第9話 黄金迷宮のダンジョン

 僕は小岩井さんの運転する車に乗って、ダンジョンに向かう。


 到着するまでの時間で、緊急での攻略が必要な理由を教えてもらった。


「今回の目的地『黄金迷宮のダンジョン』では、“破界現象”が発生しようとしています。それが天道さんに同行していただいた理由です」

「破界現象って……めちゃくちゃヤバいじゃないですか!」

「はい。その通りです」


 ダンジョンの中では無から魔物が生まれ、歪な食物連鎖が行われている。


 魔物同士で共食いをすることもあるけど、探索者が積極的に討伐しない限り、大きく数が減ったりはしない。


 破界現象とはダンジョン内の魔物が増えすぎて、大穴の外、僕たちの住む地上へ侵攻を開始する大災害のことだ。


 ひとたび発生すれば、街の一つくらいは簡単に消滅する。


 ダンジョンの攻略をギルドや個人に任せているのは、どこの国にも余裕がないかららしい。


 日本ダンジョン協会に所属する国選探索者たちは、『天魔六王のダンジョン』で破界現象が起こらないように、食い止めるので精一杯だそうだ。


 という話を、中学時代に社会の先生に教えてもらった。


 それに破界現象は伝染病みたいに呪いもまき散らすから、僕にとっても他人事じゃない。


「でも、そこまで危険な状態なら、攻略に向かった人もいっぱいいそうですけど」

「もちろんギルドに個人、様々な探索者が四か月前から挑んでいます。ただ、現在攻略中になっている七十九人の内、だれ一人として帰還していません」

「…………!」

「配信ドローンが壊され、映像が送られないので安否も不明です。救援要請を受けた探索者も同じく消息を絶ちました」


 小岩井さんの口調がどんどん緊張を帯びていく。


 ニュースで話は聞いたことがあるけど、そこまで大事になっているなんて知らなかった。


「そんな場所に僕だと問題ありませんか? S級探索者に攻略してもらった方がいいんじゃ……」

「連絡の取れるS級は全員別の案件で手が離せません。そもそも、もっと早く手を打つべきだったんです。無数の黄金に目がくらんで、ギルド間で情報を共有しないなんて馬鹿げています!」


 小岩井さんは声を荒げて、ギュッとハンドルに力を入れる。


「す、すみません。大きな声を出してしまって」

「いえ、気にしないでください」

「手遅れになってから弊社に攻略を要請したことが悔しくて……。炎皇竜討伐の実績があるとはいえ、天道さんを危険な場所に送るわけですから」

「小岩井さんの話を聞いて、覚悟が決まりました。絶対にダンジョンを攻略して、破界現象を止めてみせます。僕に任せてください」


 力強い声ではっきりと口にする。

 弱気になっちゃダメだ。


 S級探索者を目指すなら、どんなダンジョンが相手でも負けてられない。


 窓から流れる景色を見ながら、僕は拳を握った。






「到着しました。ここから先が黄金迷宮のダンジョンです」


 山の斜面に空いた大穴の前で、小岩井さんは言った。


 周辺は工事中だったのか、砂利の地面が広がり、ショベルやダンプカーが停まっていた。


 それにたくさんの軽自動車も。

 なんだか物々しい雰囲気だ。


「明日の一面は『破界現象を見逃したギルド間の癒着!』これで決まりだな」

「今日はサンプロの探索者が攻略に挑むって噂だぜ。あの大型新人くんもいるらしい」

「マジかよ。これで無理だったらいよいよ終わりだな」

「S級探索者はまだこないの!? 息子はまだ中にいるのよ!」

「ダンジョンは神による浄化である! 歯向かうなど言語道断! 人類は大人しく破界を受け入れるべきなのだ!」


 マスコミや探索者の家族、様々な団体で現場は大混乱だ。


 僕と小岩井さんは警察の人に頼んで、こっそりと立ち入り禁止のテープをまたぐ。


「小鳥遊さんは先に中へ入ったそうです。天道さんもご武運を」

「いってきます」


 僕は親指を立てて、黒い大穴の中に入った。

 真っ暗な道をしばらくの間歩く。


 リスナーに言われてから、僕もアイテム装備することにした。


 サンプロ社員の人に頼むと、すぐにほしい物をそろえてくれから、とても助かります。


 着ているのは冒険者風の丈夫な服。

 魔力を込めた糸で編まれているから、多少のダメージじゃ傷つかない。


 背中のリュックには回復用のポーションや、毒消しの各種薬草。

 これは買えば数万円するD級アイテムだ。


 使えば一瞬で入口に戻れる、C級アイテムの転移クリスタルも用意している。

 水や携帯食料も万全だ。


 武器アイテムは下手に頼ると危険なので、ほしい物が見つかるまでは、魔力で形成した武器ででいこう。


「そろそろかな」


 暗闇の先に光が見えてきて、そこから一気に視界が開けた。


「うわあっ、すごい……!」


 目の前にそびえ立つのは、黄金色に輝くピラミッドだ。

 壁が純金でできているみたいで、剥がされたあとがあちこちに残っている。


 これは誘惑されるのも、ちょっとわかるかも。


「天道くん、よく来てくれたね」

「小鳥遊先輩! お待たせしました」


 小鳥遊千景先輩が歩きながら、声をかけてきた。


 黒髪のロングヘアと、凛とした目つきが特徴の、美少女A級探索者でサンプロの先輩だ。


 服装は冒険者風だけど、僕よりも露出が多くてスカートとスパッツを履いている。


 動きやすさを重視して、こういう服装の探索者は多い。

 分厚い鎧を着なくても、魔力で身体を守れるからだ。


 腰のベルト鞘があって、大小二振りの日本刀を差している。

 アイテムはポーチにしまっているみたいだ。


「急なコラボですまない。わたしもいま来たところだ」

「僕もです。初心者で色々迷惑をかけちゃうと思うんですけど、今日はよろしくお願いします」


 そう言って、僕は頭を下げた。

 初コラボが大人気の先輩で、いますごく緊張してます。


 救援要請のときは話してる場合じゃなかったし、今回が初対面みたいなものだ。


「いまから配信を始めるわけだが、その前に一つ言っておきたいことがある。いいかな?」

「は、ハイ」

「天道くん。炎皇竜から命を救ってくれて本当にありがとう! 君がいなければ、わたしはいまここにいない」


 小鳥遊先輩はそう言って、僕の手をぎゅっと握った。

 やわらかな感触が伝わってきて、石鹸みたいないい香りまでしてくる。


 配信は見てたけど、生だと百倍くらい美人で落ち着かないんだけど!


「君が望むなら、わたしはなんでもする。好きに命令してくれ」


 顔が近づいてきて、長いまつげやピンク色の唇がはっきりと見える。

 それに自己主張が強すぎる胸も。


 なんでもって、どこまでアリなんだろう。

 僕だって男なんだから、そういうことを期待してしまう。


 ……いや、ダメダメ!


 ダンジョンで余計なことを考えると、碌なことにならないって色んな動画で言ってるから!


 煩悩退散! 煩悩退散!


「えっと……今回の探索が終わったら考えてみます」

「わかった。ただ、わたしの身体は君の所有物だと覚えておいてくれ」


 小鳥遊先輩は、僕に背を向けて配信ドローンを取り出している。


 配信では武人みたいに振る舞う人だけど、こんなことを言われるなんて思ってもみなかった。


 それだけ僕に恩を感じてくれているんだろうけど、戸惑ってしまう。


「っ……また手が……」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 ドローンのスイッチを入れる手が、かすかに震えている。

 実力者の小鳥遊先輩でも、今回の攻略は緊張するみたいだ。


「大丈夫。わたしはできる。A級探索者の小鳥遊千景なんだから」


 小声でつぶやいているけど、僕の耳にははっきり聞こえる。


 退院してからダンジョン配信もしていないみたいだし、まだ体調が万全じゃないのかもしれない。


 新人がおこがましいけど、カバーできるように気をつけよう。

 僕はそう心に決め、自分のドローンにスイッチを入れた。




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