第5話 常雨密林のダンジョン
僕の後ろにある大穴は、『常雨密林のダンジョン』という名前をつけられている。
発生は三ヶ月前。脅威度はB判定で、今まで挑んだ探索者はみんな途中で引き返している。
スーパーマーケットを飲み込むようにダンジョンが出現し、客や店員は穴が開ききるまでに脱出できたものの、建物自体は今も取り残されているそうだ。
「中に入ります」
穴のふちにある階段を使って、ダンジョンの中に入っていく。
はじめは真っ暗闇が続くけど、十メートルも進むと景色が一変した。
「事前情報どおりのジャングルですね。あと雨が降っています」
:まわり木ばっかだな
:すげー雨降ってるぞ
:ここ地味にめんどいダンジョンなんだよな
:先に挑戦した人みんなあきらめてるからね
:湿度がヤバそう
:ジメジメしてきた
配信ドローンが鬱蒼としげる木々や、あちこちに蔓延るツタ草、シトシトと降る雨を映していく。
かなり蒸し暑く、もう汗が滲み出してきた。
これは他の探索者が嫌がるのもわかる。
空気がムワッとして、不快感がすごい!
「ダンジョンには
:ジャングルに平原や砂漠、海みたいな環境が、どこまでも続くやつな
:初見に説明助かる
:魔物より環境が厄介なパターンのやつだ
:強酸性雨とか熱波、ブリザードは見たけとある
:ここは虫とかいっぱいいそう
:そういえば装備はどうしてるの? アイテムとか
コメントに装備の話があったので、ひろっておこう。
「僕はアイテムを装備しません。魔力とスキルでなんとかなるので。あ、でもこの服はいいですよ。サンプロが用意してくれた探索者用の衣装です。なんだかファンタジーRPGの冒険者みたいですね」
:はあああああああああああああああああああああ!?
:ひぇえええええええええええええええええええええええええ!
:ウッソだろお前!?
:アイテム装備しない探索者とか聞いたことねえぞ!
:お散歩と勘違いしてるのかな?
:普通は自殺行為なんよ
:登山だったら大バッシングされるやつ
コメントから爆速でツッコミがくる。
だって仕方ないんですよ!
両親の残した貯金と保険だけで生活してたから、ポーションなんて買えないし!
普段と違うことをするとミスしそうだから、小岩井さんが進めてくれたアイテムも断ったのに。
「この方が身軽なんです。別にお金がないわけじゃないですよ? 水やお弁当は持ってきてますし」
:いやいやいやいや、それはない
:身軽だからって武器がいらないわけねーだろ!
:回復アイテムくらい持っとけ!
:サンプロは二週間もあって、なにを教育してんだ
:ヤベー新人が入っちまったな
:(これ金ないな……)
:そりゃ探索者は貧乏な家が多いけども
:遠足と勘違いしてるのかな?
:今時めずらしい徒歩で帰還するタイプか
「わ、わかりました。次はちゃんと装備してきます。でも今日はこれで行きますね」
:わかってくれたか
:おう、ちゃんと装備しとけよ
:転移クリスタルとポーションは絶対あった方がいい
:あとでの基本装備のURL張っとくわ
:今まで死んでないのが不思議なんだからな!
:天道って素直なんだな
:今日はこのままなんだ……
ずっと自己流で攻略してきたから気づかなかったけど、僕のやり方はマズいみたいだ。
配信で見る探索者は色々装備してると思ったけど、大手ギルドだから自分には関係ないと思ってた。
デビュー配信で気づけてよかった。
「それはともかく! どこにボスがいるのかわからないので探すことにします。魔力の反応が濃い方向に行ってみますね」
:あっ、逃げた
:強引に話を変えたな
:ひとまず真っすぐ進む感じか
:魔力探知はできるのね
:こういうダンジョンってボスを見つけるまでが長いんだよな
:隠れてるやつもいるからな
:三ヶ月前から攻略が進んでいないのもわかる
ダンジョンには空間の中心となる存在、“ボス”というポジションの強力な魔物がいる。
だからボスを倒せばダンジョンは消滅し、飲み込まれた建物も元に戻る。
消滅には三~四時間かかるから、素材やアイテムを回収するならその間だ。
遅れると消滅に巻き込まれて、二度と地上に戻れなくなる。
僕は魔力を足に集中させ、木々の間を走り抜けていく。
木の根やぬかるみに足を取られないのは、修行で何度も転んだおかげだ。
:なんか移動するの速くない!?
:ここって陸上のトラックだっけ!?
:トラックなら同じスピードで走れるみたいなコメント
:百メートル走でもしてんのか?
:百メートル走のタイムでフルマラソンできるか!
:配信ドローンがんばれ、超がんばれ
:時間停止とか関係なくフィジカルがすごいな
みんなは驚いてくれるけど、時間をかけて探索していると、気温と湿度で体力が尽きてしまう。
多少飛ばしても早くボスを発見しないと。
「あっ、ここは……」
魔力の反応を追っていると、木々を押し潰すように現れた、スーパーマーケットを発見した。
三ヶ月前しか経過していないのに、窓や壁はコケだらけだ。
「まだ残っている人がいないか、確認してみようと思います」
:天道って真面目なタイプなんだな
:ニュースだと全員脱出って報道してなかった?
:捜索願が出てないだけだから、絶対じゃないぞ
:万が一ってこともある
自動ドアを横に押し開いて、中に入っていく。
店内の照明は消えて荒れ果てた状態で、空のペットボトルやカップ麺の容器があちこちに転がっていた。
カランッ。
「いまなにか音がしました」
僕は缶が転がったような音がした方へ進む。
すると、陳列棚のそばでパーカーを着て、うずくまっている人影を見つけた。
「……! 僕は探索者の天道一夜といいます。要救助者の方ですか?」
:おい、よろしく要救助者いるじゃねーか!
:マスコミはホンマに……
:よく三ヶ月も生きてたな
:すごいサバイバル能力だ
要救助者に近づこうと足を前に出した瞬間、違和感に気づいた。
魔力の気配がする。
「あなたは本当に人間ですか?」
「き……キ……キキ……」
「答えてください」
「キ……キシャアアアーッッ!」
「──っ」
パーカーを着たまま襲い掛かってきたのは、脅威度Dの魔物、首狩りゴブリンだ。
緑色の皮膚に尖った鼻と耳、手には血のこびりついた手斧を持っている。
:魔物だあああああああああああああああああああああ!
:だましたなあああああああああああああああああああ!
:うわっ、ゴブリンかよ!
:コイツ人間のフリしてるぞ!
:ゴブリンは悪知恵が働くからこういうことする
:こうやって探索者を狩るつもりか
:性格の悪い魔物上位ランカーなだけある
不意打ちには少し驚いたけど、ゴブリンに苦戦するわけにはいかない
僕は魔力で剣を形成すると、上段から振り下ろした。
スパンッとゴブリンの身体が縦半分に分かれて、その場で崩れ落ちる。
「キ……イ……!
「生存者だと思ったんですけど、残念です」
:まったく、びっくりさせやがて!!
:二度と人間を騙そうとするんじゃねーぞ!
:よっしゃ、一撃必殺!
:天道が悲しい顔をしておる……
:生き残った人だと思ったのに
:天道かわいそう
:まあしゃーない
:だからゴブリンはクソ
:剣を出すのは得意なの?
おっと、僕が暗くなったらコメントの空気も暗くなってしまう。
探索者デビューしたのに、初配信から落ち込んでちゃダメだ。
コメントをひろって空気を変えよう。
「剣や槍みたいな武器を出すのは得意ですよ。適正は強化なんですけどね」
:形成速度すごかったよ!
:コンマ数秒で剣出してたよな
:ぜったい裏で練習しまくったでしょ
:おれ形成苦手だから教えてほしい
:普段ダンジョン配信見ないリスナーに説明。魔力の系統は身体能力を上げる『強化』、武器みたいに形を与える『形成』、弾丸みたいに撃ちだす『放射』の三つがある。
自分で言おうと思ったら、コメントで解説してくれる人がいて助かる。
ちなみに放射は当てるのが苦手で、敵に近づいた時にしか使わない。
このあとも店内を探してみたけど、結局残っている人はいなかった。
きっと報道されたみたいに、全員脱出できたんだと思う。
僕は店内から出て、再び魔力が濃く感じる方向へ向かおうとした。
「それでは探索再開! って思ってたんですけどね。そうはいかないみたいです」
スーパーマーケットの周囲は、首狩りゴブリンの群れに囲まれていた。
数は五十匹を超えている。
中に入るとところを、見張りに見られていたみたいだ。
:ゴブリンの群れだああああああああああああああああ!
:めっちゃいるーーーー!?
:ちょっ、多いって!
:店のやつは足止めがかりだったかー
:一気にすげー出てきたな、Gかよ
:これB級探索者でもキツいやつだぞ
:時間停止で全員やれるか……?
このレベルの魔物なら魔力剣で十分だけど、みんなにも説明したいしスキルを使おう。
僕の【時の反逆者】には、もう一つの使い方がある。
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