第28話 大型コラボ配信、当日

「では『雷鳴震孔のダンジョン』について説明します。構造は奈落型アビス、現時点では百階層まで確認されています。脅威度Sは環境のみの判定ですので、ボスの強さしだいではSSに上方修正されるかもしれません」


 僕が過去に潜ったダンジョンでも、一番深くて八十階層までだ。

 百階層以上になると、どれだけ過酷な環境が想像もできない。


 A級の先輩たちが集められたのもわかる。


「ダンジョン内は雷雲が立ち込め、常に落雷の危険性があります。対雷系の装備は必須ですね」

「魔物はどんなタイプが多い感じ?」

「基本的には竜族だと思ってください。卑竜にサンダードラゴンなどですね。環境が過酷なので耐久力の高い魔物が中心になります」


 リリカさんの質問に小岩井さんが答える。


 竜族ということはドラゴン系の魔物だ。


 頑丈な鱗が魔力を弾くし、ある程度再生能力もあるから、攻略が長引くほどこっちが不利になるかもしれない。


「ここまででなにか質問はありますか?」

「ダンジョン協会の判定は確かなのか? 中層以降で急に脅威度が上がりでもしたら、全滅もありえるぞ」

「魔力濃度の計測係を一新し、ドローンによる調査も入念に行っています。今回はイレギュラーの可能性も低いかと」


 脅威度判定をだれよりも気にするのは千景さんだ。

 イレギュラーで死にかけてるわけだし、気持ちはよくわかる。


「脅威度判定もええけど、そもそもなダンジョンなんか? ボスが人質戦法をしたり、入ったとたん空の上とかシャレにならんのやけど。うちの同期がそれで死にかけとるわけやし」

「その通り」


 南波先輩の言葉に倉石先輩がうなずく。


「あれはヤバかったっすよね。同時視聴してましたけど、俺のリスナードン引きでしたよ」

「事前情報が当てにならないのはねー。攻略するダンジョンってスキルの相性も大事だからさー。ねー、天道くん?」

「そ、そうですね。構造そのものにイレギュラーが発生しているなら、なにか対策が必要だと思います」


 千葉先輩が肩をすくめ、獣坂先輩がいきなり僕に話を振ってきた。

 急に言われても専門家じゃないし、無難なことしか言えないですよ!?


「その件についてはダンジョン協会が調査中です。現時点でわかっているのは、自然発生したイレギュラーではないということ。何者かが手を加えている可能性が極めて高いそうです」


 小岩井さんの発言で、会議室にざわめきが広がった。


 たしかにエルドラスライムも飛行船も、過去のダンジョンならあり得なかったことばかりだ。


「何者ってなんなん? そいつがうちらを狙ってるんか?」

「敵を探索者だと仮定するなら確実にA級以上だな。もしくは相当強力なアイテムを所持してるかだ」

「じゃなかったらスキルかも。ていうかそんな危険人物野放しってヤバくない? 協専探索者に仕事してほしいんですけど」

「それも調査中です」


 千景さんたちがピリピリした雰囲気で口を開く。

 ダンジョンの環境や魔物ならともかく、人間が相手となれば話は別だ。


 スキルやアイテムを用いて人類に敵対する行為は、いまの時代で一番の重罪なんだから。


 発覚したその場で処刑されたっておかしくない。


「では次の話にいきますね。攻略にあたっての注意点ですが……」


 これ以上は埒が明かないというように、小岩井さんは話を次に進める。


 それから僕と先輩たちは、攻略について夜遅くまで話しあった。


 みんなすごい熱意だ。

 僕にとってもはじめての大型コラボ、全力でがんばろう。






 ◇ ◇ ◇ ◇






『雷鳴震孔のダンジョン』、大型コラボ攻略当日。


 ダンジョンがあるのは、サンプロ本社から県をまたいだ都心部だ。


 マンションが建ち並ぶ街のど真ん中に、直径百メートル近い大穴が開いている。

 付近の住民は各々の事情で避難を拒否して、破壊現象の兆候が起こるまでは、いままでと変わらない日常を送っている。


 僕いまもそこへ向かっているわけなんだけど……。


「倉石先輩! なんでまた寝坊してるんですか!?」

「ごめんなさい」

「メイクは車内でお願いします! みなさんもう集まってますよ!」


 運転席と助手席から、倉石先輩に突っ込みが入る。

 いまさらしゅんとされても、もう遅いんですけどね!


 小岩井さんの車で僕を拾った後、倉石先輩のマンションに寄る予定だったんだけど、いつまで経っても部屋のドアが開かなかったのだ。


 スマホに鬼電しまくって、目を覚ましてもらったのがついさっき。


 装備は現地に運んであるので、最低限の用意をして車に乗ってもらったのだった。


「倉石先輩っていつも寝不足ですよね。スキルの制約なんですか?」

「違う。ゲームのやりすぎ」

「コラボ前日くらいは控えてくれません!?」


 探索者になる人は変わり者が多いけど、倉石先輩はマイペースすぎる。


 攻略のストレスで激太りしたり、PTSDを発症する探索者も多いから、ゲームに依存するくらいは仕方ないのもしれないけど。


「天道、鏡見せて」

「こうですか?」

「ありがと。優しい男はモテる」

「無理に持ち上げなくてもいいです。早くメイクを仕上げちゃってください」


 そうやって車内でわちゃわちゃしている内に、ダンジョンの大穴へ到着した。


 周りにはイベントテントが建てられ、サンプロのスタッフが忙しそうに動き回っている。


 攻略する階層が多いから、事前準備も念入りみたいだ。、


「時間ギリギリやで二人とも。いまから配信前の打ち合わせやからな」

「トキっち、また寝坊したでしょ。これ装備ね」


 南波先輩とリリカさんが、僕たちの装備を持ってきてくれた。


 今回は転移クリスタルや携帯食料に加えて、呪文の札まみれの小瓶、B級アイテムの『ハイポーション』まで用意してある。


 一本百万円もするけど、飲めば致命傷すら一瞬で完治してくれる優れものだ。


 その代わり本人の魔力を大きく消耗するので、魔力がないときに飲むと、それが原因死にかねないのが怖いけど。


「これが僕の服みたいですね」

「私はこっち。一緒に着替える?」

「仕切りの向こうでお願いします」


 テントで探索用の服に着替えていると、立ち入り禁止テープの向こう側から、黄色い声が聞こえてきた。


「ここってサンプロが告知してたダンジョンじゃない? スタッフもいっぱいいるし」

「ホントだ! 大型コラボって今日じゃん!」

「配信前の様子ってはじめて見るかも」

「天道くんいないかなー。一緒に写真撮ってもらいたいんだけど」

「やめときなって。探索前だからピリピリしてるかもよ」


 ファンらしい女性たちが、ワイワイと盛り上がっている。


 なんだか配信の告知を見た人たちが、どんどん集まり始めているみたいだ。


「今日ギャラリーすごいね。リリカたちも有名になったってこと?」

「天道くん目当てやろ。いまのサンプロで一番人気なんやから。はー、モテモテでうらやましいなー」

「モテるっていうかパンダ扱いですよ。サングラスないとめっちゃ写真撮られますし。顔見た瞬間、ノータイムで『かわいいー!』ですよ」

「天道の可愛さはパンダに負けてない」

「それ嬉しくないんですが?」


 自信を持てと言わんばかりに、倉石先輩が僕の肩をポンポンと叩いた。


「天道くん間に合ったのか。よかった……」

「チカちゃんずっとソワソワしてたもんねー。恋する乙女みたーい」

「獣坂さん、余計なこと言うとまた凍結させられるっすよ」


 千景さん、獣坂先輩、千葉先輩もテントにやってくる。

 三人とも準備万端みたいだ。


「そういえば小岩井さんどこ? さっきからいなくない?」

「私たち車に乗せてもらったけど」


 リリカさんが言う通り、配信前の打ち合わせがあるのに姿が見当たらない。

 真面目な彼女が急にいなくなるなんて、あり得ないことだ。


 不思議に思っていると、ダンジョンの大穴がある方向から小岩井さんが走ってきた。


 肩で大きく息をしていて、その顔は真っ青だ。


「小岩井さん、どうしたんですか!?」

「大変なことになりました……ダンジョン解放団体がここに来ています!」


 小岩井さんの視線を追うと、立ち入り禁止テープを乗り越えて、白装束の集団が大穴の前に陣取り出していた。





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