンが、一斉に消えた。


「コメントとおしゃべりとは余裕だなあ! それが遺言ってことでいいですかあ!」

「千景さん走って!」

「わかった!」


 :逃げられるの!?

 :魔力なしはキツくないか?

 :二人とも頑張って!


 天道と千景は魔力を使わず、本来の脚力だけで逃げる。

 しかし、そのスピードは小学生と変わらないレベルだ。


 ここまでの戦闘で溜まった疲労が、鉛のように重く足へまとわりついてくる。


 一方、二人を追いかけるレヴァンティンも、魔力形成で作った身体では素早い動きはできなかった。


 満身創痍同士の鬼ごっこ。

 だが、それも長くは続かなかった。


「くっ……身体が……」

「天道くん!?」

「さっき腹ぶった斬られて平気なわけねーよなあ! 無駄に足搔いてんじゃねえよ! おらっ、どけ!」

「あぐっ、あああああぁぁっっ!」


 天道の足が止まる。


 レヴァンティンは邪魔なゴミを排除するように千景を蹴り飛ばし、自分の本体を高く掲げた。


「今度こそ終わりだ天道一夜。理不尽に不本意にここで死ね」

「……レヴァンティン。僕の好きな言葉を知ってますか?」

「は? なんだそりゃ。興味ねーよ」

「最期だから教えましょう。『探索者は助け合い』です」


 天道の言葉に応えるように、一条の光が閃いた。


 それは人型の肩に直撃すると、穿つように風穴を開ける。


「は。ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」


 折れた刀身で叫ぶレヴァンティンを、ビルの上からスコープ越しに見るのは、ピンク髪をツインテールにした美少女


 リリカ・バレットファイアーだ。


「今度はリリカが助け番だね。任せて!」


 スナイパーライフルに変化したミミクリーバレルに、再び魔力の弾丸が装填される。


 マッハ2を超える速度で発射された弾丸は、人型の足を吹き飛ばした。


「どっ、どっから撃ってきやがる! 姿を見せろ卑怯者!」

「お前がそれを言いいますか」

「う、うるせえええええええ! クソッ、あとちょっと勝てたのによおおおおおおおおッッ!」


 :作戦通りリリカちゃんに伝えてきたぞ!

 :思いっきり鳩行為だけどまあええやろ

 :今回は二人の命がかかってるからな

 :ちょうどコメント読めるタイミングでよかった

 :運要素デカすぎだけど、なんとかなったな

 :ビルの上に避難して、回復アイテム使ってる時だったし

 :マジでツイてたわ

 :あと、あちこちのギルドから救援が来てるから、ドラゴンはそっちに任せていいぞ!

 :いまダンジョン協会の探索者が来たって!

 :ちなみに他のメンバーも全員無事だぜ!

 :安心して寄生野郎をぶっ飛ばしてくれ!


 配信ドローンのプロジェクターが、地面にコメントを映す。


 天道が事前に話していた作戦は、他に手のないピンチが訪れた場合のみ、コメントで狙撃のサポートを要請することだった。


 その時にリリカがコメントを見て、サポートに回れる状況、位置関係でなければ成立しない、穴だらけの作戦。


 だが、天道は紙のように薄い可能性賭け、勝った。


【千里眼】を用いた超長距離狙撃が、人型の手足を撃ち削る。


「やべえ……魔力形成が維持できねえ。崩れちまう!」

「僕の魔力はあとパンチ一発分しかありません。逃げるならいましかないですね」

「ッッ……!」


 ぐらつく人型を支えるように、レヴァンティンは半分に折れた本体を、地面の上に突き立てる。


 あらゆる人間、魔物を支配し使い捨ててきた魔剣は、目の前の少年にはじめての恐怖を覚えていた。


 自分の意識が消失する根源的危機、死の恐怖を。


「オレは……S級アイテム隷属剣レヴァンティンだぞ! どんな人間や魔物だろうと意のままに支配できる! そいつの力を限界以上に引き出せる! だれもが最強になれる理想の魔剣だ! だから見下すな! てめえいたいなガキが見下すんじゃねええええええええええええええええ!」

「それは遺言ってことでいいですね

「ッッ……! あ、ひぎゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 バキイイイィィィィイイインッッ!!


 残る魔力を振り絞った、正真正銘最後の一撃が刀身を粉砕する。


 刃だけではなく柄も無数の破片となり、レヴァンティンの意識は完全に消失した。


「これで……今度こそ終わりですね」

「天道くん!」


 その場で崩れ落ちそうな天道を、千景が背中から抱きしめるように支える。


 顔色は青白く、体力、魔力、共に限界はとうに過ぎていた。


「救援を呼んですぐに病院へ行こう。少し待っていてくれ」

「でも……まだ破界現象は止まっていません。魔物を倒さないと被害が……」


 満身創痍の状態で住人の安全を心配する。

 その時、街の一角で圧倒的な魔力が光の柱となり、天に昇った。


「あ……あれは?」


 雷皇竜やレヴァンティンとは比較にならない魔力量に、天道は目を見開いた。

 一方、千景は安堵したように、ほっと息を吐く。


「もう大丈夫。あの魔力の持ち主はわたしたちの仲間だ。彼女ならドラゴンが何万体いようと問題ない」

「仲間……ですか?」

「君はまだ会ったことがなかったな。光の下にいるのはS級探索者、殺生寺先輩だ」


 よく考えてみれば戦いが終わったのに、ドラゴンたちが再び襲いかかってこない。


 大穴からまだ湧き出てくる魔物は、吸い寄せられるように光の柱へ向かっていた。






 ◇ ◇ ◇ ◇






『殺生寺さん、救援要請に応じて頂きありがとうございます』

「相変わらず菜奈葉は真面目じゃのう。そう固くならんでも、ちゃんと仕事はやり遂げるぞ。久しぶりの生配信じゃしな」


 金色の長髪を腰の辺りまで伸ばし、狐耳に巫女服を着た少女、殺生寺宇迦せっしょうじうかは、首からぶら下げたスマホに話しかける。


 電話の向こうで小岩井が頭を下げている様子を想像して、殺生寺はフフッと笑った。


『ダンジョンの穴はあと二時間以内に消滅する見込みです。それまで、魔物を引き付けてください』

「ボーナスタイムは二時間以内ということじゃな。ドロップアイテムの回収はそちらに任せるぞ。わらわチマチマした作業は苦手なんじゃ」


 殺生寺は交差点の中心に立ち、片手を天にかざして、これ見よがしに魔力を放出する。


 魔物が蔓延り戦場になった街においても、少女の表情には欠片の緊張感もなかった。


「グルオオオオオオオオオオオッッ!」

「ガル……ギシュウウウウウウウウウウッッ!」

「シィ……シャアアアアアアアアアアッッ!」

「わらわの魔力に釣られて集まってきたか。卑竜、サンダードラゴン、ワームドラゴン、ワイバーン。やれやれ、脅威度A以上の個体は天道少年が討伐済みのようじゃの。残っているのは雑魚ばかりか」


 嘲笑のニュアンスを感じ取ったのか、ドラゴンたちの唸り声が激しくなる。


 殺生寺は配信ドローンにピースをすると、


「こんこん九尾~、殺生寺宇迦じゃ。今日は破界現象で溢れたドラゴンどもを殲滅していくぞ。ほぼ雑談配信じゃからゆる~く見てほしいのじゃ」


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「なんじゃまた混線しておるのか。まあその内直るじゃろう。わらわ機械のことはよくわからんしのう」


 殺生寺の臀部から魔力で形成した、九本の尻尾が出現する。


 刹那、太陽のごとき光と夜闇よりも暗い瘴気が四方八方に伸び、それがドラゴンたちの見た最期の光景になった。










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