第24話 日常へ

 僕とリリカさんは地上に続く、階段の上に立っていた。

 階下には雲が広がっている。


「歩けそうですか?」

「あはは、無理かも。腰が抜けちゃって……」

「肩を貸します。掴まってください」

「あ、ありがと」


 リリカさんの肩に手を回して、僕に体重を預けてもらう。

 ピンクのツインテールが頬に触れる。


「えっと……いっちー、その……」


 アイドルみたいな顔が赤くなって、僕と視線を合わせようとしない。

 一体どうしたんだろう?


「リリカ……汗くさくない? ずっと戦ってたから匂いヤバいかも」

「全然気にならないですよ。こういうの慣れてますし」

「ううぅ、めっちゃ恥ずい」


 悪臭が武器の魔物と戦ったこともあるし、汗くらいまったく平気だ。

『匂いは否定しないんだ……』と、リリカさんが小さな声で言った。


「みんなのところへ帰りましょう」

「うん」


 僕たちは階段を上り、本物の青空の下に戻った。


「おかえり。リスナーのみんなも待ってる」


 :帰ってきたああああああああああああああああああ!

 :生存確認うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 :二人とも無事だああああああああああああああ!

 :リリカちゃん助けられたのか!

 :ドローンが追いつけないからハラハラしたぞ!

 :ゴーレムぶん投げ作戦成功!

 :マジで上手くいったのか、さすが天道だわ

 :倉石もナイスピッチ!

 :推しが生きてる喜び

 :どんな判断だと思ったけど、二人とも生きてるならヨシ!

 :天道のヤバいところって、スキルより決断力だよな

 :俺小鳥遊リスナーの気持ちがわかった!


 先に戻っていた倉石先輩と、配信ドローンのコメントが、帰還した僕たちを迎えてくれる。


 心配させてしまったけど、戻ったことを喜んでくれるのは嬉しい。


「いっちー、あとで絶対お礼するからね。待ってて」

「楽しみにしています。いまは身体を休めましょう」

「そうだね。シャワーも浴びたいし」


 僕たちは汚れだらけの顔で、お互いに笑みを交わす。

 こうして、空を飛ぶダンジョンの攻略は完了した。






 ◇ ◇ ◇ ◇






 同日深夜。

 廃墟になったホテルのロビーに、複数の人影があった。


 ボロボロになったソファーに座り、手のひらに炎を灯すのは全身黒コートの男。

 深くかぶった中折れ帽子で顔は見えず、西洋剣を隣に立て掛けている。


 男を前には白装束を着た三人組が、床にひざまずいていた。

 そばに置かれた懐中電灯が頼りない光を放っている。


「覚悟は決まったか?

「はい。どうか我々『救世委員会』に力をお貸しください」

「ダンジョンを攻略する愚か者どもに神罰を」

「ダンジョンこそ新たなる地球の支配者なのです」


 白装束の三人組は、床に頭をこすりつけて懇願する。


「ケヒャヒャヒャヒャ! いい大人がそろいもそろって必死だな! そんなにオレたちの力がほしいかねぇ」

「声が大きい。気をつけろ、レヴァンティン」

「だれも聞いてやしねーって。もし廃墟マニアでもいるってんなら輪切りにしてやるよ。ヒャヒャヒャッ!」


 レヴァンティンと呼ばれた西洋剣は下品な笑い声を上げる。

 黒コートの男はかすかに、顔をしかめたようだった。


「協力する気があるならそれでいい。武器も貸してやる。ただし、途中で逃げることは許さん」

「ありがとうございます。必ずやお役に立ってみせます」

「ついに我々の悲願が叶うのです。会員が最後の一人になろうとも、戦い抜くと誓いましょう」

「画面にかじりつく愚者どもに、我々の力を示すときが来たのですね」


 白装束の三人組は、歓喜に満ちた瞳で黒コートの男を見上げる。

 その後、空が白み始めるまで彼らの話は続いた。






 ◇ ◇ ◇ ◇






 C級探索者。チャンネル登録者、133万人。


 イレギュラーダンジョンを攻略したことで、僕は念願の100万人登録を達成した。


 過去S級探索者になった人は、全員100万人登録を超えているから、これは大きな一歩だ。


 めちゃくちゃ嬉しかったので、画面の前で一人ガッツポーズもした。


 千景さん、リリカさん、小岩井さん、他の先輩たちにもお祝いしてもらえて、サンプロからはケーキのプレゼントをもらいました。


 イチゴのホールケーキ、美味しかったです。


 100万人記念配信はまだできてないけど、なにか企画を考えておこう。

 どんな内容だとリスナーのみんなが喜んでくれるかな。


 そんなことを考えながら、記念ボイスの収録を終えて本社のロビーを歩いていると、エレベーターの方から声が聞こえてきた。


「いっちー! ちょっとまって!」

「!! どうしたんですか?」


 小走りでこっちに来るのは、リリカさんだった。


「いま仕事終わったところ?」

「はい。これから帰るつもりです」

「もしヒマだったら、いまからリリカの家に来ない? この前のお礼まだしてなかったじゃん? 夕ご飯とか全然おごるし」

「お礼って、大したことしてないですよ」

「してるからね!? デカ鳥に拉致されて死ぬところだったんだから! その『え。大袈裟すぎないですか?』みたいな態度よくないって!」


 ダンジョンで探索者同士助け合うのは、当たり前のことだから気にしなくてもいいのに。


 でもリリカさんは、すごく真剣な表情でこっちを見てくる。

 ここで断るのも先輩に対して失礼だ。


「じゃあ、お邪魔していいですか?」

「やった! あ、でもご両親はだいじょうぶ? 門限とか平気な感じ?」

「僕の家は放任主義なんでオッケーです。息子にダンジョン配信を許可するくらいですから」

「あはは、リリカの家もおんなじ。パパもママも好きなことで生きなさいって、昔言ってた」

 そう言ってリリカさんは屈託のない笑顔を見せる。

 僕には少しまぶしい光景だ。


「いっちー、行こっか。マンション借りてるんだけど、ここから電車ですぐだから」


 僕たちは駅まで歩いて、それから電車に乗る。

 沈む夕日に照らされて、景色を見ながら話した。


「また穴が増えてる。新しい農業用ダンジョンかな?」

「みたいですね。使えるダンジョンの数が減ってるってネットニュースで見ました」


 電車の窓から、畑があった場所に広がる大穴が見える。


 ダンジョンが発生してから、どの国も自国の破界現象を抑えることで必死だ。


 地上に溢れた魔物のせいで、都市から離れた場所にある農業や漁業は、特に大きな被害を受けている。


 輸入が激減したことで、食料の供給も難しくなった。

 そこで政府が考え出したのが、ダンジョンを使った自給率回復だ。


 ダンジョン内なら土地に困らないし、魔力を帯びた空間の方が野菜や家畜が成長しやすいこともわかった。


 食べる前に魔力を抜く手間はあるけど、川や海を街に置いておけるのも魅力だ。


 魔物が弱く管理のしやすい脅威度Eを選別して、日本各地に農業用ダンジョンは存在している。


「ここで降りよっか。家までもうちょいだから」


 電車から降りてリリカさんの家に向かう。

 空は藍色になって、チラチラと星が見え始めていた。


「とーちゃく。ここがリリカのお家だよ」


 着いた場所は、マンションの入口だった。


 高さも十四階くらいあるし、中には警備員の人も見える。

 これ、かなりお高いやつなのでは?


「なんだか……すごいところですね」

「そうかな? ほら行こ」


 僕はキョロキョロしながらエレベーターに乗って、最上階にある部屋まで昇る。

「部屋はここね。上がってくーださい」

「えっと、おじゃまします」


 天道一夜、十六歳。

 生まれてはじめて女の子の部屋に入ります。







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