第4話 天道一夜のデビュー配信
「父さん、母さん、ミユ。サンライト・プロダクションに受かったよ」
僕は自宅のベッドで、仰向けに置かれた家族に話しかける。
月明かりがカーテンの隙間から差し込んで、ダイヤモンドになった身体がキラキラと輝いていた。
五年間ずっと会話してないけど、こうやって毎日声をかけるようにしている。
ひょっとしたら明日には呪いが解けて、何事もなかったように起き上がるかもしれないし。
もちろんそんな日は、まだ一度も来てないけど。
「今日は色々ありすぎて疲れたから、詳しいことは明日話すよ。もう全身クタクタなんだ。それじゃ、みんなお休み」
部屋を出て、ドアを閉める
家に帰ってきた安堵感が今さらやってきて、僕は廊下に座り込んだ。
ラッキーが続きすぎて怖いけど、これで僕も大手ギルドの探索者だ。
まずはA級を目指して、それから絶対にS級へ昇格したい。
一日も早く、天魔六王のダンジョンへ潜る資格をつかまないと。
家族を元に戻すことが、いまの僕にとってすべてだ。
そのためならどんなことだってできる。
「晩ごはんを食べて、それからお風呂に入って……」
やることは頭の中でグルグルと回るけど、身体はまったく言うことを聞いてくれない。
ぼーっとしてる内に、だんだんとまぶたが重くなってくる。
廊下のひんやりした感触を味わいながら、僕の意識は夢の世界へ落ちていった。
日本三大ギルドの一つ、株式会社サンライト・プロダクション。
通称、サンプロ。
A~C級の探索者を中心に構成され、所属人数は現在354人。
男女比率は、男性2:女性8の割合。
主な収益はダンジョンで得た魔物の素材や、レアアイテムの売買。
配信のスーパーチャットや、グッズ、広告など、タレント業も行っている。
給料は歩合制なので、素材やアイテムの市場価格がそのまま収入に直結する。
取り分は探索者70%、ギルドが30%だ。。
30%は多く思えるけど、配信プラットフォームの使用料に、素材加工ギルドへ仲介する手数料、ダンジョンの探索許可、支給する装備など、各種費用が含まれているらしい。
だから自分が総取りしたい人は、個人探索者を選ぶそうだ。
ちなみに所属探索者同士で恋愛関係になるのは禁止だ。
過去に大炎上したことがあったと、ネットの記事で見た。
小学校も中学校もモテたことがない僕には、関係ない話だけどね。
「スーハー。スーハー。緊張には深呼吸」
僕が採用されてから、早くも二週間が経過した。
その間に配信とSNSのアカウントが作られて、公式アカウントも僕のことを『期待の超大型新人!』とか『謎のスキルを使う天才少年!』なんて、大袈裟なキャッチコピーで売り出している。
できたばかりの【天道一夜チャンネル】は登録者数30万人。
炎皇竜を倒した動画は1000万再生を突破した。
……まだ一回も配信してないのに、数字が伸びるのは正直怖い。
登録してるリスナーだって、僕の性格とか全然知らないわけだし。
「手のひらに人の字を書いて飲む。心配事の九割は起こらない」
でも、これが大手ギルドの探索者になったってことだ。
今日のデビュー配信を精一杯がんばろう。
「天道さん、準備はできましたか?」
「は、はい」
自己暗示をしていると、ダンジョンに続く大穴の前で、小岩井さんが声をかけてきた。
社長秘書でもある彼女が配信の準備を手伝うのは、相当に期待している新人限定だとネットで噂になっているそうだ。
……この情報は知らない方が、よかったかもしれない。
「かなり緊張していますね。もっと肩の力を抜いてください。普段通りのあなたで大丈夫です」
「そうなんですけど……。待機所にもう10万人集まってるのが見えたら、ドキドキしちゃって」
「それだけ話題になるように弊社が宣伝しましたから。私たち社員一同も期待していますよ」
「ううぅ……」
さらにプレッシャー。
小岩井さん、正直すぎる。
なんかもう口から胃袋を吐き出しそうな気分だ。
「ドラゴンと戦うよりも配信の方が怖いですか?」
「正直、いまはそうです」
「最悪、天道さんが大炎上してトップニュースになっても、弊社でフォローします。それだけ厚意をもう受け取っていますから。胸を張って配信してください」
そう言って、小岩井さんは僕の手を握った。
彼女の体温がじんわりと伝わってくる。
少し、緊張が緩んだ気がしてきた。
「ちょっと勇気でました。いってきます」
「頑張ってください。私もここで応援しています」
配信ドローンが飛行を開始して、カメラが僕の方を向く。
デビュー配信開始だ。
「リスナーの皆さんこんにちは。本日からサンライト・プロダクションでデビューすることになりました、天道一夜です」
:きたあああああああああああああああああああああああ!
:久しぶりの新人だああああああああああああああああああああ!
:告知からずっと待ってたぞ!
:天道くん、デビューおめでとう!
:ドラゴン殺しの天道だ!
:チカ姉を助けてくれてありがとう! マジ応援してる!
:こんにちは~、動画見たよ
:ちょっと緊張してる?
:声いいじゃん
:あの救援配信は神だったわ
:果たして謎スキルの説明はあるのか
みんなの応援は嬉しいんだけど、コメントの流れが速すぎて全然ひろえない!
ここは、あとでアーカイブを確認しよう。
あと小鳥遊千さんをお姫様抱っこしたことが、炎上してなくて本当によかった。デビュー配信から低評価だらけだったら、一週間は寝込む。
「ダンジョンを攻略する前に、あらためて自己紹介をしたいと思います。名前は天道一夜、年は今年で十六歳になります」
:それはさっき言ってたぞ!
:名前は知ってる
:イチヤくんね!
:大事なことなので二回言いました
:かわいい
:年齢はネットの予想が当たったな
:わけー、中卒ですぐに探索者かー
:いまそういう子多いよ
「好きなものはダンジョン、趣味はレアアイテムの収集、特技はダンジョンの攻略です!」
:全部ダンジョン関係で草
:ってダンジョンばっかやないかーい!
:思ったよりヤバいやつだった
:ダンジョン中毒だわこれ
:ひょっとして探索者の資格取れる十六歳より前に潜ってる?
:シッ、そこは暗黙の了解だから
:地上じゃ魔力やスキルは試せないからな
ますは台本どおりに自分のことを話す。
コメントの反応は悪くない感じだ。
「趣味の話ももっと話したいんですけど、みんなが気になってることって、僕のスキルですよね?」
:そう! そうだよ!
:めっちゃ気になる!
:あれどうやって移動してんの!?
:掲示板で考察盛り上がってたよ
:炎皇竜を倒したやつだよな、ずっと見てたけどわからんかった
:ユニークスキルなんだろうけど、似たような探索者がいないのよ
:オレは風属性の加速系に一票
:認識操作みたいな幻術系だと思う
自分のスキルを配信で説明するのは探索者の義務だ。
ダンジョン以外でスキルを発動することは、法律で禁止されている。
どんなスキルも使い方しだいでは、簡単に犯罪へ利用できてしまうから
救援要請のときは、非常事態だったから大目に見てもらえたけど、もう二度と同じことはできない。
「ユニークスキルは正解です。炎や風みたいなノーマルスキルの応用ではないですね」
自分が正義側の人間であることを、大勢に向けてアピールする。
「スキルの名前は【時の反逆者】。効果は一分の間、時間を止められます。停止した時間の中で僕以外の存在は動けません」
:はああああああああああああああああああああああ!?
:ええええええええええええええええええええええ!?
:マジかああああああああああああああああああああああああああ!
:いま時間を止められるって言った!?
:俺の耳がおかしくなったのかな? 時間停止って聞こえたぞ
:奇遇だな、オレもだ
:時間停止とは時間を止めるということです
:つまり時間を止められるって……コト!?
:それで炎皇竜が反応できなかったのか、え……マジで?
:ヤバすぎ! 超超超レアユニークスキルじゃん!
:あー、だから場面が飛んだみたいに見えたのか!
:これ世界初のスキルだろ、他の探索者で使えるやつ聞いたことないぞ
「僕もダンジョン協会で検査した時は驚きました。ただ効果がわかりにくいスキルなんで、ちょっと使ってみますね。一、二の三でいきますよ。一! 二の…………三っ!」
:早い早い早い早い!
:ちょっ、待てよ!?
:いまここで!?
:そんな手軽に発動できるの!?
:さらっと実演するじゃん
:ユニークスキルによくある制約とかないんだ……
僕は【時の反逆者】で時間を止めて、小岩井さんの手からリンゴを持ってくる。
ちなみに時間が停止している間は、他の人に僕の動きを察知することはできない。
「時間を止めてリンゴを持ってきました。手品じゃないですよ。」
:おおおおおお……マジだ
:すげええええええええええええええええええええええ!
:ずっと画面見てたのにわからなかった
:実際にやってもらうとすごさがわかるな、まったく反応できん
:【速報】天道の時間停止スキルは本物
:こんなん最強のスキルじゃん!
:掲示板の考察班が発狂してる
:いまのだれか見えた人いる?
:魔力で目を強化したけど無理
:これ悪用したらヤバいやつだな
「ただ一分しっかり止めると、しばらく発動はできません。普段は十秒か二十秒だけ止めて、クールタイムを短くしています。ここが弱点ですね」
【時の反逆者】は最強かもしれないけど、無敵ってわけじゃない。
使いどころを考えないと、いざという時に困ることになる。
「僕はこのスキルでどんどんダンジョンを攻略します。そして、S級探索者を目指すつもりです。無謀な夢かもしれないけど、精一杯がんばるので応援よろしくお願いします!」
:がんばれー!
:わたしも応援してる!
:若者らしい夢でいいね
:S級ってことはあの化け物どもを目指すのか
:あいつら人間やめてるからな、種族S級って感じ
:でもこのスキルならワンチャンあるかもしれん
:天道くんがギルド所属の探索者でよかった~
:これ超パワーのヒーローが人類の味方で感謝するやつだ
:おれの地元を壊滅させたダンジョンも攻略してくれ!
:お前のこと信用してるからな、マジで頼むぞ
コメントがさらに加速して、いろんな文章が流れていく。
不安になる人がいるのもわかるけど、僕はこのスキルを悪用するつもりはない。
それで家族の呪いが解けるなら別だけど、お金を集めても意味はないから。
こればかりは信じてもらうしかないけどね。
「それでは、ダンジョン攻略を開始します!」
僕は自分を奮い立たせるように声を上げる。
リスナーのみんなが楽しんでもらえるように、精一杯配信をがんばろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます