第2話 ボス戦、炎皇竜

 はい。やってしまいました。


 僕はいま人生がかかった面接をすっぽかして、ダンジョンに潜っています。


 別に頼まれてもないのに、一人で救援に来きました。


 自分でも馬鹿だと思うけど、あのままスルーするのもモヤモヤするし、仕方ないよね。


 ドラゴンなら修行で何度も戦ったから、足手まといにならない自信もあるし。


「天道一夜くん。助けてくれて……ありがとう」


 ただ、いま新たな問題が発生しました。


 僕が抱きかかえている女性、よく見たら面接を受ける予定の大手ギルド、『サンライト・プロダクション』所属の小鳥遊千景さんでした。


 僕も百回以上配信を見たことがあります。


 つまり、雑誌やCMに出演しまくりの大人気女性探索者を、お姫様だっこしてるわけですね。


 …………これヤバいかも。


 顔も名前も配信にのってるし、このあとファンに燃やされない?

 いやだー! 自宅を特定されたくない! 


「君が来てくれなかったら、わたし絶対に死んでいた。ううぅっ、本当に……本当に……ありがとう……」

「気にしないでください。探索者は助け合いですから」


 嗚咽をもらす小鳥遊さんの顔を見ないで、クールに返事をする。

 もう遅いかもしれないけど、女性に興味がないアピールをしておこう。


「ここで待っていてください」


 ドラゴンから距離を取って、岩陰に小鳥遊さんを隠す。

 かなり魔力を消耗してるみたいだし、僕一人で戦った方が良さそうだ。


「天道くん、どうするつもりなんだ?」

「あのドラゴンを倒してきます」

「む、無茶だ! A級のわたしでも歯が立たないボスなんだぞ!」

「大丈夫。任せてください」


 そう言って、僕はドラゴンに向かって歩きだす。


 鋭い牙の隙間から、フシューっと火の粉が漏れるのが見えた。


 炎が得意みたいだけど、それがどうした。

 こっちはリアルで大炎上しそうなんだぞ。





 ◇ ◇ ◇ ◇





 炎皇竜との戦いを挑む天道の背中を、千景は見送った。


(くっ、ダメだ。もうスキルを発動できない。魔力で身を守るので精一杯だ。天道くん、どうか死なないでくれ)


 自分の不甲斐なさに、千景は歯噛みすることしかできない。


 炎のブレスを思い出すと、いまも足が震えてしまう。

 少年の無事を祈り、食い入るように一挙一動を見つめる。


 :助かったあああああああああああああああああああああああ!

 :やったあああああああああああああああああ! チカ姉が生きてる!

 :救援間に合ったアアアアアアアアアアアアアアア!

 :すげえ! あそこから生還できんの!?

 :どうやったのかわからんけど、とくにかくヨシ!

 :たしかに、どこから出てきたんだ?

 :大丈夫。任せてくださいだって

 :はー、今回ばかりはマジで死んだと思ったわ

 :神様っているもんだな


 千景の無事がわかった瞬間、リスナーの興奮は最高潮になった。

 同接は150万人を超え、コメントが爆速で流れていく。


 :でもあの少年一人で炎皇竜と戦うのか?

 :それは絶対に無理、いますぐ逃げた方がいい

 :チカ姉を背負ったままじゃ撤退できないと思ったんだろ

 :転移クリスタル持ってなかったか、だとしても無謀すぎる

 :盛り上がってるところ悪いけどE級だしな、脅威度Sのボスに勝てると思うか? 十秒も耐えられないだろ

 :それはそう

 :オイオイオイ、死ぬわアイツ

 :でもあいつがチカ姉助けた瞬間ってだれか見えたか?

 :いやまったく

 :映像が飛んだのかと思った

 :気づいたら炎のブレスから五十メートルくらい離れてたよな


 熱狂が過ぎ去ると、コメントは天道に対する心配と疑問で埋まっていく。


 E級探索者が炎皇竜と挑むことは、アリと恐竜の戦いに等しい。

 身にまとう炎だけでも、常人なら一秒以内に火葬できる。


 ただ、100万人以上のリスナーにも、天道の動きは追えていなかった。



「GARRRRRRRRRRRRRRRRRッッ!」

「うわ、熱っ。サウナみたいですね」


 天道は真っすぐ歩いて、炎皇竜へ近づいていく。

 互いの距離はすでに二十メートルを切った。


 人間同士なら猶予があるように見えるが、炎皇竜からすればすでに射程圏内。


 長く分厚い尻尾が高速で動き、岩盤を叩き割る一撃が、頭上から振り下ろされる。


 ゴオオオオオオオオオオオオオォォ!


「天道くん! 逃げて──って、え?」


 千景が声を出した時には、天道の姿は消えていた。

 そして──


「ハアアアアアアアアアアアアッッ!」

「GYA!? GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!?」


 炎皇竜の横面に拳が叩き込まれる。


 一発ではなく、無数のパンチが連なり衝撃波を生み出した。

 その様子は至近距離でマシンガンを連射したようだ。


 炎皇竜の巨体が揺らぎ、ズシンッッッと轟音を響かせ地面に倒れる。


「い、いまのは一体……?」


 :えええええええええええええええええええええええええええ!?

 :なになになに!? どうなってんの!?

 :は? なにこれ?

 :気づいたら炎皇竜殴られてて草

 :衝撃波すげええええええええええええ! どんなパンチだよ!?

 :ドラゴンから拳でダウン奪うの初めて見た!

 :待て待て待て、まず尻尾を回避するくだりはどうなった

 :いきなり頭部の横にジャンプしてたぞ!?

 :やべえ……全然見えねえ……

 :店のWi-Fiがカスだから見逃したかと思ったわ

 :よかった、俺だけわかってないのかと


 千景とシンクロするように、困惑のコメントが爆速で流れる。


 リスナーの中には魔力で動体視力を強化した者もいたが、だれ一人として動きを追うことはできなかった。


「GA……AAAA……!」

「普通はいまので終わるんですけど。思ったより頑丈ですね」

「GARRRR……RUOOOOOOOOOOOOOOッッ!」


 炎皇竜は起き上がり、怒りの形相で天道を睨む。

 全身の炎が激しく燃え上がり、魔力が喉の奥に集中する。


 鋭い牙の並ぶ顎がガバリと開き、鉄すら融解させる炎のブレスが吐き出され──

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオオン!


「GI……GYAGAAAAAAAAAAAAAAッッ!?」

「ブレスはもう使わせません。小鳥遊さんが巻き込まれたら困りますから」


 ──否。吐き出されることはなかった。


 炎皇竜の下顎から何十本もの槍が突き刺さり、剣山のよううに顎を縫い留めたからだ。


 行き場を失くした炎は、口の中で弾け暴発する。

 無理矢理顎を開かされ、鮮血と槍があちこちへ飛び散る。


 :自爆してるうううううううううううううううううう!?

 :炎のブレスを出す前に止めてんの!? ありえないって!

 :カウンター決まったあああああああああああああ!

 :へー、炎皇竜ってこんな感じで攻略方すればいいのか(棒)

 :いまのなに!? また場面飛んでない!?

 :なにって……魔力を槍の形にして突き刺しただけだが?

 :槍の形にする過程を見たいんですけど!?

 :気づいたら見せ場が終わってるんだけど!

 :怖い怖い。いや、やってることはすごいんだけども

 :俺C級探索者だけどマジでなにしてるのかわからん

 :わけわかんないけど、なんかのスキルだよな


「じっとしていれば苦しまずに死ねます。まだやるつもりですか?」

「GIIIII……GYARRRRRRRRRRRRッッ!」

「わかりました」


 天道の手に魔力の剣が生み出され、炎皇竜の前足と激突する。


 人間など虫ケラのように踏みつぶす剛力。

 だが、力を加える前にすべての指が斬り落とされた。


 炎皇竜の悲鳴がダンジョンの岩壁を揺らす。


「すごい……彼は一体何者なんだ?」

 

 :それはリスナー全員思ってそう

 :俺もチカ姉と同じ気分で見てるわ

 :名前で検索しても出てこないんだよな

 :E級ってことは登録したばっかなんだろうけど

 :あの強さでド級の初心者なのか?

 :わからない、俺たちは雰囲気で彼を応援している

 :いまSNS見たらトレンド一位だったわ

 :#謎の少年、#小鳥遊千景、#炎皇竜、#脅威度詐欺、か

 

 両者の戦いを見ていた千景が、呆然と声をもらした。


 あれほど圧倒的だった炎皇竜が、なすすべもなく追い詰められている。 

 走馬灯すら感じた自分の窮地が悪い夢のようだ。


「AA……GIII……UUUUUUUUッッ!」

「闘志が折れないのは流石です。最期まで付き合いますよ」


 ここから先の戦いは、さらに一方的だった。


 炎皇竜の攻撃が当たる直前に、天道は突如移動し魔力剣で斬撃を加える。


 溶岩にすら耐える鱗が容赦なく斬り裂かれ、血の噴水がいくつも上がった。


 奇妙な移動方法は連続では使えないことに、炎皇竜は途中で気づいたが時すでに遅し。


 下層に逃げる余力すら失っていた。


「ッ……ッ……GII……GAAA……ッッ!」

「これで終わりです」


 :ついに決着か

 :天道はともかく炎皇竜は限界だしな

 :どっちも魔力が膨れ上がってるのが見える

 :ここはマジで見逃せないぞ

 :だれか録画頼む

 :どういうスキルか知らないけど、いまだけは普通に戦ってくれ!

 :無茶を言うリスナーもいます


 天道の身体から、凄まじい密度の魔力が湧き上がる。

 その手には魔力で形成した、光り輝く剣が握られていた。


 炎皇竜も全身の炎を竜巻のように渦巻かせ、最後の力を振り絞って突進する。

 この戦いが始まる前は、あらゆる敵をねじ伏せてきた必殺の一撃だ。


 勝負が決まる緊張の瞬間。

 千景もリスナーも固唾を飲んで成り行きを見守る。


 そして天道の足がわずかに動き、


「…………ッッ!? A……A……GA……」

「いい勝負でした。僕が戦ったドラゴンの中で一番強かったですよ」


 気づけば炎皇竜の首が切断されていた。


「え。終わり? これで終わったのか!?」


 千景は混乱しながら、パチパチとまぶたを開閉する。


 自分では傷一つつけられなかった頭が、ゴロンッと地面を転がっているのだから無理もない。


 冗談のような結末に、思考回路が追いつかない。


 :終わったあああああああああああああああああああああ!?

 :決着うううううううううううううううううううううううう!

 :画面見たら死んでるんだけど!?

 :セリフを決める前に説明してくれ!

 :CMの間にクライマックスが終わった感じ

 :だから! 倒すところを! 見せてくれよ!

 :天道マジですごすぎない!?

 :※E級探索者が脅威度Sに勝つ歴史的な場面です

 :すごいんだけどモヤっとするやつ!

 :でも二人とも無事ならOKです

 :はじめから配信見てるリスナー寒暖差で風邪引きそう

 :なんかよくわからんがボス撃破だな!

 :やったー! 勝ったぞー!


 同接200万人、濁流のようにコメントが流れていく。

 すべての視聴者を混乱させながら、業炎灼岩ダンジョンの攻略は完了した。

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