第18話 S級

「次は、終点、南門前。当列車は、折り返し、魔王城行きとなります。お忘れ物のないよう、ご注意ください」


 路面電車『トランスポーター6号』は、静かに減速し、乗降用のタラップを地面に下ろした。


 玲奈はレヴィンに起こされ、寝ぼけまなこでトランスポーターから降りる。


 そこは、南門を出入りする行商人や兵士たちが忙しなく通行手続きをするターミナルだった。以前、玲奈が訪れた時はまだ朝早かったため、門も空いておらず、門番しかいなかったが、現在は開門しており、1番混雑する時間帯だ。


「うわー、めっちゃ並んでる。大変だこれ」

「姫様、我々は顔パスです。こちらへ」


 レヴィンが一行を連れて門の中央を堂々と通過すると、門番がレヴィンに気付いて敬礼した。

 レヴィンは軽く敬礼し、右手で4本指を立てて、『4人同行』の合図をする。門番はレヴィンに続く4人を確認し、記録簿に記入した。


「ふむ。相変わらずの荒野じゃな。どの辺を耕すんじゃ?」

「レヴィン、どの辺?」

「街道を避けた東側なら、どの辺りでもいいと許可を頂きました」


 南門からは、真っ直ぐ伸びる街道が整備されている。その西側には大きめの毒沼があり、畑を作るのには少し邪魔だった。東側は平らな土地で、所々、紫色の雑草が生えているが、耕すには丁度良い土地だ。


 玲奈は、まずはレヴィンを含めた5人で耕せる程度の枠を地面に描いた。スコップでガリガリと線を引き、斜めになっては修正し、そこそこ整った四角形を作り上げる。


「目標はここを全面耕すことと、サステナで貰ってきたタルモットとコッタナを植えることかな」

「うえ……ここ全部耕すのか……」


 農作業などしたことのない日坂は、そこそこ広めの敷地に早くも根を上げた。


 玲奈には勝算があった。それは自分の怪力と、ピノの怪力だ。おそらく2人だけでもかなり効率的に耕せると踏んでいた。そこに西明寺とレヴィンが加われば、更に早く耕せる。日坂には期待していない。


「よーし! お前らスコップを構えろー! いくぞー!」


 玲奈が勢いよく地面にスコップを差し込んだ時。


ガキンッ!


 玲奈の手は超硬質な何かによって猛烈に痺れた。


「何!? なんか埋まってる!」


 玲奈以外の4人は、こうなることが予測できていた。それが魔族領の土地なのだ。掘れば出てくる。どこを掘ってもそうなのだ。


 懸命に埋まっているものを掘り返す玲奈を尻目に、西明寺たちはマイペースに土を耕した。


「魔石だ! 魔石掘り当てちった! 結構デカい!」

「姫様、その調子で驚いていては、この先疲れてしまいます」


 そう言いながら、レヴィンも魔石を掘り返しては枠外に積み上げていた。


「え……こんなに埋まってんの?」

「あはは、姫様ー、魔石いっぱい!」


 怪力でどんどん掘り返すピノは、猛烈なスピードで魔石を回収。穴の空いた地面をザクザクと耕していた。




――2時間後。




 畑は凸凹ながら畑らしく耕された一面となり、そのすぐ脇には大量の魔石が積み上げられていた。


「まあスコップでここまで出来たんだから上出来だよね。皆んなお疲れさま!」

「私はこの魔石を運ぶ者を連れて参ります」


 レヴィンは、そう言って門番のケイヒムとブラヒムの方へと歩いて行った。


 そこには少なからず油断があった。レヴィンは戦闘において類稀なるセンスの持ち主であり、その実力でラストボーダーの組長に抜擢された猛者である。

 しかし、内政や采配、今のような日常的な護衛には、まだまだ学ぶことが沢山あった。


 それは猛烈な勢いで玲奈に向かってくる巨体であり、重量感のある足音に気付いたときには、玲奈との距離はおよそ5メートルまで接近していた。


 西明寺もレヴィンと同じタイミングで気付いた。しかし、彼らが魔銃や妖刀を異空間から取り出した時には、玲奈の目前まで角が迫ってきていた。


 誰もが玲奈に激突する。そう思った。体長5メートルはありそうなカイガトスは、レヴィンの死角から玲奈に接近し、玲奈の小さな身体を上空へ吹き飛ばすべく頭を下げ、彼女の足元へ角を滑り込ませる。


 玲奈は、気付いた時には目の前にカイガトスの巨体が迫ってきていた。瞬間的に命の危険を察し、目を瞑って両手を胸の前で交差させ、身をすくめる。



 刹那!



 カイガトスは自身も気付かないであろうスピードと衝撃で後方へ吹き飛んだ。それは首の骨や背骨が砕ける威力であり、ズズンと重量物が地面に落ちる音を立てて転がっては、はるか500メートル先まで土煙を上げながら滑り、力なく地面に伏した。


 玲奈の正面には、黒いローブを纏い、フードを深く被って空中に浮遊する男性が背中を向けていた。

 注目すべきは腕の数だった。明らかに4本ある腕には、それぞれの手に斧、鎌、くわはさみが握られ、たくましい前腕と上腕は太く、無駄な肉が一切付いていない筋肉美をあらわにしている。


 レヴィンと西明寺には見えた。カイガトスの頭部が玲奈に激突する寸前、彼が現れ、斧の背中に設けられたつちによって殴ったのだ。


 農耕神『クロノス』――それが確かに具現化した瞬間だった。


 彼はゆっくりと農具を下ろしながら玲奈の方を振り向く。その顔は非の打ち所がない美形で、若々しく、それでいてどこか遠い目をした玲奈のストライクゾーンど真ん中のイケメンだった。


「やあ、玲奈。危ないところだったね。もっとも、君の身体なら擦り傷で済んだかもしれないけど」


 西明寺と日坂は、彼が玲奈によるS級ギフトと認識した上で驚愕した。


(ギフトが……喋った!?)


 玲奈は頬を赤らめてクロノスに問う。


「あの……ありがとう。君はあたしのギフトなの?」

「ハハっ、そう言われているね。うん、確かに『ギフト』という表現は間違ってない」


 この一大事に、レヴィンは魔石を後回しにしてクロノスに重大な質問をする。


「並ならぬ力であると見た。そなたは敵か? 味方か?」


 クロノスは目を細くして流し目でレヴィンを見ると、クスッと笑ってこう答えた。


「どっちでもないよ。僕は僕のしたいようにする。今は、玲奈の農作業の手伝いをしたいだけ。それを邪魔する者には天罰を下す」

「古来より、天罰とは人智を超えたものが下す超常。あなた様はそういう存在と言うことかな?」


 西明寺が問いかけると、クロノスは少し驚いた様子で答えた。


「へえ、君の神も凄いね。元人間とは思えないよ。君の言う通りさ。僕は神だ。今は玲奈の新しい人生を見て楽しんでる。僕の他にも、この世界には神がいるようだね」


 すると、クロノスは一瞬、凶悪な目つきでわらった。


「後で挨拶にでも行かないとね」


 日坂は、クロノスのヤバさがよく分かっていた。ゲームの世界では、ギリシャやローマなどの神話が題材とされることが少なくない。特にゼウスの知名度は高く、全知全能の神として広く知られている。


 日坂は調べたことがあった。ゼウスとはどんな神なのか。


 そこで知った。


 クロノスがゼウスの父であると言う事を。さらには、農耕神でありながら、全宇宙を統べた王であった事を。

 驚くべきは、その全宇宙の王がウーラノスであった時代、クロノスはウーラノスの性器――つまりオテンテンを切り取って追放したのだ。


 穏やかではない。それがクロノスに対する日坂の印象だった。農耕神などと平和そうな肩書きだが、やっている事は覇王の所業である。


 そんな事とはつゆ知らず、玲奈は懐っこくクロノスにお願いする。


「ねーねー、畑を平らにしたいの。なんか魔法的なアレでどうにかしてくれない?」

「あはは、確かに凸凹だ。うーん、僕が全部やるのは簡単なんだけどさ、それじゃ面白くないよね」


 クロノスはニヤリと口角を釣り上げると、玲奈の隣に手をかざし、早口で古代語を呟いた。それは誰にも理解できない言語であり、正に呪文だった。


「ヤーベログ、サルナ、ドーラ、エンペトス。マルカ、ドル、レベ、ルー、イスカドーラ、デメル」


 すると、地面に大きな円の歪みが生じ、そこから赤い塗装のヤ〇マー製最新トラクターが出現した。


 玲奈は歓喜した。


「トラクターだー! やっべカッコよ! 見た事ない機種!」

「地球人は凄いよねー。こんなの作っちゃうんだから」

「これくれるの!? 乗っていい!?」

「ふふふ、いいよ。燃料はこの世界で言う魔力だから、疲れたら休むんだよ?」


 レヴィンとピノは驚愕した。2人とも馬車は見た事があるので、これが乗り物であることはわかった。


 レヴィンから見ると、魔道具として魔力で動く乗り物はさほど珍しくなかった。だが、車輪が付いているのが解せなかった。なぜ浮かせないのか理解できない。


 そして、玲奈が乗り込んだ途端に発生した、うるさい音にも驚いた。ガラガラカチカチと騒々しい。


「うひゃー! オートマだー! 見た事ねーレバー付いてるー!」


 キャビン越しにも聞こえるハイテンションな玲奈のはしゃぎ振りに、ピノは楽しそうで嬉しくなった。


 玲奈は皆んなで耕した場所にトラクターを移動させると、ロータリー――複数の爪を回転させて土を耕す作業機――を下げて地面をならしていく。


 9才の玲奈には、大人用前提の座席に座ると運転ができない。身長が低く、足が短いのでペダルに届かないのだ。従って、立ち乗りである。


 事前に魔石を取り除いたのが功を奏し、畑は見る見るうちに綺麗に整地されていった。


 相変わらずキャビンからは玲奈のギャースカ言う声が響いているが、異世界人組は見たこともない綺麗な畑に目を丸くし、日本人組は懐かしい光景に何とも言えない安堵感を覚えた。


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