第16話 バニーガールハプニング

「すごく面白かったですね!」

「そうだな。特に食人植物のコーナーが興味深かった」


 すべての展示を見終わって、僕たちはダンジョン博物館をあとにした。


「そろそろお昼の時間だな。食事にしようか」

「いいお店を知ってるって、電話で言ってましたね」

「わたしは意外とグルメなんだ。大船に乗った気持ちで付いてきてくれたまえ」

 フフンッと鼻を鳴らす千景さんと一緒に、僕は街の飲食エリアに向かった。


「ま、まさか閉店しているとは……。ネットでは営業中だったのに……」


 千景さんの選んだ店は、潰れてシャッターが閉まっていた。

 ガーンという効果音が聞こえてきそうだ。


「残念でしたね。他のお店に心当たりはありますか?」

「それが今日はこの店に決めていたんだ。他の店のことは全然考えてなかった……」

「じゃあ、あの店にしませんか?」


 僕が指さしたのは、『綺羅星コスプレ喫茶』と看板のかかった店だ。


 壁にはポップな絵柄で魔法少女やヴァンパイアが書かれている。


 きっとアニメのキャラクターになりきった店員に、接客してもらえる感じなんだと思う。


「こういう店っていつも通りすぎるんですよね。一度チャレンジするのも面白いかなって」

「たしかにわたしも初体験だ。行ってみようか」


 店のドアを開けると、カランカランとベルが鳴る。

 中からメイドの格好をした店員さんが、小走りでこっちにやってきた。


「いらっしゃいませ、ご主人様。当店ははじめてですか?」

「今日がはじめてです」

「ではこちらの更衣室にご案内しますね。初心者向けの衣装もご用意していますよ」


 あれ? なんか想像してたノリと違う?

 コスプレってこっちがする感じなの!?


 メイドさんは僕が戸惑っている内に、グイグイ手を引っ張っていく。

 振り返ると千景さんも同じように、更衣室へ連れていかれるところだった。


 この店って本当に大丈夫?

 ……危ない店だったら力づくで逃げるし、もう少し様子を見てみよう。


「当店ではコスプレをしたキャラクターの個性に応じて、お出しする料理が決まります。内容はそのキャラクターが一番好きな食べ物になっております」

「ヴァンパイアなら血が美味しいみたいな感じですか?」

「その通りです。実際にお出すするのはトマト料理ですが、最高の味を保障しますよ。衣装決まりましたらお呼びください」


 そう言ってメイドさんは、更衣室から出ていった。

 なるほど、そういうコンセプトの店なのか。


 更衣室の張り紙を見ると、『D級アイテムを使った衣装。ダンジョン協会の使用許可アリ』と書いてあった。


 衣装は十数着あるみたいなので、色々見て選んでみよう。


 周りに人目もないし、サングラスも外して大丈夫そうだ。


「こんな感じでいいですか? 似合ってないかもですけど」

「いえいえ、とてもお似合いですよ」


 迷ったあげく、僕が選んだのは例えに出したヴァンパイアの衣装だった。


 貴族風の衣装にマントが付いてくる。


 説明されたから選んだ、すごく無難なチョイス!

 だって衣装で料理が決まるのに、冒険するの怖くないですか?


「お席にご案内します」


 通されたのはゆったりとした個室だった。

 これならコスプレしたままでも、食事ができそうだ。


 千景さんはまだ来ていないので、出されたトマトジュースを飲みながら待つことにする。


「んんっ! 美味しいっ!」


 市販のトマトジュースと変わらないはずなのに、すごく味が芳醇に感じる。


 これが人気の秘訣ってことなのか。


 少しすると、着替え終わった千景さんが個室に入ってきた。


 ただし、とんでもない格好で。


「ど、どうだ? 似合っているだろうか?」


 頬を赤くして、もじもじと太腿をすり合わせる千景さん。

 その衣装は、どこからどう見てもバニーガールだった。


 ウサギ耳のカチューシャを着けて、大きな胸の谷間がはっきりと見える。

 股間はⅤ字に衣装が食い込み、スラリと長い足は網タイツに包まれている。


 だっ、ダメダメ! 先輩をエッチな目で見るなんて!


「やはり似合わないか……。わたしにこういう衣装は……」

「そ、そんなことないですよ! 似合ってます! カワイイです! でも、なんでその格好を選んだんですか?」

「店員に勧められたんだ。男性はみんなバニーガール好きだって言われて。だが実際に着ると恥ずかしいな。まあ……カワイイならいいが……」


 千景さんは落ち着かなさそうに腕を組んで、視線を泳がせている。

 そのポーズ、胸が押し上げられて余計に強調されるんですけど。


 僕たち今からこの状況で食事をするの?

 正気?


「と、とにかく食事にしようか」

「そ、そうですね」


 千景さんは席について、ニンジンジュースを飲む。


「──ッ! これはすごいな! 人参のエグみがまったくなく、まろやかな甘さだけが喉を潤してくれる」


 千景さんは目が覚めたように、ニンジンジュースの味に驚いている。

 感想が食レポみたいなのは、職業病かもしれない。


「わかります。僕もトマトジュースに感動しました」


 そう、この店が出す料理はすごい美味しいのだ。

 コスプレの影響が大きすぎるだけで。


「お待たせしました。新鮮トマトのパスタ、ニンジンたっぷりハンバーグとライスになります」

「手が込んでいるな。人参が薔薇の花びらのようだ」

「丸ごとのトマトにミートボールがゴロゴロ入ってますね。思ったよりガッツリ系みたいです」


 運ばれてきた料理を、僕と千景さんは夢中で食べた。

 素材の魅力が舌へダイレクトに伝わってきて、フォークを持つ手が止まらない。

 トマトソースで口元が真っ赤になると、本物のヴァンパイアになった気分だ。


 そしてメイン料理を食べ終わり、デザートを待っていると、テーブルの正面にいた千景さんが僕の隣に座ってきた。


 ……なんで?


「あの千景さん、どうしたんですか?」

「食べてる内にどんどんウサギの気分になってきて……ウサギは寂しいと死んじゃうから……」

「え。えええええ!?」


 そう言って、千景さんはぎゅっと僕に抱き着いてきた。

 顔は赤くて、とろんとした瞳は酔っているみたいだ。


 マシュマロみたいな胸の感触が、ふにゅんっと腕や胸板に当たってくる。

 コスプレでここまで影響が出るのはマズくないですか!?


「店員さんも来ますし、もうちょっと離れたほうが……」

「いやだ。一夜くんとこうしてる」


 モデルみたいな顔を赤くして、頬をくっつけスリスリしてくる。

 まるでお酒に酔っているみたいだ。


 あと、ほっぺがスベスベすぎて理性を失いそうです。


「離れてほしいなら頭を撫でてくれ。そうしたら言うことを聞く」

「……わかりました。こ、こうでいいですか?」

「うん。そんな感じで頼む」


 髪を撫でると、目を細めて嬉しそうに微笑む。

 なんだか先輩が子供になったみたいだ。


「君の手は気持ちいいな。温かい」


 押し当てられた胸の方が気持ちいいけど、黙っておこう。


「えへへ。千景はぁ、ウサギちゃんだぴょん。もっとかまってくれないとぉ、すねちゃうぴょん」

「ちょっ、それはマズいですよ!」

「マズくないぴょん。ハグすると幸福感が上がるんだぴょん」


 千景さんは僕の股間にまたがり、豊満な胸の谷間を顔を挟んできた。

 頬の両側からパフパフと心地よい圧迫感が伝わってくる。


 落ち着け僕。

 これはコスプレ衣装のせいだから。


 わざとやってるわけじゃないし、ここで反応したら色々と終わる!


「はぁぁ、癒されるぴょん。ずっとこうしていられたらいいのに」

「あの……腰を動かさないでもらえると助かります」

「天道くん知ってるぴょん? ウサギはすごく性欲が強いんだぴょん」

「なぜいまその話を!?」


 そう言って舌を出し、ペロリと唇を舐める。

 なんだか事態が悪化してるような気がする。



 この店を選んだのは失敗だったかも!

 もうやめておかないと、お互いあとで後悔するって!


「一夜くん、わたしもっと深く繋がりたいぴょん。ダメぴょん?」

「絶対ダメです! だれか来るかもしれませんし、そろそろ離れた方がいいですよ!」

「お客様、デザートをお持ちしました。あ、ごゆっくりどうぞ」

「衣装の効果知ってますよね!? なんとかしてください!」


 不自然に目を逸らす店員さんに、僕は声を張り上げたのだった。



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