第32話 それぞれの戦い

 破界現象を引き起こした男は気絶している。

 あとはドラゴンの群れを止めるだけだ。


 問題はそれが一番難しいってことなんだけど。


「天道くん、何か作戦はないだろうか?」

「いっちーがこの中で一番強いからね。ないならリリカたちで考えるけど」

「わかりました。三秒待ってください」


 :一番新人の天道が頼られてて笑う

 :チカ姉はリハビリ中だし、リリカちゃんはサポート担当だからな

 :前線に出られる天道中心に作戦を立てるしかない感じか

 :一応、南波海琴もいるぞ

 :あの人は脳筋すぎるからダメ

 :すぐ熱くなって突っ込みすぎるからな

 :残りのメンバーはマイペースか野生児だし

 :消去法で天道しかおらんのよ


 僕の力が頼りにされているなら、全力で応えたい。

 目的もなくあちこちに走り出すドラゴンの群れを見て、答えは決まった。


「大穴正面から来る魔物は僕と千景さんで相手をします。小岩井さん、その間に大手ギルドやダンジョン協会へ救援要請をお願いします」

「わ、わかりました!」

「リリカさんと残りのメンバーは、撃ち漏らした魔物を大通りに誘導してください。千葉先輩のスキルがあれば小人数でも戦えるはずです」

「オッケー、任せて!」


 スキルの応用力が高い千景さんと僕なら、ドラゴンの群れが相手でもある程度戦える。


 リリカさんたちが協力すれば、残った敵にも負けないはずだ。


 作戦とも呼べないような組み分けだけど、救援が来るまではこれで凌ぐしかない。


 あとは死なないように頑張るしかない。


「それと一つお願いがあります」

「……! 承知致しました。すぐに手配します」


 今回は魔力の武器とスキルだけじゃ、乗り切れないかもしれない。


 僕の要求を聞いた小岩井さんは、すぐにスマホでサンプロ本社に連絡を取ってくれた。


「あとリリカさん、僕から合図があった時は……」

「……なるほどね。オタクくんたちなら大丈夫だと思う」

「助かります」


 リリカさんにもいざという時の作戦を伝えておく。

 これが戦う前にやれることの全部だ。


「ガグオオオオオオオオオオオオッッ!」

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」

「ギャギャギャギイイイイイッッ!」

「【時の反逆者】!」


 襲い来るドラゴンの群れを、時間停止で動きを止める。


 一分間でどれだけ敵を減らせるかが勝負だ。


 僕は魔力剣を両手に握り、群れの中へ飛び込んだ。






 ◇ ◇ ◇ ◇






 破壊現象発生から十分後。


 天道、千景と別れたサンプロメンバーは、作戦に従って大通りに取りこぼしたドラゴンの群れを集めていた。


 群れの中に多いのは“卑竜”と呼ばれる、知性のないドラゴンだ。


 四本の脚でドタドタと地面を走り、眼球は新しい獲物を求めて、せわしない動き回っている。


 リリカ、倉石、獣坂、南波、千葉は、ドラゴンを引き付けながら、無人になった四車線を駆ける。


 小岩井は車に乗り、サンプロ本社に向かっている途中だ。


「来た来た! めっちゃ来てるよ!」

「なんかすげー、怒ってないっすか!?」

「ぼくが殴ったせいかなー」

「うちも横腹に前蹴り入れてるしな」

「私のゴーレムも全力パンチしてる」


 :全員のせいだこれ

 :そりゃ怒るわ

 :天道とチカ姉が大半引き受けてくれたのに、めちゃくちゃいるじゃねーか!

 :だって湧きの原因になってる大穴潰してないし

 :まずボスを倒して、ダンジョンを消滅まで持っていかないとな

 :それ考えると絶望的なんだけど……

 :救援の探索者早く来てくれー!


 リリカのリスナーたちが、思い思いのコメントを投げる。


 目まぐるしい状況に対応するように、配信ドローンが探索者たちの周囲を飛び回っている。


「グルオオオオオオオオオオオオッッ!」


 ──ピシャアアアアアアアンッッ!


「あっぶな! 角から雷撃打ってくるんだけど!」

「雷鳴震孔のダンジョンに生息してるから、全員雷属性持ちやな」

「対雷装備早めに着といてよかった」


 自分から一メートルの距離に雷が落ち、リリカが思わず叫ぶ。


 今回の探索者衣装には、靴に『避雷鉄』と呼ばれるアイテムが仕込まれている。

 魔力で防ぎきれない電撃は、アースのように地面へ流す効果があるからだ。


「道路全員道路に入ったね。千葉くん、よろしく!」

「リリカ先輩、了解っす! 【オイルマスター】!」


 千葉リョウトの手のひらから琥珀色のオイルが溢れ、道路に広がっていく。


 彼のスキル【オイルマスター】は、オリーブ油からマッサージオイルまで、あらゆる種類のオイルを生成することができるのだ。


 そして、生成したオイルはよく滑る。


「ギャゴオオオオオオオオオオ!?」

「ガギ……グルガオオオオオオオオオッッ!」

「ルルル……ギャルルルウウウウウウウウウウウウッッ!?」


 :千葉リョウトうおおおおおおおおおおおおおお!

 :オイルマスターきたああああああああああああああああ!

 :めっちゃ滑ってて笑う

 :卑竜の移動手段は脚しかないからな

 :すげえ! 新春ぬるぬる相撲以外でスキルが役に立ってる!

 :ダンジョンでも撤退する時に使ってただろ!

 :俺は前からやるやつだと思ってたぞ

 :

 オイルを踏んだドラゴンたちは、一匹残らずその場で転倒した。

 鋭い爪で立ち上ろうとしても、ヌルヌルとオイルをかき回すだけだ。


「よっしゃ! 成功っすよ!」

「ナイス、千葉」

「いっちーの作戦通りだね。あとは各個撃破かな」


 リリカの銃型アイテム、『ミミクリーバレル』が対戦車ライフルに変形する。


 薬室には魔力で形成された弾丸が装填された。


「ガルオオオオオオオオオオオオッッ!」

「【千里眼】。へー、心臓は胸の中心なんだ」

「ガッ……ルオオオ……ッッ!?


 魔力の弾丸は卑竜の心臓を正確に貫いた。

 二十メートル近い巨体がドシャンッと轟音を鳴らして、オイルの海に沈む。


「ここで減らせるだけ減らすね!」

「ワイバーンみたいに飛ぶやつは任せて」

「今日はお腹パンパンになるまで食べちゃうよー」


 アスファルトや街路樹を巻き込んで、ゴーレムの軍団が出現する。


 獣坂プレデターの着ぐるみは、ウサギから獅子に牝山羊の角が生えた、キマイラに変貌していた。


 これは彼女のスキル『七変化の捕食者』によるものだ。


 動物、魔物をモチーフにした着ぐるみを着装することで、元にした生き物の能力を人間サイズで再現できる。


「サンダードラゴン、いただきまーす」

「ガフッ!?」


 四脚から生み出される爆発的な脚力で距離を詰め、一撃で喉笛を噛み千切った。


 呼吸を止められたサンダードラゴンは、その場に崩れ落ちる。


「ゴーレム、全員出て」

「魔力強化! 今日のうちは鬼より強いで!」


 アスファルトが波のようにうねり、百体からなるゴーレムの軍団が出現する。

 

 南波海琴は全身に山吹色の魔力をまとい、拳を打ち合わせてた


「探索者たちがドラゴンを食い止めてるぞ!」

「いまの内に逃げるんだ!」

「お姉ちゃんたち、ありがとう!」

「サンプロの人たち、がんばってくれ!」



 マンションや家の中で震えていた、付近の住民が一斉に避難を開始する。


「コメントもらったら、探索者として頑張らないわけにはいかないよね」


 声援を受けてリリカが微笑む

 そして、五人の戦いが始まった。






 ◇ ◇ ◇ ◇






「ハアアアアアアアッッ!」

「ギャッ! ガアアアア……!」


 僕は魔力剣でサンダードラゴンの胴体を真っ二つにする。

 ジグザクに雷の模様が入った体躯が、少し間を置いて崩れ落ちた。


「シャアアアアアアアアアアアアッッ!」

「【氷姫雪影】! 氷槍裂破ッッ!」


 空中から襲い掛かるワイバーンを、地面から生えた氷の槍が貫く。

 さすが千景さん、僕の隙を完璧にカバーしてくれている。


 :このコンビ最強すぎんか?

 :もう二千体くらい倒してるぞ

 :これ相手がスライムでもすごいけど、ドラゴン相手だからな

 :マジでS級探索者レベルだろ


 周囲にはドラゴンの死体がいくつも横たわっている。

 千景さんのおかげで、スキルの使用も最小限に抑えられている。


 イベントテントに回復ポーションの予備がたくさんあったのは、ラッキーだった。


 敵は無限に湧いてくるみたいだけど、これならまだ戦えそうだ。


「魔力は持ちそうですか? ポーションまだ残ってますけど」

「あと百体倒したらもらおうか。君とならまだまだいけそうだ」


 千景さんがどんっと胸を叩く。

 こんなときでも凛とした雰囲気は変わってない。


 すごく頼りになる。


「次の敵が来たようだな。あれならわたし一人で十分だ。行ってくる」


 剣や槍を構えたリザートナイトたちが、こちらに走ってくる。


 数は六体しかいないけど、なぜだか僕は嫌な予感がした。


 そういえば地面に転がっていた西洋剣は、いつの間にか消えている。


 戦いに集中してたから今まで忘れていたけど、あれはなんだったんだろう。


「【氷姫雪影】! 氷連斬ッッ!」


 氷を纏った刃が連続で爬虫類の首を斬り飛ばす。


 その時、リザートナイトの一体が背中から新たな剣を取り出した。


 それは、救世委員会の教主を殺した、血濡れの西洋剣だ。


「ヒャヒャヒャ! 待ってたぜこの時をよぉ!」

「なっ!?」

「まさか……! 【時の──」


 スキルを発動しようとしたけど、一歩遅かった。


 西洋剣から魔力の糸が伸びて、千景さんの身体に刺さる。


「あああ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

「千景さん!」


 耳をつんざくような悲鳴が起こり、しなやかな身体がビクビクンッと跳ねる。


 声が治まると、そこには千景さんの姿をした“別の何か”がいた。


 そいつはいつもと変わらない彼女の声で、でも決定的に違う口調でこう言った。


「ケヒャヒャヒャヒャッッ! オレっちの名はレヴァンティン! メインイベントの開始だぜ天道一夜!」



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