第19話 約束


 マダラ遊撃隊によるエルヌス調査隊の編成準備が始まって2日目。メンバーの選抜や野営道具の準備などが終わり、食料の調達が始まっていた。



――魔王城城下町。建築工房『ダスター』



「ガラス張りの倉庫?」


 ここは魔王城の建築を手掛けた老舗工房のダスターという店で、住宅建築から野営用のテント販売まで何でもこなす。


 店主のダスターは手先の器用な鬼人族で、天井から壁まで全面ガラス張りの倉庫を作って欲しいという玲奈の要望に困惑した表情で答えた。


「レヴィン様、このお嬢ちゃんはいったい……」

「詮索するな。場所は南門を出てすぐ東側だ。できるか?」

「いや、出来ないことはないですが……何に使うんです?」


 玲奈はその質問を待ってましたと言わんばかりに胸を張って答えた。


「ヌフフ、畑を守るんだよ。あ、雪が降っても潰れないように作ってもらえるかな?」

「あー、そうすると全面ガラス張りは難しいぞ。そこそこの大きさのガラスを組み合わせて、フレームで繋ぐとかして荷重を逃さないと潰れる」

「うーん、そしたら、出来るだけガラスの面積を多くして貰えるかな? なるべく沢山の太陽光が中に入るようにして欲しいの」


 玲奈は何のために『ハウス』を作るのか、出来るだけ詳しくダスターに伝えた。ここをおろそかにすると、目的に沿わない建物が出来てしまうと考えたのだ。


 そのやり取りの近くでは、工房で作られる鉄筋や、黒いレンガの製作工程を興味深く観察する西明寺たちがいた。

 工房は大きく、溶鉱炉やプレス機などが配置され、沢山の鬼人族が働いている。


 皆、社会科見学に来た気持ちで作業を観察し、このような大規模な工房が他にも複数あることを知った。


「んー、まあ大体把握した。とにかく熱を逃さないようにするのと、暖房、それから太陽の光だな?」

「うんうん、上着を脱いでも心地いいぐらいの温度にしたいの。できたら調整してもっと熱くも出来るように可変にして欲しい」

「なるほど。暖房機を調節すれば出来るだろう」


 その後もやり取りは続き、ダスターは要望や仕様を注文書に書き留めた。

 今日は要望を聞きまとめ、現地を見ておおまかな仕様を設計するのみで、明日、設計図や完成予想図などを見せて貰えるとのことだった。


 支払いはレヴィンとサリサに借金をした。返す当てのない借金だが、これから向かう古代遺跡に、何かお宝があるかもしれないと、淡い期待を寄せている。

 エヴェルディーテの小遣いを使うという方法もあったのだが、玲奈はそれに手を出すのははばかられた。


「終わったよー皆んな」

「お疲れ。いいの出来そう?」


 日坂は、玲奈の長い注文のやり取りから、さぞいい物が出来るのだろうと労いながら、発光するタイルに魔石が使われていることに驚いた。


 一行は、まだ午前の自由時間が1時間残っていることもあって、日坂の武器と盾を貰いに、武器屋と防具屋へ行くことにした。


 日坂はサリーンに拉致された時、武器と盾をグレートウォールダンジョンに捨ててきてしまったのだ。

 アーヴァインは、エルヌスの調査に行くにあたって、日坂の装備を補償すると約束した。


 選んだ武器と盾は、調査に向かう日までレヴィンが預かることとし、指定の武器屋、防具屋で、好きなものを一つずつ支給するとのことだった。


 玲奈たち一行は東エリアの商業区へ向かった。そこはショーウィンドウやお洒落な外観の店が立ち並ぶ、高級ブティック街のような街並みで、普段着からドレス、鎧までなんでも揃う商店街だった。


「凄いな。帝国の商店街でもこんなに品揃え豊富な店はないぞい」

「だな。大体こんな大きなガラスのショーウィンドウなんて見た事ない」


 西明寺と日坂は、まるで日本に帰ってきたような感覚になり、そこに飾られるものが確かに異世界の剣や鎧であることに違和感を覚えた。


 ピノは、玲奈と手を繋いで、残り1時間の自由を全力で楽しんでいた。彼女には、ここが敵地だとはとても思えなくて、道ゆく人が角が生えていたり、肌の色が違っていても、自分たち人間やドワーフが迫害されることもなく無事でいられる事に感謝した。


 また、逆だったらこうはならないとも感じていて、例えば今、手を繋いでいる玲奈が、この姿のまま帝国に行ったら、たちまち衛兵が集まってきて、囚われてしまうだろうと考えていた。


「ここだ。アナベル武器店。店主は変わり者だが腕は一流だ。何か気に障る事を言われても気にするな」


 店内に入ると、広い展示スペースに沢山の剣や槍、弓などが置かれていた。


 中にはショーケースに入れられた所謂カッコいい剣も展示してあり、その紫がかった黒光りする剣は、ギラリと磨かれた刃にも目を奪われるが、美しい装飾も目を見張るものがあった。


「日坂! 絶対コレだよ! これ伝説級の剣だよ!」


 玲奈は、何でも一本貰えるというお得感に『1番いいのを頼む』というタイプだ。


 そんな興奮状態の玲奈を尻目に、日坂はまるで傘立てのような木の枠で作られた箱に、無造作に何本も入れられている格安の剣を手に取った。


「俺はこういうので十分だよ」


 玲奈はここぞとばかりに皮肉を言う。


「そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない」


 日坂は親指を立ててニカっと笑った。


 玲奈が「それダメな奴だから! ウチらはやり直しとか出来ないから!」とギャーギャー言っていると、店主がやってきて日坂を舐め回すように下から上へと視線を移した。


 店主はシャツのボタンを盛大に外して胸をはだけた服装で、明らかに男性とわかる風貌だが、歩き方や立ち居振る舞い、艶々の長い髪からは女性的な雰囲気が滲み出ている。


 肌の色はあり得ないほど血色が悪く、半開きにして舌舐めずりする口からは、鋭い牙がギラリと存在感を主張していた。店主のアナベルはヴァンパイアだ。


「坊や、男の武器はアレの象徴よ? あなたのアレはそんな安物なのかしら? もっと太くて大きいのがいいんじゃない? ウフフ」


 そう言って日坂の股間を凝視する店主は、ピノにとって初めて見るタイプの人種で、女性の口調で話すことを不思議に思ったピノは玲奈に問いかける。


「姫様、アレってなーに?」

「ピノは知らなくていいの。さあさあ、あっちの斧とかハンマー見に行こう」

「おいイイ! 俺を置いて行くな!」


 玲奈はビシィッと敬礼して日坂を置き去りにした。そこに助け船を出したのはレヴィンだった。


「アナベル、程々にしておけ。それよりも相談したいことがある」

「あら、何かしら?」


 レヴィンは魔銃用の弾丸を取り出すと、アナベルの鍛治の腕を見込んで頼み込んだ。その様子を日坂も興味深く見守る。


「これなんだが、形状を細長く、先を尖らせるにはどうやって作ったらいい?」

「…………。へぇ、アレみたいにしたいの? 体に突き刺さるように?」

「アレから離れろ」

「でもそんな事したら真っ直ぐ飛ばないんじゃない?」


 日坂は話の筋をいち早く理解した。MMORPGだけでなく、FPSやサバゲーをしてきた彼は、魔銃の弾丸をライフル弾に進化させようとしている意図が読めた。


「それは魔銃側のバレルに細工して、弾を軸方向に回転させれば解決すると思うよ」

「ヒサカ、バレルとは何だ?」

「魔銃出してみてよ」


 レヴィンが異空間から魔銃を取り出すと、日坂は銃身を指差して答えた。


「ここの部分。これ火薬使ってんの?」

「いや、火魔法の応用で弾の裏側を炸裂させている」

「やだぁ、タマの裏側が炸裂するなんてぇ……ウフフふふ興奮しちゃう!」

「「ちょっと黙ってろ」」


 アナベルは血色の悪い顔色ながら頬を赤く染めて全く反省していない様子だった。


「そしたらさ、この辺に弾が入ってるんでしょ?」

「そうだ」

「そこをチャンバーって言うんだけど、チャンバーから銃口までのバレルの内側にさ、溝を掘るんだよ」

「溝……そうか! 溝を回転させて、弾が溝に沿ってバレル内を走るようにするのかっ!」

「お、話が早い。溝は4本から6本。螺旋状に削る。もしくはバレルを鋳造する段階で仕込む。回転数は、7インチで一回転とか聞いた事あるけど、インチの物差しがないから測れないだろうな」

「大体どれぐらいなのか教えてちょうだいな」


 ちゃんと話を聞いて理解していたアナベルが、もう作る気満々で問いかける。

 日坂は、1インチ2.54センチの計算で、大体これぐらいと両手で17センチ程度の幅を示した。

 アナベルは「やだ、好みのサイズぅ」と言いながら紐を持ってきて、長さを測り、ハサミで切った。


「溝の幅と深さは?」

「あー、わかんねー……2ミリとかかなあ。とにかく弾丸を回転させられればいいんだ。そんなに太くなくていいはず」


 その後もアナベルは魔銃が確実に進化すると確信した上で、レヴィンとも相談しながら細かい仕様を決めていった。


 結局、アナベルがバレル部分を一から作り直すこととなり、弾丸はレヴィンが鋳型を作り、バレルの内径に合わせて鋳造することとなった。


「なるほどな。だから柔らかい金属か。ライフリングの溝に食い込む塑性そせいが必要なのだな」

「うん。地球では鉛を使ってたけど、こっちにはそういう金属ある?」

「ナマリは無いが、モンロー鉱なら最適だろう。鉄加工用のハンマーに使われる金属だ。柔らかいので鉄を傷つけない。安くて加工も容易だ」

「はあーーーん、腕がなるわぁーーー」


 アナベルは日坂の頬っぺたにキスをすると、ショーケースに飾られていた伝説級にカッコいい剣を差し出した。


 アナベルは日坂が遠征に行く事を知り、これを『貸し』とした。そして、真剣な顔で、必ず返しに戻ってくるよう約束したのだった。


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