第6話 ボス戦、コカトリストード

「せっかくの機会なので、時間停止を応用した技を使ってみたいと思います」


 僕はダンジョンに降る雨に手をかざしながら言う。


 :新技きたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 :応用技とかあるの!?

 :うおおおおおおおおお! それ気になる!

 :てゆーか包囲されるのに余裕すぎない!?

 :平常運転で草

 :いまピンチだと気づいておられない?

 :カメラ目線で笑う


「「「「キキ……キイイイイイィッッ!」」」」

「「「「キシャアアアアアアッッ!」」」」


 コメントを読んでいる間に、首狩りゴブリンたちは動き出し、一斉に襲い掛かってきた。


 全員が目を血走らせて、舌なめずりをしている。

 彼らにとっては、僕が今日の昼食なんだろうな。


 だからといって、食べられてやるつもりはないけど。


「【時の反逆者】、対象を雨粒に」



 スキルに条件を付与して発動すると、ずっと降り続いていた雨が空中で静止した。


 水滴の一つ一つがビーダマのように、球体のまま固まっている。


「ここから先は血がたくさん出るので注意してくださいね」


 ゴブリンたちは走って襲い掛かる勢いのまま、ブレーキをかけることもできず雨粒にぶつかっていく。


 そして、悲鳴が上がった。


「「「「「ぎぃ……ギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!」」」」」


 :うわああああああああああああああああああああ!?

 :いやあああああああああああああああああああああああ!

 :グロ注意! グロ注意! グロ注意!

 :ちょっ、思ったよりスプラッタなんだけど!

 :赤いシャワーが綺麗だなー(現実逃避)

 :ひいいぃー、ゴブリン穴だらけになってる!

 :止まった雨にぶつかったのか


 いきなりR18G映像を見せて申し訳ないけど、この戦法はよく使うから見てほしかった。


 よくダンジョン配信を見るリスナーは、平気だと思うけど。


「魔力を細かな粒子にして飛ばし、触れた物体だけを時間停止しました。停止した物体は魔力を帯びた状態で、その場に固定されます。だから雨粒を鉄くらい硬くして、即席のトラップにしてみました」


 :怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!

 :戦い方が悪役なんよ

 :即席でだしていいダメージじゃない!

 :これは初見殺しすぎるわ

 :ゴブリンに同情する日がくるとは

 :冷蔵庫のあまり物で料理しましたくらいのノリ


「全体の時間を停止するより、こっちの方が魔力の消耗も少なく、止められる時間も長いんです。この雨なら十分間は維持できますね。グロいのは僕も気にしているので、そこはごめんなさい」


 :お、おう!

 :大丈夫! 気にしてないよー!

 :あやまれてえらい

 :相手も殺す気だからイーブンってことで

 :ちなみに今の同接は30万人です

 :実戦に卑怯もクソもないよな、俺は絶対に天道とは喧嘩したくないけど

 :結果勝ててるからヨシ!


 リスナーの反応は色々だけど、これでスキルのことは大体説明できたと思う。


 あとはもう少し応用を見てもらおう。


「これはさっきスーパーで拾ってきた水のペットボトルです。まだ中身があるのでフタを開けて逆さにします。それからスキル発動」


 :おお、つららみたいに固まった

 :なんか理科の実験みたい

 :あー、これで武器になるわけだ


「これも剣を形成するより魔力の消耗を抑えられます。状況に左右されるので、毎回は使えないんですけどね。それでは、生き残ったゴブリンを狩っていきたいと思います」


 雨粒のトラップでダメージはあっても、大半のゴブリンはまだ動ける。


 いまも斧を片手に、ジリジリとこっちへ向かって来ているわけだし。


 僕は自分が触れた雨粒の時間停止を解除しつつ、一気にゴブリンたちの間を走り抜ける。


 一分後。

 ペットボトルの剣がただの水に戻るのと同時に、首のないゴブリンたちが、その場で崩れ落ちた。


「これで全員倒したと思います。魔石もいくつか回収しておきました」


 :はえええええええええええええええええ!

 :おいおい瞬殺じゃん!

 :我流なんだろうけど綺麗な太刀筋だな

 :鮮やかすぎてびっくりした!

 :魔石ゲットできたの美味しいな


 魔石とは魔物を倒すことで、ランダムにドロップするアイテムだ。


 魔力が詰まった電池のようなもので、いまの家電製品は魔石に対応している機種がほとんどだ。


 一個五万円はするから、ギルドに換金してもらおう。


「ではボスの探索を再開──、する必要はなさそうですね」


 :え? どういうこと?

 :なんで遠くを見てるの?

 :まさかボスの方から来たのか

 :ざわ……ざわ……


 濃い魔力の反応が、すごいスピードでこっちらに向かっている。

 ジャングルの葉は揺れて、バキバキと枝の折れる音が聞こえてくる。


 もしかしたら、ゴブリンの血の匂いに引き寄せられているのかもしれない。


「ゲコ。ゲコオオオオオオオオォッッ!」

「どうやらボスのご到着みたいです」


 木々をなぎ倒して現れたのは、巨大なカエルの魔物“コカトリストード”

 だ。


 頭には雄鶏のトサカがあって、ヘビの尻尾が生えている。


「コカトリストードの体液は毒で、触れた生き物を麻痺させます。下手に近づいたり、剣で斬りつけるのは危険ですね」


 :でかあああああああああああああい! そしてキモい!

 :わたしヌメヌメした生き物はダメ!

 :カエルは無理無理カタツムリ!

 :うわあああ……牛でも丸飲みできそう

 :天道くんボスの生態に詳しいな

 :すげー冷静に解説するじゃん

 :キミ本当に今日デビューの新人?


 リスナーが僕の知識を褒めてくれる。

 ずっと一人で勉強してたから、すごく嬉しい。


 でもコカトリストードの一番厄介なところは、逃げ足の速さだ。


「ゲコココ……じゅるり」


 長い舌が口の周りを舐めまわし、ボトボトと落ちた唾液が地面を溶かす。

 ギョロリと回転する眼球は、血の跡に沿って動いている。


 いまは僕よりゴブリンの死体に興味があるけど、敵だと認識されたら迷彩能力のある皮膚を使って、木や地面に擬態されてしまう。


 出し惜しみはせずに、一撃で倒そう。


「いまから時間を停止します。一瞬で終わると思うので、ボスから目を離さないでください」


 :目を離さない、了解!

 :うおおおおおおお! ガチのユニークスキル発動か!

 :初見のリスナーはよく見とけよ

 :マジで気づいたら終わってるからな!

 :あの困惑を初見にも味わってほしい

 :(離さなければ見えるとは言ってない)


「【時の反逆者】発動」


 世界が止まる。

 今から一分間は僕だけの時間だ。


 魔力で百本の剣を形成し、コカトリストードの頭上に投げる。


 時間停止中に動かす物体は好きな場所で止められるので、剣はピタリと空中で静止した。


 それから投げるための槍、ジャベリンを形成し、柄を持つ腕に魔力を集めながら構える。


 経過時間は四十秒。この瞬間、時間停止を解除する。


 百本の剣が重力の存在を思い出し、雪崩のごとくコカトリストードに降り注ぐ。


「ゲコ!? オオオオオオ!? ゲコオオオオオオオオオッッ!?」

「心臓は……そこですね」


 いきなり出現した剣が刺さって、パニックになるコカトリストード。

 でたらめに跳ねるせいで、心臓がある胸の急所が丸見えだ。


 僕はそこへ目掛けて、ジャベリンを投擲した。


 ────ドヒュンッ! と風を切る音が耳に響く。 


「ゲギャヒ!? ゲゴゴゴオオオオオオオオオオッッ!」


 ジャベリンは正確に急所を貫いた。

 濁ったような悲鳴がのどの奥から絞り出される。


「げ……ゲコ……ゲコォォ……」

「終わりました。これでボス撃破です」


 :おおおおおおおおおおお! ホントに終わったー!?

 :すげええええええええええ! 動画で見たやつだ!

 :なんかよくわからん内に死んだ!

 :な? マジで一瞬だろ?

 :気づいたらボスが串刺しになってるんだけど!、

 :いま槍投げてなかった? 投げたよね?

 :すごいんだけど盛り上がりにくい!

 :取れ高を犠牲に勝利を追及するスタイル

 :殺し合いにドラマはいらないから


 心臓を貫かれ、毒の体液をまき散らしながら、コカトリストードは絶命した。

 これでダンジョンも消滅するはずだ。


「ドロップアイテムは『コカトリストードの毒袋』ですね。B級素材で加工すると毒無効防具が作れます」


 :よっしゃあああああああああああ! 毒袋ゲットだぜ!

 :いいじゃん! B級だと上位のレア素材だ!

 :天道、運いいな!

 :売ったら八百万円くらいかな

 :ボス撃破おめでとう!

 :毎回配信見るから半額で売ってくれ!


「アイテムを回収したところで、リスナーのみんなに僕から発表があります」


 :ここで発表!?

 :な、なに!?

 :まさか引退じゃないよな?

 :デビュー配信で引退したら伝説だわ


「実は時間停止中の動きも撮影してるので、帰還したら動画を上げます。もうちょっと待っててください!」


 そう言って、僕は服の胸元にある小型カメラを見せた。

 身に着けている物は時間停止しないので、これで重要な場面の撮影もできるのだ。


 :動画うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 :マジで!? 時間停止中も見れるの!?

 :これはマジでうれしいやつ!

 :ボス戦の美味しいとこ上げてくれるのか!

 :どんな動きしてのか楽しみ!

 :配信だと一瞬でわからんからな

 :ユニークスキルの欠点もカバーしてくれる配信者の鑑


 リスナーも喜んでくれてる。

 アイデアをくれた小岩井さん、ありがとうございます。


「ボスも倒したので、今日の配信はここまでにします。高評価、チャンネル登録をよろしくお願いします。次回もがんばるので見てください!」


 :絶対見る!

 :今日でファンになった!

 :見ごたえあったな!

 :動画楽しみにしてるぞ!

 :ゆっくり休んでくれ!

 :デビュー配信から大活躍だったな!

 :めっちゃ宣伝してた理由がわかった!

 :乙ー


 流れるコメントを見ながら、配信ドローンに向かって手を振る。

 こうして、僕のデビュー配信は幕を閉じた。



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