第29話 ダンジョン解放団体
『ダンジョン解放団体』それはダンジョンを神のように崇め、魔物が人類を滅ぼすことを願う、過激な団体の総称だ。
よくネットニュースを騒がしているのは、『破滅の蒼き槍』『救世委員会』『ペシミズム・モールズ』。
どの団体も探索者ギルドを目の敵にしていて、サンプロも本社の前で抗議デモをされたことがある。
警察と乱闘騒ぎになったことだって、十回や二十回じゃすまない。
ただ、探索前のダンジョンに乗り込んでくるなんて、僕もはじめて見た。
「ダンジョンを穢す愚者どもめ! 今日こそ我々が鉄槌を下す!」
「「「「「鉄槌を下す!」」」」」
大穴の前で横一列に広がるのは『救世委員会』だった。
ぱっと見ただけで、百人以上集まっているみたいだ。
今日は平日なのに仕事はいいんだろうか。
「ここから先はだれ一人として通さんぞ!」
「「「「「通さんぞ!」」」」」
白装束の集団は先頭の男に追従するように、声を張り上げる。
手には錫杖を持ち、背中には縦長のバックを背負っている。
目はギラギラと血走っていて、かなり危険な雰囲気だ。
「なんやあいつら! 配信の邪魔するんやったらぶっ飛ばすで!」
「海琴。落ち着いて」
「警察には連絡したんですか?」
「はい。でも到着にはまだ時間がかかるそうです」
魔力を腕に集めてブンブン回す南波先輩を、倉石先輩が羽交い締めする。
予想外の事態に小岩井さんも不安そうだ。
いまは大声で威圧するだけだけど、暴力に訴えてきたらマズいかもしれない。
地上で魔力やスキルを使用することは、法律で禁止なんだから。
いざという時の【時の反逆者】だって使えない。
「またあのイカれ団体かよ」
「最悪。あと三十分で配信始まるのに」
「わたし天道くんが出るっていうからここまで来たんだよ!」
「俺だってチカ姉を生で見るために有給取ったんだぞ!」
「オタクくんの一人として、リリカの邪魔は許しませんぞ!」
立ち入り禁止テープの外にいる熱心なリスナーたちから、怒りの声が湧き上がり出している。
……なんだか嫌な予感がする。
「無知蒙昧な愚者どもが! 我らの崇高な理念が理解できんのか! ダンジョンこそ星の支配者! 人類は滅びを受け入れるのだ!」
「なにが崇高だ! ただの破滅主義じゃねーか!」
「自分の人生が上手くいってないから、魔物の味方してるだけでしょ!」
「逆張りで慣れあうのは小学生までですぞ!」
リスナーたちがテープを乗り越え、白装束の集団と対峙する。
『救世委員会』は配信荒らしの常習犯だから、一言いってやりたい気持ちは、僕もすごくわかる。
ただ、いまは危険すぎるんじゃないか。
「これヤバくないっすか? 配信どころじゃないですよ」
「みんな万が一に備えた方がいい」
「早まらないでください。ダンジョンの外でスキルは使用できません。最悪の場合は探索者資格のはく奪もあり得ますよ」
手の平に冷気をまとう千景さんを、小岩井さんが制止する。
他の先輩たちも、いざという時どう動くのか迷っているみたいだ。
僕も覚悟を決める時かもしれない。
ただその前に、小岩井さんへ一つ訊ねておこう。
「合法的にダンジョンの外でスキルを使った事例はありますか?」
「過去にいくつかはあります。……なるほど。少し考えさせてください」
小岩井さんは眉間に指を当てて考え始める。
その間にも救世委員会とリスナーの対立は、どんどん深くなっていった。
「さっさと帰れ! 配信の邪魔すんな!」
「変な格好して威圧するとか、それでもいい歳した大人なわけ?」
「最後の警告も聞く耳をもたんか。ならば予定通り実力行使といくしかあるまい。いまここに正義の鉄槌を下す!」
白装束の集団は錫杖を投げ捨て、背負っていたバックを開いた。
中から現れたのは、映画なんかでテロリストがよく使うタイプの、サブマシンガンだった。
……え。まさか本物じゃないよね?
いくらダンジョンがあるいまの時代でも、日本で銃の所持は完っ全にアウトだ。
「は? そんな玩具でビビると思ってんのかよ」
「ダッサ。ごっこ遊びでもしてるわけ?」
「拙者、実はガンマニアなのですが……これ本物ですぞ」
「「え?」」
「死ねい! 我らに逆らう愚者どもが!」
先頭にいた白装束の男が、ためらいなく引き金を引く。
その瞬間僕は、
「【時の反逆者】!」
考える前にスキルを発動していた。
世界が動きを止め、銃口から発射されたばかりの銃弾が、空中でピタリと静止する。
いまなら犠牲者が出る前に止められる!
魔力を足に集めて一歩で距離を詰め、銃弾をすべて掴み取った。
残り時間三十秒を残して、スキルを解除する。
遅れて、銃声が響いた。
ガガガガガガガガガガガ!
「ふはははははははは! 地獄で後悔するがいい! ははは……は……あ? ブヘぇっ!?」
「みなさん! いますぐ逃げてください!」
銃弾を握り込んだ拳で、白装束の顔面を思いっきり殴る。
ベキリと鼻の骨が折れた感触が、指に伝わってきた。
「え、天道くん!? なんでここに!?」
「あ。これが時間停止なのか!」
「目の前で体験できるなんて感激ですぞ!」
「いいから早く! こいつらの銃は本物です!」
リスナーたちは一瞬フリーズする。
それからようやく僕の言葉を理解したのか、蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げ出した。
密集からの押し合いで倒れる人がいないか心配だったけど、道が広くて分散してるみたいだ。
「天道一夜……スキルを使ったのか! これで貴様も罪人だぞ!」
「「「「「はははははは!」」」」」
「さあ、それはどうでしょう」
勝ち誇り笑い声を上げる白装束の男たち。
その声をかき消すように、僕の背後から配信ドローンが現れた。
:緊急配信キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
:待ってたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
:マジで銃持ってるじゃねーか!
:トレンドに上がってたやつだ!
:嘘ニュースかと思ったらガチかよ
:今回地上からってマジ!?
:救世委員会はいつかやらかすと思ってました
:(驚きのアホを見る目)
:前からヤベーやつらだと思ってたけど、マジモンのテロリストじゃん
「皆さん、あとはお願いします」
起動スイッチを入れてくれた小岩井さんがそう言って、イベントテントの後ろに隠れた。
ここまでの事情は画面の前のリスナーにも、説明してあるみたいだ。
「配信だと? それがどうした。貴様の探索者生命は終わりだ」
:あ、こいつらわかってないな
:どうもこうもねえよ、犯罪者ども
:終わるのはお前らだかんな!
:有識者ニキ、なにか言ってやれ
:探索者が地上で魔力、スキルを使用して問題ないパターンはいくつかあって、一つは破壊現象でダンジョンから溢れた魔物の鎮圧。もう一つは人類に敵対行為を働き、市民に危害を加える人間の排除。ダンジョン守るために銃持ち出すやつは、魔物と同じ扱いでいいってこと。
:そんなアホおらんやろみたいなルールだな
:ここにおるやろがい!
配信ドローンのプロジェクターが、地面にコメントを映す。
「状況が理解できましたか? あなたたちが相手なら、気兼ねなくスキルを使っていいみたいですよ」
「貴様らの蛮行は目に余る。もう容赦はしないぞ」
「銃の扱い教えてあげよっかな。あんたたちの身体で」
「ここならゴーレムの材料たくさんある。みんな出番」
僕の手に魔力剣が出現する。
千景さんは刀を、リリカさんは銃を、倉石先輩の手が触れたアスファルトからは、ゴーレムが出現した。
さあ、戦闘開始だ。
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