第13話 ボス戦、エルドラスライム
黄金迷宮ダンジョン、ボス部屋で戦いの火蓋が切って落とされた。
ここでは転移クリスタルなど、離脱系のアイテムは使用できない。
ボスを倒さない限り、地上へ戻ることはできないのだ。
「くらうがいい! 我輩特製の黄金ハンマー!」
先手を取ったのはエルドラスライムだった。
伸縮自在、意のままに伸びる両腕で黄金像と化した探索者をつかみ、ハンマーのように天道、千景めがけて叩きつける。
「こいつ! 探索者を武器にするつもりか!」
ギリリと歯を鳴らして、千景が叫ぶ。
躱そうとすれば、まだ生きている人間が砕け散る、相手の心を揺さぶる攻撃だ。
「【時の反逆者】!」
天道はスキルを発動し、床を蹴ってジャンプ。
魔力剣で伸びた両腕を切断すると、二体の黄金像をかかえて、エルドラスライムから距離を取った。
「んんんん!? 我輩の両腕が斬られているだと!? それに黄金ハンマーもない! 貴様ら我輩になにをした!」
:あっぶねええええええええええええええ!
:天道よくやった!
:時間停止ナイス!
:初手から人質戦法とは恐れいる
:Σ外道~~~~!
:話せるだけじゃなくて、思考も人間に近くなってるのか
:このボス、めちゃくちゃクソ野郎だぞ!
間一髪で救助に成功し、天道の配信コメントが湧きあがる。
「むむむ、ならば次のハンマーを補充しよう」
「させるものか! 【氷姫雪影】──大氷壁!」
エルドラスライムが再生した腕を伸ばす前に、千景が氷のスキルを発動させる。
氷の壁が黄金像の前にそびえ立ち、人質戦法を繰り返させない。
「なんだこの氷は! 我輩の邪魔をするなあアアアアアア!」
ガシャアアアアアアアン!
エルドラスライムのパンチが大氷壁を一撃で粉砕する。
だが、その瞬間確実に隙が生まれた。
「さすが千景さん。ナイス誘導です」
天道はエルドラスライムの頭上に跳ぶ。
魔力剣を逆手に持ち、落下の勢いを乗せて、人型の頭を首から斬り離した。
身体を無くした頭は、ボールのようにゴロゴロと床を転がっていく。
:よし! 決まった!
:これは勝っただろ
:首チョンパきたああああああああああ!
「やったか!?」
:チカ姉それはフラグ!
:チカ姉いまのセリフはアカン!
:本当にやってるかもしれないだろ!
:あ、これ生きてるな
「首を斬るとは酷いことをする。痛みはないが少々不快だな」
エルドラスライムの頭部が一瞬で再生し、グニグニと首を傾ける。
欠片もダメージを受けているように見えない。
「次は貴様らの首ももらってやろう! 黄金サウザンドソードッッ!」
「マズい! 一夜くん、離れろ!」
「──くっ!」
エルドラスライムの全身に波紋が浮かぶと、無数の刃がハリネズムのように生え、全方位に高速で伸びる。
距離の近い天道は身体をひねって回避し、千景は氷壁で刃の威力を殺し床に伏せる。
魔力の防御も容易に貫通する攻撃。
かすった天道の脇腹は、服の布地がパックリと裂けていた。
「頭に核はないみたいですね」
「その通り。我輩の核は極小かつ体内を自由に移動できる。フハハハハ! 当たりが出るまで剣を振ってみるか!?」
核とはスライムのような不定形の魔物に存在する、脳と心臓を統合したような器官だ。
「一夜くん! 脇腹を見ろ!」
「────ッッ!!」
裂けた布地はシミが広がるように、黄金の浸食を受けていた。
天道はすぐに上着を脱ぎ捨て、上半身裸になる。
その直後、捨てられた服はガキンッと金の塊になった。
「チッ、おしいな。あと少しでコレクションになったものを」
「それがあなたのスキルですか」
「いかにも。これが我輩のスキル【黄金祝福】である! 攻撃を与えたと認識したものは、すべて黄金になるのだ! フハハハハハハ!」
:ユニークスキル持ちかよコイツ!?
:こーれは確実に脅威度S以上ですね
:当たったら即黄金化かよ、ヤベえな
:範囲攻撃のフリして即死攻撃は反則だろ!
:チカ姉ナイス状況判断!
:でも自分から説明してくれたぞ、ははーん、このボス馬鹿だな
:もしくは説明が制約のパターンだな、ユニークスキルは強力な代わりに条件があったりするから
ギリギリで黄金化を回避し、天道はフゥと息を吐く。
前衛のリスクが高いのは、このようなスキル持ちがいるからだ。
「自由に動かせる核、ほぼ即死のスキル。かなり厄介なボスだな」
「動きを止めて、一撃で全身を破壊するしかないですね」
「拘束はわたしの得意分野だが、やつに通用するかはわからないぞ。それにすぐ再生する肉体を破壊なんてできるのか?」
「僕に考えがあります。ただそのためには魔力の溜めが必要ですね」
「時間稼ぎがいるわけだな」
それは一時的に一人で戦うということだ。
凶悪なスキルを持つボスと一対一で。
「すみません。お願いできますか?」
「謝らなくていい。部屋に入る前から、わたしを気遣ってくれていたな。気持ちは嬉しいが傷ついてもいるんだぞ」
「千景さん……」
「そんな顔をするな。少しは先輩らしいところを見せないとな!」
天道の不安を吹き飛ばすように、千景はエルドラスライムに向かって駆ける。
「お前の相手はわたしだ! かかってこい!」
「ほう、よく見れば中々の美人ではないか。貴様も我輩のコレクションにしてやろう!」
「【氷姫雪影】、氷縛白波っ!」
刀の切っ先が床に触れると、エルドラスライムを囲むように、氷の波が打ち寄せてくる。
命中すれば一瞬で敵を凍結できる千景の十八番。
だが、黄金球体の下半身から刃状の鞭が伸びると、高速で跳ね氷の波を打ち砕いた。
そのまま勢いをつけて、千景の自身を狙う。
「ぐっ……速い! それになんて手数だ」
「一触れでもすれば【黄金祝福】は始まる。意識は残ったまま像になったやつがなにを言いたいのか、聞こえるのは我輩だけだ」
「悪趣味なやつめ」
「フハハハハハハ! お前もすぐにそうなる。懇願する時は『元に戻して』『家に帰りたい』『一生このままなんて嫌だ』『もう殺してくれ』、以外のパターンでスピーチを頼むぞ!」
:カス野郎~~~~っっ!
:こいつ黄金化した探索者で遊んでやがる
:とんでもないボスだな
:わざと生かして助けを乞わせるのが最悪
:チカ姉負けるな!
黄金鞭の絶え間ない連撃を、千景は魔力と氷を付与した刃で弾く。
エルドラスライムの手数は一度に四十以上。
それが休み襲い掛かってくる。
二本の腕で防ぐには限界があった。
【氷姫雪影】での拘束は狙い続けているが、氷の波も届くところまでいかない。
「【氷姫雪影】、氷柱撃! ──風切丸!」
「ヌオオオオオオオオオオ!?」
氷の柱がエルドラスライムの胴体を撃ち抜き、柱を足場に接近した千景は、旋風の刺突を脳天に叩き込む。
渦巻く風の流れに添って、黄金のボディが内側から削られていく。
並みのボスならこれで終わりだが──
「フハハハハハァ! 無駄だ! その程度の児戯で我輩は倒せんぞ!」
「っ……くぅぅ……」
エルドラスライムの肉体は瞬時に元へ戻り、黄金鞭の攻撃を再開する。
パンッッッッと先端が音速を超え、怒涛の勢いで千景に迫る。
氷の壁をいくつも出現させて目隠しに使い、床を凍らせて滑るように逃げなければ、彼女も黄金像になっていただろう。
「ハァハァ……っ、くううううぅ……!」
「そろそろ限界だろう? あきらめて我輩のものになるがいい!」
千景の呼吸が荒くなり、全身にまとう魔力は明らかに消耗していた。
このままいけば、エルドラスライムの勝利は確実だ。
黄金の口が三日月のように歪み、宝石の歯が剥き出しになった。
「フハハハハ! さあこれで終わりだ! 終わり……り……なっ、なにィ!? かっ、身体が動かんだとォ!?」
「千景さん、足止めありがとうございます」
黄金鞭が根本の部分で止まり、身体の形状を変えようとしても、見えない壁にぶつかり動けない
エルドラスライムは目先の戦いを楽しみすぎて、警戒を怠っていた。
天道一夜のスキルを。
「氷に気を取られすぎましたね。あなたの動きは封じさせてもらいました」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 先ほどから貴様は突っ立っていただけではないか!」
:よくわからんけど、うおおおおおおおおおおおおおお!
:天道のターンきたあああああああああああああああああああ!
:時間停止か!?
:でも配信が飛んだ感じはなかったぞ
:なんか知らんけどやっちまえ!
:金ピカ野郎焦ってて笑う
天道は細かな魔力の粒子を飛ばし、エルドラスライム周辺の空気を、ブロック状に時間停止させていた。
黄金鞭の根本は小型かつ頑丈なブロックで固め、前後左右、頭上にはぶ厚いブロックを配置し、見動きを封じる。
ただ雨粒とは違って、目に見えない空気にスキルで干渉することは、相当な集中力を要する。
千景に時間稼ぎを頼んだのはそのためだ。
「千景さん。一気に凍結してください!」
「【氷姫雪影】、最大……氷縛牢獄!」
「まっ、待て貴様ら! 話し合おうではないか! せっかく言葉
が通じるのだからな!」
エルドラスライムはうろたえ早口でしゃべるが、二人は取り合わない。
「そうだ! 黄金と宝石を好きなだけやろう! 一生遊んで暮らせるぞ! 黄金像にした人間どもも元に戻してやる! それが目的なのだろう!?」
「いまの言葉、戦う前に聞きたかったですね」
:くっそ無様で草
:いまさら謝ったって遅いんだよ!
:二人とも話し合うつもりだったやろがい!
:会話ができると命乞いも上手いな
:天道の目コワ~っっ!
:チカ姉めちゃヤバかったしな
「このまま凍りつくがいい」
「や、やめろオオオオオオオオオオオ! か、身体がああああああああ! 我輩が……こお……凍る……! 黄金の素晴らしいボディが……凍結するうううううううううううう……ぅぅ……」
断末魔を遮り、エルドラスライムの全身が氷の塊に閉じ込められる。
もう変形もスキルも発動できない。
「動きは封じたが本当に大丈夫なのか? こいつを完全に破壊するのは骨が折れると思うが」
「一撃決めないとですね。苦手分野ですけど、この距離ならいけると思います」
天道は氷塊の前に手のひらをかざすと、全魔力を集中させる。
すると太陽ように輝く、光の球体が出現した。
:え、なにこれ?
:うわっ、まぶしっ!
:もしかして魔力の放射か?
:体内の魔力を撃ちだすやつだろ? 銃弾とかサッカーボールみたいにして
:天道のはそれとはなんか違う気がする
:ビーム発射前の溜めに似てるよね
:人間がビームを撃てるわけないだろ
:ハハハハ、まさかS級の化け物じゃあるまいし
コメントが魔力の集まる量に、ざわつき始める。
光の球体はすでに、天道の身体を上回るサイズになっていた。
そして、限界まで膨れ上がっ魔力が解き放たれる。
「はあああああああああああああ! 全力・魔力砲撃っ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!
声と同時に球体から、輝く光のビームがほとばしる。
それは氷塊ごとエルドラスライムを飲み込み、一片の塵すら残さず消滅させた。
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