第19話 三人コラボ当日

 コラボ配信当日。


 探索用の服と、回復、転移アイテムを装備した僕は、ダンジョンのある大穴の前に来ていた。


 周囲には橋と川があって、今立っている橋の北側と、反対の南側は大穴で分断されている。


「えーと、いまから攻略に入りたいんですけど……」

「ちょっち、トラブル中なんだよね」


 配信ドローンは撮影を始めているんだけど、まだダンジョンには入れない。


 僕のとなりにいるバレットファイアー先輩も、珍しく冷や汗を流している。


 その理由は──


「倉石先輩が寝坊で遅刻だそうです! もう少しだけ待ってください!」

「爆速で来いって言っといたから! みんなごめんね!」


 :寝てたんかーい!

 :スヤスヤでワロタ

 :開始時刻すぎてんのに始まらないと思ったら

 :倉石ってそういうとこあるよね

 :寝る子は育つっていうから

 :いっぱい寝れてえらい

 :新型の目覚ましはダメだったか

 :二人ともダンジョンより焦ってて草


 今日の配信は市長さんから依頼を受けてるんだけどね!

 倉石先輩、ホントに早く来てください!


「と、とりあえず自己紹介しよっか」

「そ、そうですね」

「こんリリ~。オタクにやさしく魔物にきびしいギャル系探索者! リリカ・バレットファイアーで~す!」

「こんにちは。時間停止の天道一夜です」


 カメラに向かってお約束の挨拶をする。


 ただ倉石先輩の到着まで十分くらいあるから、そこまで時間を稼がないと。


「先輩、今回のダンジョンはどんな場所なんですか?」

「『鬼族拳闘のダンジョン』っていう闘技場型コロシアムかな。事前調査だとオーガと連続でバトルするんだって。脅威度はA判定だから強いと思うよ~」

「他のダンジョンは地下に潜ってボスを探しますよね。闘技場型コロシアムは、どうすれば攻略完了なんでしょうか?」

「建物の中に出現する魔物を全部倒したら、最後にボスが出てくるって感じ? そいつをぶっ飛ばしたらクリアってこと。トラップとか環境で妨害してこない分、強い魔物が多いからガチ注意ね!」

「なるほど。わかりやすい説明ありがとうございます!」


 :へー、なるほどなー

 :ためになったぜ

 :すごい説明口調で草

 :サンプロは初心者にもやさしいギルドです

 :初コラボの姿か? これが……

 :がんばりが伝わってくる

 :男女比ぜんぜん違うリスナーの心が一つになる瞬間


「そういえば、リリカたちってなんでコラボすることになったんだっけ?」

「ぶっちゃけるとサンプロの方針です。僕のスキルが相手に合わせやすいので、色んなタイプの探索者と連携する練習ですね」

「あー、チカっちとリリカじゃ攻略スタイルが全然違うもんね。トキっちもそうだけど」


 ダンジョンの脅威度が上がるほど、攻略するメンバーの数も増える。


 ずっとソロで潜ってきた僕だけど、S級に上がるには周りとの連携も必須だ。


 サンプロも僕に経験を積ませたいんだと思う。


「天道くんって、リリカのことなんて呼んでる?」

「バレットファイアー先輩です」

「ながっ! 長いって! 攻略中にそんなの言ってらんないでしょ。名前呼び捨てでいいよ」

「じゃあ、リリカさんで」


 千景さんの時もそうだけど、さすがに先輩を呼び捨てにするのは抵抗がある。


「ちょっち固いけどまあいっか。それじゃ、リリカは天道くんのこと『いっちー』って呼ぶね」

「い、いっちーですか? なんかむず痒いんですけど……」

「いいじゃん、呼びやすいし。それに友達っぽくてよくない?」


 :ニコッて笑顔かわいい

 :リリカ流コミュニケーションきたな

 :天道からサンプロ見はじめたんだけど、リリカさんってこんな人なの!?

 :いつもこうだぞ

 :クラスにいたら絶対勘違いしてるわ

 :(この子、俺のことが好きなんだな)

 :天道だまされるな、いまのは通常営業だ


 コメントの反応が千景さんと似てる気がする。


 たしかにリリカさんは明るくて可愛いし、距離感がすごく近い。

 本社で会った時もそうだけど、心臓がドキドキする。


 もちろん僕が好きなわけじゃないって、わかってるけどね。


「いい盛り上がり。じゃ、攻略行こっか」

「──!? 倉石先輩いたんですか!?」


 トークで場を繋いでいると、スッと倉石先輩が登場した。


 すごい。

 まるで配信開始からいたような自然さだ。


 汗もかかずまったく悪びれない態度は、大物の貫禄まである。


「トキっち、その前にリリカたちとリスナーに言うことあるよね?」

「ども。サンライト・プロダクション所属、倉石怜です」

「自己紹介じゃなくて。ね?」


 リリカさんは笑顔で倉石先輩の顔をつかむ。

 青筋がピクピクしていて、すごくコワイ!


「この度は寝坊で遅刻してしまい、大変申し訳ございませんでした。二度とこのようなことがないように、心を入れ替えて頑張るしょぞんです」


 :倉石土下座キター!

 :相変わらず流れるようにスムーズだな

 :天道からサンプロ見はじめたんだけど、倉石さんってこんな人なの!?

 :いつもこうだぞ

 :親の顔より見た土下座

 :もっと親の顔見ろ

 :何度目だ、倉石


「ところでなんの話ししてたの」

「今日のダンジョンの説明とか、あといっちーの呼び方かな」

「いっちー?」

「僕のあだ名です」

「じゃあ、私は天道って呼ぶ」

「普通に苗字ですね。いいですけど」


 倉石先輩はなぜか満足した顔で、親指を立てた。


「全員そろったわけですし、攻略に行きましょうか」

「よし! 気合い入れていこう! ピンチになったらトキっちが囮ね」

「ここから汚名挽回するから」


 僕たちは橋を分断する大穴へ進む。

 いつもように階段を降りていくと、光が見えてきた。


 闘技場を想像しながら足を踏み出したその瞬間、フッと重力が消えた。


「え? ええええええええええええええええ!?」

「ちょっ、なにこれ!? 空中!?」

「……マズいかも」


 僕たちは青い空と白い雲の浮かぶ、空中に投げ出された。


 まるでスカイダイビングをするみたいに、身体が落下していく。


 目をこらすと、眼下には海が広がっているのが見えた。


 僕の額から滝のように汗が噴き出す。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


 どうしてこうなったのかわからないけど、脱出しないと死ぬ!


「転移クリスタル使えますか!? 一度地上に戻りましょう!」

「無理! さっきから反応しないんだけど!」

「リリカと同じ」


 :はあああああああああああああああああああ!?

 :ナンデ!? どうなってんの!?

 :空中!? 事前情報と違いすぎだろ!

 :え、事故? 環境のイレギュラー? 別のダンジョンに入ってる?

 :いきなり空に放り出すイレギュラーがあってたまるか!

 :転移クリスタル使えないって終わってない!?

 :マジでしゃれになってないんだが

 :これ全員死ぬだろ

 :だれか飛行系のスキルかアイテム持ってないの?

 :あるわけねーだろ! オーガと戦う予定だったんだぞ!


 僕の転移クリスタルも反応がない。

 つまりダンジョンそのものが、脱出できないようにしているわけだ。


 助かる方法を考えていると、眼下から少し離れた場所を、飛行している物体が見えた。


 あれだ!


「あの……飛んでるやつに降ります! 僕の肩につかまってください!」

「プロペラ回ってる。飛行船?」

「けっこう距離あるけど!? 大丈夫!?」

「なんとかします!」


 リリカさんと倉石先輩が肩に手を回す。

 二人がしっかりつかんだことを確認すると、スキルを発動した。 


「【時の反逆者】!」


 僕以外の時間が停止する。

 下に見える飛行船からは、たしかに何十メートルか距離があった。


 一分が過ぎる前に、魔力形成で百本を超えるナイフを生み出す。


 僕はそれを飛行船に向かって投げ、自分に近い方から順番にまた時間停止。

 空中に固定したナイフで、足場を生み出した。


 直後、時間がまた動き始める。


「いきますよ! 離さないでください!」

「い、いまどうなってんの!? スキル使った!?」

「これが時間停止」」


 :うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 :急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ!

 :飛行船離れていってるぞ!

 :天道がんばれ! マジがんばれ!

 :こんなに嬉しくない美少女おんぶがあっただろうか

 :いつもよりスピード遅くないか?

 :二人も背負ってるんだから影響あるだろ

 :女の子は羽のように軽いって聞いたが?

 :走れえええええええええええええええええええええ!


 ナイフからナイフへ、全速力で飛び移る。


 最後に大きくジャンプして手すりを飛び越え、僕たちは飛行船の廊下に転がりこんだ。


 ……よかった。

 まだ生きてる。

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