第二章 冒険、農業。国々と神々

第21話 出発

「8番隊『マダラ遊撃隊』組長のマダラだ。これよりサマダ・フロンティアの古代遺跡を調査すべくエルヌス調査隊を編成する」


 魔王城のドラゴンナイト乗降広場で挨拶をするマダラは、一目では魔族とはわからない風貌で、魔族にしては珍しい黒髪に黒い瞳、目は鋭く感情が読めない無表情、何よりも、黒いマスクをしているので仮に笑っていてもわからない。

 服装は一言で言えば『隠密』であり、艶消しのマットな籠手に脛当て、腰に装備した如何にも特別製の二刀流が、彼の戦闘スタイルを物語っている。


「点呼を取る。マルダ」

「はい」

「ミリアム」

「はっ」


 マダラ遊撃隊からは、組長のマダラの他に、11人の隊員が選抜された。彼らは精鋭であり、副長のマルダさえも調査隊に参加していることから、この遠征に対するマダラの本気度がうかがえる。


 彼らは耐寒着としてのローブこそ薄茶色だが、その下は全員が隠密装備の黒一色で、武器だけがそれぞれ違うものを身に付けている。


 種族は様々で、マダラは『ヘイルカイザー』と呼ばれる希少種――不死狼だそうだ。彼に物理攻撃は通用せず、斬っても氷によって瞬時に傷口は再生し、仮に溶岩の海に落ちても周囲を凍り付かせる。

 不死鳥アルテナとは、一度だけ真剣勝負で引き分けとなってから仲がいい。


「レヴィン」

「はっ」

「サイメイジ」

「おう」

「ピノ」

「はいっ!」

「ヒサカ」

「はい」


 玲奈は気付いていた。マダラは玲奈と目があってもすぐに目を逸らす。目は口ほどにものを言う。僅かに視線があった瞬間に感じたのは、ポジティブな感情ではなかった。


 それは歓迎会の時からはらんでいた玲奈の心配の種で、マダラは玲奈にお酌してもらっても無言を貫いたのだ。


「転生者。フユツキレナ」

「……あちゃー。はーい」


 点呼により明らかになったマダラの玲奈に対する冷ややかな態度は、これから始まる旅路の出足をくじく暗い雰囲気を作り出してしまった。


 しかし玲奈は負けない。


 マダラが飛竜に乗るために2人組を作るよう指示を出すと、玲奈はひょこひょことマダラの隣に移動し、仁王立ちした。

 マダラが表情を変えずにその場を離れると、玲奈も一緒にくっついて行く。


「俺は1人で乗る。お前は誰か他の隊員と乗れ」

「いーやーでーすぅー。マダラと一緒がいいんだもん」


 マダラは不快感を前面に出して嫌がったが、玲奈は何食わぬ顔でマダラが乗る飛竜に飛び乗った。


 一行は西の港町『メレル』に向かって飛び立つ。そこから貨物船に偽装した戦艦でサマダ・フロンティア西海岸まで一気に南下する予定だ。


 玲奈はマダラの背中を見ながら、飛竜の鞍に備えられた後部座席用のハンドルを握って、振り落とされないように話しかける。


「ねーねー、マダラの装備カッコいいね」

「…………」

「あたしの服もね、ティセが街で買ってきてくれたんだ。冒険用のコートとブーツ。ねーねー、見て見て、カッコいい?」


 玲奈は足をブラブラさせてマダラの横に突き出す。マダラは鬱陶うっとうしそうに横目でブーツを見ると、無言で前を向いてため息をついた。


「この籠手は何でできてるの? 金属? 艶消しブラック、カッコいいね」

「…………。アダマス鉱だ」


 誰であろうと、自分の好きな分野の話をするのは気持ちのいいものである。玲奈はそれを良くわかっていて、たまたま振った金属の話題にマダラが応答してくれたことに手応えを感じた。


「ふんふん、他にはどんな金属があるの?」

「…………。柔らかい順にモンロー、金、銀、銅、ケネル、鉄、ミスリル、オリハルコン、アダマスだ」

「ほへー、聞いたことない金属がいっぱい。でも金、銀、銅、鉄はあたしの国にもあったなー。合金とかはあるの?」

「ゴウキン……とは何だ?」


 ここで初めてマダラが首を捻って玲奈の方を向いた。玲奈は嬉しかった。耳を傾けてくれているのだ。

 玲奈の考察では、マダラは仮にも魔将の1人で、一つの部隊をまとめあげる将なのだから、悪い人物ではないはずと考えていた。


 そして初めてのマダラからの質問である。玲奈は、この会話において、マダラが自分の話に興味を持ってくれていると感じた。


「複数の金属を混ぜて合わせるの。詳しくは知らないけど、溶かして混ぜると、元の金属の特性が変わるみたいだよ? ステンレスとかアルミ合金とか」

「何だそれは。他にもこの世界にはない金属があったのか?」

「えー、いっぱいあるよ。スイヘーリーベボクノフネ、ナナマグアルシップスクラークカ。えへへ、懐かしいー」

「何の呪文だそれは」

「金属じゃないのも含まれてるけど、マグネシウムとかクロムとか、チタンも合金には欠かせない金属じゃないかな」


 この世界グロノア=フィルにもクロムやチタンなどの金属が存在する。しかし、まだ発見されていない。

 マダラは玲奈の話に、アダマス以上の有用な金属が含まれているのではないかと考えた。


 アダマスは、魔族領の『テンブレイム山』でのみ採掘可能な希少金属である。ここには長年『イフリート』が住みついており、これを無力化しないと採掘できない。

 アダマスは、その硬度としなやかさで他に類を見ない特性の金属で、魔力の伝導性にも耐久性にも優れている。

 もし、玲奈の言う合金に、手軽に混ぜるだけで作り出せるアダマス級の金属があるのなら、わざわざテンブレイム山でイフリートと激戦する必要がなくなる。マダラはそう考えた。


「フユツキ、お前が知っているチキュウの金属で、1番硬く、且つしなやかな金属は何だ?」

「う……困った。あたしそんなに詳しくないぞ。たぶんチタン合金なんだろうけど……こういうのは日坂だ。日坂の隣に付けてくれる?」


 マダラは斜め後方を飛ぶ、副長マルダの飛竜に接近した。マルダの後ろには日坂が乗っている。


「ねーねー! 日坂! 最強の金属って何!?」

「いや……何をもって最強かにもよるだろ……軽さか? 硬さか? もしくは生産性か?」


 マダラは日坂の『軽さにおいて最強』『生産性において最強』という魔王軍にはない思想に着眼した。

 そもそも、魔族には武器としての金属に『軽量』を求めるという考え方はないのだ。


「ヒサカ、軽くてしなやかな金属はないか?」

「そしたらアルミ合金が最強だと思う。なかでもジュラルミンはこの世界で武器に使ったら反則級だと思うよ。材料はアルミと銅、それから亜鉛とマグネシウムだったかな」

「マルダ、今の金属を書き記せ。それから各鉱山に伝令。未知の金属が含まれている可能性がある。探し出せ」


 日坂はメタ・ライブラリを使用して、この世界にアルミニウムがあるかどうか調べた。

 すると、魔族領の『イエメリ山』にボーキサイト鉱脈がある事、ボーキサイトを水酸化ナトリウムで溶かして、氷晶石ひょうしょうせきと混ぜて電気分解することでアルミニウム地金が得られる事が表示された。


「イエメリ山だ。そこからボーキサイトっていう赤褐色の鉱石が採れる。赤い石を探せって付け加えた方がいい。それから、氷晶石ひょうしょうせきっていう氷みたいな白い鉱石も必要になる」

「…………。マルダ、頼む」

「了解しました」


 魔族領には5箇所の鉱山がある。イエメリ山もその一つで、鉱山では主に魔石を採掘しており、その副産物として、先に述べたモンロー鉱石や金、銀などを製錬している。金を得る際には、溶鉱炉や電気分解による抽出も行っており、その技術は既に確立している。


 日坂は、この世界でどこまでアルミに近づくことができるか試してみたくなった。亜鉛やマグネシウムも、メタ・ライブラリがあれば必ず見つかる。


 マダラはグレートウォールダンジョンのスケルトン達に、少しでも軽い武器を持たせてやりたかった。彼らは手足を魔力で動かしており、どうしても筋力が足りなく、鉄の武器や盾は重すぎるのだ。


「んふふー、マダラ、アルミニウム作れるといいね」

「…………。ああ」


 そんなやり取りがあって、玲奈は自分の好きな事、嫌いな事など、色々な話をマダラに伝えた。マダラは軽く相槌を打つことがほとんどだったが、その背中から伝わるものは、出発当初とは違う暖かさだった。


 一行は港町『メレル』が見えてくると、スピードと高度を下げて着陸に備えた。

 玲奈は、青く綺麗な海と、漁を行っているであろう漁船がゆらゆらと揺れているのが美しく思えた。


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