第31話 最悪の始まり
「ちょっ……嘘でしょ!?」
「何者だ貴様!」
銃口と刀の切っ先が黒コートの男に向けられる。
次の瞬間、男の身体が砂のように崩れ、血まみれの西洋剣がガランッと音を立てて地面に落ちた。
あれは分身を生み出すB級アイテム、『ドッペルゲンガー』だったのかもしれない。
「っ……一体どこに……!」
:はあああああああああああああああ!? 何刺してんの!?
:ぎゃあああああああああああああああああああああああ!?
:グロきたあああああああああああああああ!
:やべえ……吐きそう……
:ダンジョン配信よく見るけど、至近距離のグロは久しぶりだわ
:ていうかコイツだれだよ!?
:いやいやいや、何が起こってるの!?
いまのシーンはショッキングすぎる。
無理もないけど、コメントも大混乱している。
早くあの男を探し出さないと。
目ではなく魔力探知で気配を探ると、微かに違和感のある場所が見つかった。
「皆さん、あそこです!」
指差したのはダンジョンへ通じる大穴のそば、ポツンと立った街灯の上だ。
黒コートの男は漆黒の球体を頭上に掲げている。
一体なにをするつもりなんだ。
「扱いやすい馬鹿は助かる。おかげで最後の鍵が手に入った」
魔力が漆黒の球体に集まり、闇色の膜がアメーバみたいに展開を始めた。。
全身の感覚が警戒音を鳴らしている
あれは絶対にヤバいやつだ。
何かが起こる前に時間を止めて倒さないと。
「【時の──、っ……発動できない!?」
「なんだこの魔力は……身体が寒い……」
:天道どうした!?
:なんか顔色悪いぞ!
:精神攻撃的なあれか?
:麻痺毒をくらったみたいに見えるけど
:俺気づいたんだけどさ、これって大事件の前フリじゃね?
;なんかだが猛烈に嫌な予感がしてきたぞ
体内の魔力が乱されて、いつもみたいにスキルを使えない。
横を見ると、千景さんも身体を襲う違和感に戸惑っているみたいだった。
「深淵を司る宝玉よ、九の鍵はすでに捧げた。此処にいる家畜を十番目の鍵として、真なる世界を示したまえ」
黒コートの男が言い終えた瞬間、掲げた漆黒の球体が消滅する。
入れ替わるように出現したのは、大穴から伸びてくる影のような腕の群れだ。
影の腕は白装束の男たち全員を掴むと、大穴の中に引きずり込む。
その時、僕は信じられないものを見た。
ダンジョンの大穴にヒビが入っていたのだ。
まるでガラスが割れる一歩手前のように。
「さあ、破界現象を始めよう」
──パキィィイイインッッ!
その言葉が引き金になって、ヒビの表面が完全に崩壊した。
瞬間、莫大な魔力の煙が大穴の中から噴き出していく。
ダンジョンと地上の境界が壊れたのだ。
「ギャオオオオオオオオオオオオン!」
「ガルグウウウウウウウウウウウウウウッッ!」
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
ぐにゃりと歪む大穴の中から現れたのは、無数の魔物たちによる軍勢。
『雷鳴震孔のダンジョン』そこに潜むドラゴンたちだった。
「馬鹿な! 人工的に破界現象を引き起こしたというのか!?」
「え? あれって打ち合わせの資料にあったドラゴンだよね!?」
「やば。今日が最後の配信になるかも」
:ええええええええええええええええええええええええ!?
:はあっ? はあっ? はああああああああああっ!?
:破壊現象起こってるうううううううううううううううううう!?
:なんだあの魔物の数!?
:脅威度Sダンジョンのドラゴンばっかだし、マジでやべーぞ
:鳥肌立ったわ、これ街終わったかもな
:街で済むか? 県ごと終わるだろ
:ダンジョン協会マジ焦りしてそう
:これもうS級探索者の案件だろ!
千景さんたちは瞳を見開き、コメントも騒然としている。
探索者として半年も活動していない僕でもわかる。
いま“最悪”が現実になった。
「ガルオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
「──魔力剣!」
「ガッ……オオオオッッ!?」
破界現象という目的を果たせいか、闇色の膜は消えていた。
魔力の乱れが治まったのなら、魔力形成やスキルも発動できる。
最も速く突撃してきたワームドラゴンの首、ミミズのような頭を僕は魔力剣で切断する。
人間を丸飲みできるサイズの塊が、ドスンッと地面に落下した。
「天道一夜、お前の実力は認めてやる。だが、一匹程度倒したところで破界現象は止められん。俺の指揮するドラゴンの群れに勝てると思うか?」
「くっ……」
黒コートの男は僕を見下ろしながら、勝ち誇ったように言う。
その手には指揮者が使うような、タクトが握られていた。
自分で破界現象を引き起こしたんだから、魔物を操る用意も万端ってことか。
僕と先輩たちだけで、統率の執れたドラゴンの群れを相手にするのは、もう自殺行為と同じだ。
「この日を長い間待ちわびていたぞ! ついに俺の理想が現実になる時が来たのだ! 古き世界のゴミどもは滅び、魔物が支配する真の世界が訪れる! フハハハハ! ハーハッハッハ!」
黒コートの男は腹の底に響く声で哄笑する。
【時の反逆者】でタクトを奪うおうかと考えた瞬間、僕の横を影が走った。
「さあドラゴンども! 蹂躙の時間だ! ハハハハハー!」
「演説ありがとー。じゃあ、殴るね」
「ハハ……は?」
笑い声が止まる。
黒コートの男の背後にジャンプしたのは、ウサギの着ぐるみを着た獣坂先輩だった。
「獣坂流アニマルパンチ!」
「ごっ……ごはああああああああああっ!?」
背骨にミサイルのような勢いでパンチが突き刺さる。
男の身体はアーチ状に反り返ったまま、勢いをつけて地面に直撃。
ドゴンッッッッという地響きと共に、アスファルトの欠片が散らばり、小さなクレーターができた。
え、なにあの威力。
「きっ、貴様……!」
「どこ見てんねんボケ」
「ぶほっっ!? おおおおおおおおおおおお!?」
頭を上げたところで、南波先輩のかかと落としが頭部を直撃する。
いま自分で作ったクレーターに、再び顔面でキスをさせられる。
うわっ、ちょっと想像したくない痛さだ。
「ざ、雑魚どもがあまり俺を舐めるなよ……!」
「ゴーレム、潰して」
「はが……!? ──────ッッッッ!?」
ボロボロになりながらも立ち上がったところを、ゴーレムの両拳を合わせた、ダブルスレッジハンマーが命中。
黒コートの男はもう起き上がれないのか、虫のようにピクピクしている。
倉石先輩はふんすっと鼻を鳴らして満足そうだ。
「ん? タクトが消えているな」
「あれアイテムじゃなくてスキルだったんすかね。じゃあドラゴンとバトるのは確定かー! きちー!」
「とにかく、これで敵が一人消えたわけじゃん? いっちー、残りはみんなでがんばろ!」
「そ、そうですね」
:う、うおおおおおおおおおおおおおおおお?
:え、みんな強すぎない?
:サンプロが大手三大ギルドに入ってる理由がこれよ
:天道ちょっと引いてて笑ってる
:コンボエグすぎて草
:初見だけど獣坂プレデターさんってこんな強かったの!?
:ランクと強さは比例しないからな
:これひょっとしてなんとかなる?
:状況は最悪のままだけど、首謀者っぽいやつが消えたのはデカい
:みんな頑張ってくれ!
一瞬前までお通夜みたいだったコメントも、元気を取り戻してる。
僕も先輩たちに負けてられない。
絶対にここで破界現象を食い止めるんだ。
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