第22話 港町

 港町『メレル』は、魔王城にも匹敵する面積の大都市だ。ここは魔族領の海産物を一手に引き受ける漁業都市で、毎日大量の魚介類を水揚げしている。


 調査隊一行は、メレルに到着するなり食事を取ることとした。


「海の幸! お刺身は!? 生で食べられる!?」

「ほう、お前の国でも生で食べる文化があるのか」


 日本人組は歓喜した。特に精進料理が日常だった西明寺は、刺身など客として招かれた時にしか口にできない、滅多に食べられない贅沢だった。


 カルディナン帝国以南の国々も、魚を生で食べる習慣はない。日坂はここぞとばかりに胃袋に気合いを入れた。


「生の魚はこの店でしか味わえない。今日は貸切なのでどこに座ってもいいぞ」


 玲奈達は、嬉しさのあまりキャーキャー言いながら海が見える窓際のテーブルに着いた。


「マダラ! 隣座って! ここ! すーわって!」


 玲奈が隣の席をバンバン叩く。マダラは「やれやれ」といった表情で仕方なさそうに腰掛けた。

 玲奈は左にレヴィン、右にマダラと、イケメンに囲まれて至福の表情を浮かべた。


 テーブルは8人掛けで、玲奈の対面には西明寺と日坂、ピノが座っている。


 椅子に正座して座高を高くする玲奈や、高すぎるテーブルにもじもじするピノを見て、レヴィンが店員に子ども用の椅子を要求した。

 店員は慌てて子ども椅子を2脚用意すると、玲奈たちは「ありがとう」と言って食べやすい姿勢になった。


 全員が席に着いたところで、ウェイターがメニューを配り出す。その所作は、決してマダラ達が要人だからそうしているのではなく、普段から品のいい接客をしているのだということがうかがえた。


「うふふ、なるほど。写真とか絵とかないのね。文字ばっかでどんな料理なのかわからん」

「姫様、もしかしてこっちのレストラン来るの初めて?」


 異世界に来て9年のベテラン日坂は、自分も最初は戸惑ったことを思い出して問いかけた。


「うふふ、そうなの。今まで城とか村で食事だったから、こういう店来るの初めて」


 レヴィンは刺身が食べたいであろう玲奈のために、4人前の盛り合わせを2つ注文した。

 また、各々でステーキや唐揚げなどメイン料理や、スープなどのサイドメニューを注文した。


「楽しみだなー、どんな料理かなー、お師匠はお刺身食べた事あるんですか?」

「ああ、前世でな。熱心な僧は肉は食わんのじゃが、ワシはあまり気にせんかった。その代わり、肉を頂くときは、毎度感謝しておったよ」


 その会話を聞いていた玲奈は、前々から気になっていた事を尋ねた。


「あのさ、西明寺はピノの何の師匠なの?」

「言っとらんかったか。ピノ、あれを出してあげなさい」

「はい、お師匠」


 すると、ピノは両開きの扉の幅をギリギリ通過した巨大なリュックから、龍の彫刻を取り出した。

 それは精悍な顔つきから美しい鱗まで極めて精密に彫られた木の彫刻で、紛れもなく日本に伝わる龍だった。


 グロノア=フィルで『龍』というと、ほとんどの民は魔王アーヴァインのようなドラゴンをイメージする。

 しかし、彫刻を見たマダラは、眉をひそめてこう呟いた。


「それは……水神か」


 日本人組は龍と言えばこの長い胴体と、鉤爪に握られた玉――如意宝珠という――が特徴だ。

 マダラとレヴィンには、これが海の果てに棲まうと言われる水神に見えたのだ。


「水神は海を旅する『挑戦者』にのみまみえるという、海の果ての守護者だ。俺は会ったことがないが、魔王様は仲間にするため、一度だけ会いに行った事があった」


 魔王が仲間にしたがる程の力なのだと、玲奈はゴクリと息を飲んだ。


「それで、どうなったの?」

「……負けた。だが、力を認められて神器を授かった。魔王様はそれを大切に所持している」


 日坂には神器が何か察しがついていた。


 龍神杖りゅうじんじょうおぼろ


 それが魔王アーヴァインのメイン武器として、メタ・ライブラリには記載してあったのだ。


「私もお師匠みたいに立派な龍を作りたいの」


 ピノは精巧な龍の彫刻を大事にテーブルに置いて、惚れ惚れしながら呟く。

 玲奈は、きっとこの子ならやれると信じて問いかけた。


「練習してるの?」


 すると、ピノは恥ずかしそうに首をすくめて無言でコクリと小さくうなずく。

 西明寺は、何も恥ずかしがることなどないと自信の表情でピノに言った。


「見せてあげなさい」


 ピノが再度椅子から降りて、後ろに置いてあるリュックからゴソゴソと取り出す。


 それは、皆が目を丸くする出来栄えの、しかし確かに龍であるとわかる彫刻だった。


「ブッ! ブハハハハハ!」


 日坂が遠慮なく笑うと、ピノは顔を真っ赤にして彫刻を背中に隠した。


「日坂! てめえ笑ってんじゃねーよ! ピノ! もう一回見して! めっちゃ良いよそれ! ね! 見して!」


 ピノは涙目になりながら、玲奈の頼みならと、そーっと彫刻をお腹の前に出した。


 それは、これでもかと言うほどデフォルメされた、何ともアニメチックな丸い龍だった。

 一言で言えば『日本KAWAII』である。目は黒丸の点で、顔はニッコリ笑顔、胴体は短く、腹はタプタプしており、短足であるが、確かに如意宝珠を持っている。


 西明寺は、ここまで龍を可愛く創り上げたピノを逆に尊敬している。

 玲奈も、西明寺のシュッとしたカッコいい龍から、こんなに可愛い龍が生まれたことに心から敬意を表した。


「ピノ、真剣に、凄い。日坂、てめえツボってんじゃねーよ。お前にこれが作れんのかコノヤロー」

「ブフフフフ無理だぜアハハハハ――ブハッ!」


 玲奈はメニューを力一杯、日坂の顔めがけて投げつけた。日坂の頭は首からグギッと音を出して後ろにぶら下がった。メニューは日坂の顔に貼り付いている。しばらく目を覚まさないだろう。


「お待たせ致しました」


 そこへ刺身の盛り合わせを2皿持ってきたのは、第7番隊『西海漁業組』の組長『ルーカス』だった。


「あ! ルーカスおひさー!」

「どうも姫様。ご機嫌麗しゅう」


 ルーカスは笑顔でテーブルに盛り合わせを置くと、無骨な髭とたくましい腕、ギラリと光るギザギザの歯とは裏腹に、紳士的なお辞儀をして見せた。


 ルーカスは第6番隊『東海殲滅組』の組長『マーカス』と双子で、2人とも『アンドロギス』と呼ばれる海の魔人だそうだ。

 水中で彼らの動きを捉えられるものはおらず、魔王アーヴァインでさえも彼らを仲間にするに当たって、陸におびき寄せて倒すという苦肉の策を講じた。


「さっしっみ! さっしっみ!」


 玲奈は他の料理が運ばれてくるのを待ちきれず、フォークを持つ手に力が入る。

 刺身は赤身や白身、海藻や魚卵が山盛りで、玲奈とピノは目をキラキラさせてヨダレを垂らした。


 グロノア=フィルには醤油がないので、刺身は塩で食べる。特にこの店の塩は海藻から取ったダシを混ぜたダシ塩で、ワサビがなくてもインパクトのある塩辛さを味わえる。


「ほう、塩で刺身を食うのは初めてじゃ。おい、日坂、起きんとなくなってしまうぞい」

「いいよそんな奴。日坂の分も食べちゃおうぜ」


 所狭しと並べられた料理は、どれも見た目が良く、食欲をそそられる香りだった。


「いただきまーす!」


 玲奈は一番乗りで赤身を一切れフォークに刺すと、小皿に盛られた塩をチョンと付け、口に頬張った。


「はむ。ふむふむ。ふむっ! うまーーー!!!」


 これを皮切りに皆で刺身を味わう。西明寺は塩のインパクトに頬が落ちそうになり、これから刺身は塩で食べることにした。


 日坂が気絶している間、皆は海の幸を存分に堪能し、これから始まる航海に向けて英気を養うのだった。


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