第26話 リリカの告白

 お風呂から上がると、用意してもらったジャージに着替える。


 僕はリビングのカーペットに座って息を吐いた。


 ……さっき起こったことは夢だと思おう。

 千景さんが忠告してくれた意味が、ようやくわかった気がする。


 リリカさんの距離の詰め方は、たしかに災害レベルだ。

 勘違いする男が続出するのもわかる。


 一度コラボしただけなのに、背中まで流してくれるわけだし

 事前に聞いてなかったら、僕のことが好きだと勘違いしていたかもしれない。


 彼女はサンプロの探索者だから、そんなことあるはずないんだけどね。


「はぁー、いいお湯だった。いっちーも温まった?」

「すごく温まりました」


 僕のあとに入ったリリカさんは、ピンクに白の横縞が入った、もこもこしたパジャマを着て出てきた。


 さっきはセクシーだったけど、今度はぬいぐるみみたいな可愛さだ。


「そろそろ寝よっか。ほらこっち来て」

「……僕は床でいいです。ダンジョンでも普通に眠れるので」

「なんで彼氏もいないのに、こんなデカいベッド買ったと思ってるわけ? お客さんが来た時のためじゃん。一緒に寝ようよ」

「…………」

「あ、シーツは交換したし枕も洗ってるからね。汚くないよ」


 リリカさんはベッドに入って、隣の枕をポンポンと叩く。


 同じベッドで寝るのは、一線どころか十線くらい超えてないですか?


 いやでも……先輩のお誘いを断るのは失礼か。

 ここは覚悟を決めよう。


「……失礼します」

「もー、職員室じゃないんだから。いっちー真面目すぎ」


 苦笑されながら、僕はベッドの中に入る。

 シーツは新しくても、染みついた匂いが鼻をくすぐってくる。


 照明が消えると、真っ暗な世界に僕たちの呼吸だけが響く。

 心臓はバクバクだし、頭がクラクラしそうだ。


「いつもこうやって、だれかと寝てるんですか?」

「友達が来たときはね。トキっちとかコラボ前によく来るよ。そうじゃない時は前みたいに寝坊するし」

「なるほど。よくわかりました」

「だからお客さん用に服とか色々用意してるんだよね。そのせいでホテルの代わりみたいになっちゃってるけど」


 リリカさんと倉石先輩は、よくこの部屋でゲームや雑談配信をしている。

 毎回、倉石先輩がおじゃましてる理由がいま判明しました。


 とりとめのない雑談が続いた後、リリカさんは沈黙を挟んで、真剣な口調でこう切り出した。


「もう一度お礼を言わせて。あの時、リリカを助けてくれてありがとう」

「そう何度も言われると気恥ずかしいですね。僕だけじゃなく、倉石先輩もおかげでもありますし」

「【ゴーレム召喚士】のスキルはよく知ってるけど、人を投げるなんてはじめて見たかも。あれもいっちーが指示したんだよね?」

「はい。倉石先輩とリスナーにはドン引きされましたけど」

「そりゃ一歩間違えたら死ぬからでしょ? 成功しても転移が間に合わなかったら終わりだし」


 リリカさんの声は震えていた。


「探索者は助け合いって言ってたけど、なんであんなことできるわけ? 怖くないの?」

「怖くないです。でも、S級を目指すならあれくらい挑戦しないと」

「……そっか。いっちーはS級になりたいんだ」


 天魔六王のダンジョンに潜れば、これ以上の危機が当たり前に起こるはずだ。


 どんなピンチにも、いまから慣れておかないといけない。


「はーあ、そりゃ強いわけだ。リリカとは目標が違うもん」

「リリカさんだってA級じゃないですか。サンプロでも一番の射撃能力だって評判ですよ」

「…………。探索者になった理由、まだ言ってなかったよね」

「楽しいからじゃないんですか? 配信ではそう聞きました」

「それも正解。ただ、それだけじゃないんだよね」



『ダンジョン攻略のスリルって他じゃ味わえないでしょ? チョー楽しくてワクワクするじゃん!』これが配信でのトークだった。。


「リリカの家は六人家族なんだけど、高校一年のときに親が借金残して、蒸発しちゃったんだよね。だから長女のリリカが借金返して、弟と妹の学費払ってるわけ」

「それは……大変ですね」

「あ、心配させちゃった? だいじょうぶ。もう借金完済したし、全員大学まで行けるお金も稼いだから。いまはオタクくんたちが褒めてくれるから配信してる感じかな」


 リスナーを呼ぶ瞬間は声が少し弾んで、それからまた沈んだ。


「A級に昇格できたのは、お金のためにがんばったから。リリカ個人の実力ってゆーか、スキルのサポート能力が評価されたんだけどね。それで話は戻るけど、いっちーはS級の配信って見たことある?」

「動画なら。S級の人たちって生配信は滅多にしませんよね。それで人気あるのがすごいですけど」

「リリカは一度だけ攻略を手伝ったことがあるんだ。脅威度SSダンジョンの上層までね。そこで直に戦いを見たけど、あれはもう人間じゃないって感じ。どんな魔物より怪物じみてた」


 日本に七人いるS級探索者は、それぞれが一国を滅ぼしかねない力を持っている。


 動画でもすごい迫力だったけど、本物はそれ以上みたいだ。


「あれ見ちゃったら一生A級止まりだって思った。だから、いっちーには正直いま嫉妬してる。ホントにS級になれちゃう才能があると思うから」

「リリカさん……」

「あはは、ごめんね。さっきからなに言ってるんだろ。助けてくれたこと感謝したかっただけなのに」


 リリカさんは枕にうつ伏せになって、顔を隠す。


 いつも明るくハイテンションで配信してるけど、やっぱりどんな人にも葛藤はあるんだ。


「もっと上を目指してたんですね」

「まあね。自分の限界が見えちゃうって悔しいじゃん? スキルだって戦いには向いてないしね。最近は配信も同じ内容ばっかだし、マジでオタクくんたちがいなかったら引退してたかも」


 僕は探索者になって、まだ二か月くらいしか経ってない。


「もうずっとモチベ最悪。それで他の人にリーダー任せちゃう自分はもっと最悪だし」


 五年近くも活動してる人の葛藤はわからない。


 でも、


「僕はいつか天魔六王のダンジョンを攻略するつもりです。サンプロに推薦してもらって、選抜チームに入ります」

「あの国内最凶最悪のダンジョン? すごすぎ。やっぱ強い人は発想がレベチって感じ」

「その時、リリカさんも一緒に攻略しませんか?」


 僕の言葉を聞いて、リリカさんは確実に固まっていた。


 しばらく沈黙が続いて、驚きの声が上がる。


「む、無理無理無理! 絶対むり! リリカなんか上層の一階で死ぬって!」

「じゃあ特訓しましょう。強くなって同じチームで戦うんです。それって、モチベーションになりませんか?」

「いっちー、マジで言ってる?」

「大マジです」


 いまの言葉は慰めで言ってるわけじゃない。


 リリカさんの実力は、脅威度S以上のダンジョンでも通用する。

 それがコラボで感じた本音だ。


 しばらく沈黙があって、暗闇に声が響いた。


「はーあ、マジならしょうがないか。じゃ、もう一度頑張ってみよっかな。特訓のコーチ、手伝ってくれる?」

「もちろんです」

「じゃ、指切りね」


 僕の小指に、女性らしい細い小指がからまる。

 声のトーンはいつもの高さに戻っていた。


 暗闇の中で、彼女がくすりと笑う声が聞こえる。


「そうだ、ライン交換しよ。ホントの名前も教えるから」

「ホントの名前?」

「リリカは配信者としての名前。本名は鈴木梨花すずきりかっていうの。これみんなには内緒ね」


 リリカさんは僕だけに本名を明かしてくれた。

 つまり、これは──


「もしかして外国人じゃないんですか!?」

「ずっと日本語でしゃべってたじゃん!? てゆーか顔でわかんない!?」

「だって髪もピンクだし……海外の人かなって……」

「染めてるに決まってるじゃん! 目立つためにキャラ付けしてんの! いっちーマジ純粋すぎ」


 いまのセリフが一番驚いたけど、リリカさんが元気になったのならよかった。


 この後ラインを交換して、次に会って特訓する日を決めた。


 リリカさんの寝息を聞きながら、僕もいつの間にか夢の世界に落ちていった。



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