第17話 千景の告白

 食事が終わり、僕たちは『綺羅星コスプレ喫茶』から、なんとか退店した。


 一時間半しか経ってないのに、すごい体験をした気がする。

 衣装を脱いだ千景さんが、ずっと黙っているのも怖い。


「……一夜くん。いまあったことは絶対だれにも言わないでほしい。約束してくれるな?」

「もし口が滑ったらどうなりますか?」」

「その時は君を殺してわたしも死ぬ。バニー衣装でな」

「墓場まで持っていきます」


 千景さんの顔が鬼気迫る感じだったので、高速で首を縦に振っておこう。


 バニーガールコスプレは、心の棚で大事に飾っておこう。


 それから僕たちは、街を回ってショッピングや食べ歩きをした。


 千景さんは配信だとクールな表情が多いから、たくさん笑顔を見られたことが、一番の収穫だったと思う。





 時間はあっという間に経ち、夕焼けが街を茜色に染めていく。


 僕たちは高台の公園で柵にもたれかかって、太陽の沈む海を眺めていた。

 ひんやりした空気が気持ちいい。


 この時間は他に人がいないので、世界から切り離された気分だ。


「今日はわたしに付き合ってくれて、ありがとう」

「いつでも付き合いますよ。サンプロの仲間じゃないですか」

「フッ、そうだな」


 黒のロングヘアを風になびかせながら、千景さんは微笑む。


 それからサングラスを外して、こう言った。


「一夜くん、君はなぜ探索者になろうと思ったんだ?」

「それは……あの……」

「嫌なら言わなくてかまわない。少し気になっただけなんだ」


 探索者になったのは、家族を宝石化の呪いから解放するため。


 このことはサンプロだと、小岩井さんしか知らない。


 別に隠すことでもないんだけどね。

 話が広まると同情を誘ってるみたいで嫌だったから。


 千景さんなら信用できるし、打ち明けてもいいかな。


「僕が探索者になったのは──」


 サングラスを外して、千景さんの目を見ながら口を開く。


 家族のことだけじゃなくて、小学校から中学校卒業まで、大半の時間を魔力のトレーニングに捧げたことも話す。


 ダンジョンでの修行の日々や、ボス相手に死にかけて、はじめてスキルに覚醒したことも話した。


 千景さんはそれを静かに聞いてくれている。

 全部話し終わると、なんだか心が軽くなった気がした。


「──話してくれて感謝する。それがS級にも匹敵する強さを支えているんだな」

「ありふれた理由ですけどね。この世界じゃよくあることです」


 そう、僕程度の不幸は探索者なら珍しくない。


 ダンジョンに潜る人がいるのは、自分の力じゃどうにもならないことを、解決できる奇跡がほしいからだ。


「人生をダンジョンの攻略や、魔物の戦いだけに費やして、つらいと思ったことはないか?」

「つらいなんて考えたこともないです。家族のために頑張るのは当たり前じゃないですか」

「そうか。君は強いな」


 千景さんはぐっと唇を噛んで、言葉を続けた。


「ご家族のために潜るなら、君にとって配信は余計な手間だったかもしれないな」

「ダンジョンの情報は公開するのが義務ですから。本当は無言配信でもいいんですけどね。見ている人を楽しませたいって思ったのは、千景さんたちサンプロメンバーの攻略配信を見たからです」

「わたしたち配信を?」

「ゲームみたいに魔物を倒して、攻略をエンターテインメントにする。『ダンジョンなんて怖くない』『こんな世界でも希望を持っていい』画面の前にいる人たちにそう伝えてる姿がカッコ良かったんです」


 だから僕は大手三大ギルドの中で、サンライト・プロダクションを選んだ。


 他のどのギルドよりも、楽しそうにダンジョン配信をしていたから。


「一番の目的は家族のことですけど、僕も先輩たちみたいな配信がしたいんです。リスナーを勇気づけられるように」


 正直な気持ちを真っ直ぐに伝える。

 でも千景さんは顔を曇らせて、


「その言葉はとても嬉しい。だが他のメンバーはともかく、わたしは尊敬されるような先輩じゃないんだ」

「……千景さん?」

「急に変なことを言ってすまない。忘れてくれ」

「なにか悩みがあるんですか? 僕じゃ頼りないかもですけど、話なら聞きますよ」

「……そうだな。では、少し耳を貸してくれ」


 僕がうなずくと、千景さんは自分のことを話し始めた。


「わたしが探索者になったのは、破界現象で地上に現れた魔物に、両親を殺されたからだ。君と同じくありふれた理由だな」


 たしかにダンジョンが発生してから、破界現象で命を落とした人は数え切れない。


 日本だけでも累計で五千万人が亡くなっている。


「ギルドに入ったのは、二度と破界現象を起こさないようにするためだ。だからダンジョンの魔物に容赦はしない。どんなボスが相手だろうと、斬り伏せるつもりでな」

「それ探索者になった理由なんですね」

「自分でいうが才能はあった思う。E級からA級まで一年足らずで昇格できた。すぐ脅威度の高いダンジョンも攻略できるようになった」


 千景さんは一度言葉を区切り、自嘲的な笑みを浮かべて話を続けた。


「はじめは興味のなかった配信も、リスナーに褒められると楽しくなってきた。雑誌やテレビに出る仕事ももらえて、自分がすごい人間になった気がしたんだ。正直、天狗になっていたんだろうな」

「実際すごいですよ。美人で強いじゃないですか。僕もチャンネル登録してます」

「そんな時に脅威度Aのダンジョンの救援要請を受けた。わたしなら問題ないレベルだし、配信が盛り上がるという打算もあった。そこで出会ったのが炎皇竜だったんだ」


 炎皇竜を口にした瞬間、手や足がブルブルと震え始めた。

 千景さんは極寒の雪原にいるように、自分の身体を抱きしめる。


「思い知らされたよ。鍛えてきた戦闘技術やスキルなんて、脅威度S相手からすれば子供の砂遊びなんだって。あの時は一夜くん助けてくれたけど、次はどうなるかわからない。本音を言えばもうダンジョンに潜るのが怖い。エルドスライムの相手だって、怖くて怖くて仕方がなかったんだ!」


 両親にすがるような声は止まらない。


「ずっと探索者として頑張ってきたのに! わたしの決意は偽物だったんだ! 攻略以外、他には何もできないのにな! もうダンジョンに潜れなくなったら、どうしよう……」


 涙が頬を伝う。


 配信で見る凛々しい探索者ではなく、悩み苦しむ一人の女性の姿がそこにはあった。


「本当は黄金迷宮に潜る前に謝りたかったんだ。わたしは弱くて情けない、最低の先輩だって! 君の足を引っ張ってしまうかもって……!」

「千景さん……」

「急にこんなことを言ってすまない。でも、だれかに話さないとおかしくなりそうなんだ。もう一人で抱えるのには耐えられない……。はは……本当にダメな先輩だな」


 爆発した感情の行き場がなく、千景さんは両手で顔を覆う。

 食事に誘われて理由がようやくわかった気がする。


 すっとだれかに打ち明けたかったんだ。

 サンプロ所属の美少女A級探索者、そんな肩書を気にせずに。


「そんなことありません」

「──え?」


 僕は両手で千景さんの手を握った。


「だって千景さんは逃げてない。他の人に任せることもできたのに、コラボしてくれたじゃないですか」

「それは……あの時戦えるA級がわたししかいなかったから……」

「ほら、やっぱり頼れる先輩です」


 手にぎゅっと力を込める。

 気持ちが伝わるように。


「ダンジョンが怖いなんて当たり前です。だから探索者は勇気を振り絞ってで立ち向かうんです。いまは恐怖で足がすくんでも、また立ち上がれるって僕は信じていますから」

「わたしは……まだ探索者でいられるだろうか」

「もちろんです。もし怖くなったらいつでもコラボしましょう。ダンジョンを攻略する方法、一から教えますよ」

「……フフ、そうだな。またE級からやり直そうか」


 千景さんは涙目で僕を見て、微笑んだ。

 もう手足の震えは止まっていた。


「一夜くんはやさしいな。君がサンプロに入ってくれて、本当によかった」


 手を引かれて、千景さんとの距離がぐっと縮まる。

 その顔はいつも凛とした表情に戻り始めていた。


 よかった。

 元気になってくれたみたいだ。


「一夜くん……えっと、その……わたしは君が……」

「ち、千景さん?」


 ん? なんだか展開が変わってきたぞ?

 いま悩みを聞く場面だって、思っていたんだけど。


 なんだか顔が赤いし近くないですか?

 このままだと唇が触れそうだし。


 ……そ、そういうのは恋人相手にしないとダメじゃないですか!?


 僕がどうしようか戸惑っていると、背後から黄色い声が聞こえてきた。


「あの人って天道一夜くんじゃない!?」

「すごっ! テレビで見たまんまじゃん!」

「もう一人も小鳥遊千景さんなんだけど!」

「サンプロの有名人が二人も!? ちょ、マジヤバいって!」


 声の正体は女子高生のグループだった。

 学校の帰りに高台へ寄り道したみたいだ。


 千景さんは突然のことにフリーズして、バッとその場から飛び退いた。


 よかった。

 色んな意味でセーフだ……。


「あのっ、お二人ともサインもらえませんか!」

「SNSに写真上げさせてください!」

「あ、ああ……かまわないが」

「僕サインってはじめてなんですよね。どう書こうかなー」


 僕たちは手帳やノートにサインを書いて、一緒に記念撮影をする。


「お二人とも、サインありがとうございました!」

「SNSとクラスで自慢しまーす!」

「これからも配信見てますから!」

「攻略がんばってください!」


 そう言って、女子高生のグループは去っていった。


「えっと、もう暗くなっちゃいましたね」

「あ、ああ。そろそろ帰ろうか」


 夜空に星が出始めたので、駅まで歩いて解散することになった。

 駅までの道、僕たちはずっと手を繋いでいた。


「今日は楽しかったです。また一緒に遊びましょう!」

「わたしも君のおかげで元気が出た。またサンプロで会おう」

「はい!」


 僕は電車に乗って、千景さんに手を振る。

 こうして千景さんと過ごす、はじめての休日は終了したのだった。



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