第20話 嵐の前の静けさ〜平穏な日常〜

ガラガラガラガラガラガラ


「ふんふんふーん、ふんふんふ、ふんふんふーん、ふんふんふ」


 クロノスは、鼻歌混じりにトラクターで畑をうなる玲奈を見守りながら、空中をフワフワと漂い、足を組んで後頭部に手を当て、居眠りをしている。

 彼は戦闘時や必要な時以外は腕は2本にしている。やろうと思えば6本にもできるが、もう何千年もそんなに腕を増やした記憶はなかった。


 彼は、西明寺やレヴィンが異空間に武器を仕舞っておくのと同様に、普段は玲奈の固有の異空間に閉じこもっている。

 西明寺たちと違う点は、玲奈の意思に関係なく出入り可能なことで、玲奈の身の危険を感じたり、農作業してたりすると、姿を現す。


 そんな平和な畑のすぐ横では、西明寺と日坂が戦闘訓練をしていた。


「おりゃっ!」

「甘い!」


 訓練用の木剣でやり合う2人は、明らかに西明寺の技量が高く、日坂が本気で打ち込んでも軽くいなされる。

 しかし、日坂が弱いかと言うと、そう言うわけでもなく、仮にもグレートウォールダンジョンを超えたことがある日坂にだって、プライドやそこそこの技があるのだ。


 日坂は、午前中の自由時間に、防具屋で高級な盾を支給してもらった。店主には、そう簡単には壊れないと言われたが、壊しても返さなくていいとも言われた。軽くて使いやすいので、早速訓練でも使用している。


 ピノは道具が入った巨大なリュックを返してもらい、中身を広げて、まるで露店のように野営道具を並べた。そして、ちょっと遅めの昼ご飯の支度をしている。

 材料はレヴィンにお願いして買ってもらったスキムテッドという鳥の肉と、カイガトスの肉、ミルグストという豆だ。


 彼女は水と火の生活魔法が使える。戦闘に使えるほど高出力ではないが、料理をするには充分の火力だ。


「クロノス、ここにタルモットとコッタナ植えたら育つかな?」

「んー、この気温じゃ無理だろうね」

「やっぱりかあ……大人しく温室が出来上がるのを待つか……」


 クロノスは、悲しそうにする玲奈を見て、数秒空を見上げると、右手のひらを上にして玲奈の前に差し出した。


 玲奈はその行動の意味がわからず、クロノスの右手を凝視すると、彼の手のひらに大気が渦を巻いて集まり、その中心に光る球体が現れた。


 クロノスはクスッと笑うと、光の球体は徐々に土の塊と、そこから生える小さな芽となり、苗が現れた。


「わあ! 苗だ! 何の苗!?」

「これは古代の失われた果実の苗だよ。名前は内緒。フフフ」

「実がなるの?」

「そうだね。トマトみたいに育ててあげてよ。この気温にも負けずに育つし、病気や虫にも強いから手間は掛からないと思うよ」


 玲奈は大歓喜して沢山出してもらえるようにクロノスにお願いした。

 また、支柱となるものをレヴィンに頼むと、レヴィンは鉄筋なら幾らでも手に入ると答え、門番のケイヒムとブラヒムに持ってきてもらうよう手配した。


 玲奈はトマト栽培の要領で間隔を開け、園芸用のスコップがないので、手で穴を掘った。

 レヴィン達も玲奈のやり方を真似て穴を掘ると、玲奈は次々に苗を植えて行った。ピノはご飯の支度中だったが、自分もやりたいと言い出し、彼らを手伝った。


 玲奈は、転生後で1番嬉しかった。この小さな芽を育てて、立派な実を付けてみせる。そう誓った。


 クロノスは、玲奈が嬉しそうに苗を植えるのを見て、優しく微笑んだ。




 彼が与えた苗の名は――『エデン』




 クロノスは、名もなき果実を、その自生地である楽園の名で呼んでいる。

 それは奇跡の植物であり、どんな過酷な環境でも育ち、実を食べたものに『理性』を与える。

 野獣はたちまち考えてから行動するようになり、サイコパスは被害者の悲しみを思いやる聖人と化す。


 クロノスは、この果実を、玲奈がどう扱うのか興味があった。かつての楽園のように『禁断の果実』として、誰もが欲しがる『欲望』の禁忌とするのか、はたまた誰しも平等に分け与えられる『手の届く奇跡』とするのか、その行く末を見守ることにした。




***




「ふいー、終わったー」


 畑は綺麗に並ぶ苗と、皆んなの足跡により自然と出来上がったうねにより、一層、畑らしく仕上がっていた。


 水はピノが生活魔法でちょろちょろと土に染み込ませており、『重要な役割』と聞いて真剣な表情で作業に取り組んでいた。


 一行は、西明寺の聖属性魔法で手を浄化すると、残り30分の自由時間を食事に当てた。


「やべー、早く食べないと時間終わっちゃうぜ」

「忙しないのう。もっとゆっくり食べたかったぞい」


 スキムテッドのスープは西明寺のお気に入りだ。カルディナン帝国の北側に広がるタムロス大森林では、野生のスキムテッドが数多く生息していた。

 飛ばない鳥として有名なスキムテッドは、子どもでも追い回して捕獲できる肉付きのいい食材として重宝されている。

 ピノはこれを獲るのが得意で、広大なタムロス大森林での移動の際、よく西明寺に振舞っていた。


 タムロス大森林は、元々はザバルフェスト王国の国土だったが、200年前の戦争により、カルディナン帝国が奪い取った。

 北へ追いやられた魔族は、現在のグレートウォールダンジョンに防衛線を築き、これ以上は譲れない国境として、それ以上の侵略を阻止した。


 この時、アーヴァインは押し寄せるカルディナン帝国の兵士たちを話し合いで止めたかった。

 しかし、それは叶わず、苦肉の策として滅属性のブレスにより彼らを大量に葬った。

 恐れをなしたカルディナン帝国は、それ以上、北上することはなく、何十年と睨み合いが続いた。


 そして現在に至る。


「アーヴァインは優しいんだね」

「魔王様ほど理性のある魔族はいません。いつでも魔王様のご判断には優しさと厳しさがございます」


 スキムテッドの照り焼きを食べながらレヴィンの昔話を聞く一行は、本当は魔族が本気を出したら、人間などひとたまりもないのだということを知った。


「なんで取り返さないんだ? 魔王に魔将、全員で本気出したらカルディナンなんて敵じゃないと思うぜ?」


 日坂の疑問にレヴィンは少し考えてから答えた。


「…………。大勢死ぬだろう?」


 それは、アーヴァインと共に300年暮らしてきたレヴィンなりの推しはかりだった。アーヴァインから直接聞いた訳ではない。しかし、レヴィンにはわかるのだ。


「このスキムテッドの味は……忘れられそうにないのう」


 西明寺は痛感していた。魔族の『真意』を知り、帝国の方便に踊らされていたことに、己の未熟さを噛み締めていた。


「いつの時代も、人間は『侵す』ということに抗えない種族なんだ。それは寿命が短い彼らの本能なんだよ。フフッ、6000年も7000年も生きてみたら、数千年前の自分の行いが、いかに未熟だったかわかるのにねえ」


 クロノスが別に食べなくてもいい串焼きをモグモグしながら、超越した意見を口にする。


 玲奈は、魔族が被害者であり、この世界がカルディナン帝国に支配されつつあることを知った上で、改めて魔族の『強み』として農業が必要だと考えた。


「魔族領はさ、領土だけで言えばカルディナン帝国に劣らない広さを持っているんでしょ?」

「およそ帝国の1.5倍です」


「じゃあさ、足りないのは明るさだと思うんだ。皆んな、どこか諦めの表情をしてる。


 そうじゃないと思うんだ。


 もっとこの土地を、この大地を好きになって欲しい。


 あたしが変えてみせる」



 クロノスは楽しそうに微笑んだ。西明寺は穏やかに笑った。ピノはうんうんと首肯しながら肉を頬張る。レヴィンは少しずつ玲奈の人柄がわかってきて、やはり話し合いが重要だと再認識した。


 日坂は改めて、古代遺跡の調査が重要だと思った。エルヌスを帝国に渡すわけにはいかない。と。




 ここに集まった彼らが、魔族の歴史に重大な転機をもたらすことになる。


 それはすでに始まっており、明日から始まる遠征から目に見えて具現化していくのだが、彼らはまだ知るよしもなく、低い太陽のもと、限られた自由を謳歌するのだった。




第一章『農家、転生。魔族と勇者』



次回 第二章『冒険、農業。国々と神々』



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