第16話 取引
「ピノ、もう平気?」
「うん。もう痛くないよ。すごいね、サリサさんの魔法」
玲奈は、地下牢の鉄格子越しに、ピノを労っていた。
玉座の間の一件後、西明寺とピノと日坂は、地下牢に入れられることになった。
牢屋は6畳ほどの石造りで、暖房は効いているが少し寒い。が、仕切りのついたトイレも、柔らかい敷布団のベッドもあり、日坂は『居心地良い』だそうだ。
彼らは1人1人別の部屋が割り当てられ、西明寺と日坂は問題なさそうだが、ピノは1人で不安そうだった。
「西明寺と同じ部屋でもよかったと思うけどなー」
「まあそうもいかねーんだろうよ。俺は生かしておいてもらえるだけで御の字だよ」
そう言いながら、日坂はギフトの端末を空中に浮かべて、魔族の歴史を読み込んでいる。
「それ凄くない? この世界でタブレットって。何でも見られるの?」
「ああ、たまにUnknownとかSecretとかで見れない情報もあるけど、だいたい見られるよ。あ、そういや姫様の情報がUnknownから表示されるようになったな」
「へー、なんて書いてあるの?」
「無慈悲な姫だってさウハハハハ!」
「それ転生前のエヴェルディーテだから!」
何部屋あるか数えきれないほど続く地下牢の通路に、カツン、カツンと足音が響き、玲奈達は誰か来たのだと察した。
「姫様、ここは冷えますのでお部屋にお戻りください」
玲奈を心配したレヴィンだった。
「やーだよっ。あたし今日ここで寝るもん。晩御飯もピノ達と同じの持ってきて」
「姫様……困ります……」
「ねーねー、どうしたらここから出してあげられる?」
「…………」
レヴィンには思い当たる節が一つだけあった。それは魔王アーヴァインが西明寺の実力を評価していることだ。極端な話、西明寺が魔族に寝返るなら、あるいは現状を変える一手となり得ると踏んでいた。
「鍵となるのは西明寺でしょう」
西明寺は、硬い床の上で座禅を組み、初めて同族である人を殺めてしまった事を噛み締めていた。
彼は自分が鍵となることについて、あえて何も言わず沈黙した。
西明寺の表情が、どこか暗い影に覆われていることを知っていた玲奈達は、その心中を察していた。
「俺の情報、買ってくんねーかな?」
暗い空気を払うように日坂が進言する。彼には確かな自信があった。キリングニード学園に通う日々の中で、彼は自国であるカルディナン帝国の歴史を読み込んでいたのだ。
最初はちょっとした読書のつもりだったが、表面的に語られている帝国と、タブレットに表示される真実に違いがあると知ってから、彼は帝国の裏の顔を知ることとなった。
「なになに? なんか面白いこと知ってんの?」
「カルディナン帝国の裏の顔……とかどうよ?」
「あ! でっち上げの話かな」
「でっち上げなんてレベルじゃないぜ。皇帝は魔石食って悪魔になったらしいからな」
「何だと!?」
さすがにレヴィンも驚いた。魔石を体内に摂取するのは魔族だけである。魔族の体質が魔石を取り込む消化液を分泌し、体内に吸収しているのだ。
人間やエルフなどに魔石を吸収する術はない。これがグロノア=フィルの常識だった。
「どうやって魔石を吸収したのだ!?」
「…………こっからは有料……っつったら殺される?」
一瞬、レヴィンはムッとしたが、すぐに冷静になり、日坂に告げた。
「どこまで知っているのだ?」
「フヘヘ、どこまでも。簡単に言えば、皇帝は魔王の座を狙ってる。奴ら、グレートウォールダンジョンを吹き飛ばすつもりだぜ?」
皇帝『スノール・デル・カルディナン8世』
日坂はこの皇帝の陰謀を全て知っていて、特に権力争いには興味がなかったので、こつこつ生きる為に勇者になった。
例えそれが侵略だったとしても、ゲームで悪役を演じたこともあった彼には、正義も悪も大した違いなどないと考えていたのだ。
「ぐっ! グレートウォールを!? 一体!――ふぅ、いったいどうやって?」
「ヘヘ、ここから出してくれたら話す」
「日坂、お前いま、輝いてるぜ?」
「だろ? 姫様。ホントはちびりそうなぐらい怖いんだぜ?」
「あはは、憎めないやつ」
魔石の盗掘を狙って魔族領に侵入した日坂にとって、魔王城などラストダンジョンであり、自分の実力から言って絶対に近付きたくない場所であった。
グレートウォールダンジョン越えは何度か経験があったが、それでも魔銃のレヴィンと対峙するなど、心の底から震えが来る恐怖体験なのだ。
「今日はもう魔王様に謁見する時間はない。今夜、お前が重大な情報を持っていることを報告する。取引は明日の朝以降だ。今日はここで一晩過ごせ」
「えー、なんだよー、皆んなでテーブルで晩御飯食べたかったのにいいいいレヴィンのケチ!」
「何と言われましても今知ったばかりの情報で対応はできません」
レヴィンは急ぎ報告するとのことで去って行ってしまった。
玲奈は西明寺の様子が気になるので部屋を覗いてみた。そこには、坐禅を組み、瞑想する西明寺の姿があった。
「ねーねー西明寺、元気?」
西明寺はスゥっと息を吸うと、ゆっくりと吐き出して応答した。その表情は平静であり、玉座の間を出た時のような暗い影はなかった。
「心配かけたようじゃな。ワシも修行が足りんのう」
「お師匠! 私のために……ごめんなさい……」
ピノと西明寺の部屋は隣同士で、お互いの顔を見ることはできなかった。西明寺の向かいの部屋に収監された日坂は、西明寺が少し笑ったのを見て、この人は戦闘だけでなく、精神も強いのだと、改めて感心した。
「ピノ、ここから出たらスキムテッドのスープが飲みたいのう。作ってくれんか?」
ピノは今日1番の笑顔で答えた。
「はいっ!」
それから、玲奈達は各々の転生前の生活や、年齢、職業などを情報交換した。ピノは異世界人なので、自分がサビワナ連邦で生まれ、口減らしの為に売られ、奴隷商人から逃げてカルディナン帝国に辿り着いた過去を明かにした。
日坂は転生前は25歳の自宅警備員で、投資家である父親が、一人息子が一生遊んで暮らせるだけの貯金を持っていることを知り、ムカつく上司にヘコヘコして働くのが馬鹿らしくなってニート化した。
「ある意味プロニートだな」
「はは、自分で稼いでないけどな。はあー、ピッグマ〇ク食いながらゲーム画面放置して寝てー」
「食うか遊ぶか寝るか一つにしろよフフッ」
すると、サリサがワゴンに食事を乗せてやってきた。後ろにはフカフカの寝具を両手いっぱいに抱えるティセが同行している。
「あ! ご飯来た! お腹空いたよサリサー!」
「姫様、お部屋にお戻り頂けませんか?」
「やーだよっ。ここから皆んな出してくれたら部屋で寝る」
サリサは困った顔をしながらティセに布団を敷くよう命じた。
玲奈は「ンフフ」と笑いながらピノの部屋の前に敷かれたフカフカの敷布団に寝転ぶ。
ピノもまた、ベッドの布団を鉄格子の前まで運んで、玲奈と隣り合わせになるように敷いた。
「ありがとう、姫様」
「いいってことよ。さあさあ、布団の上で晩御飯食べようぜウヒヒ」
夕飯は、とても囚人に出すものとは思えない質だった。量は多くないが、ジューシーな肉と、柔らかいパン、玲奈には特別に魔石のスープが配膳された。
玲奈は、食事がサリサとティセの分まで用意されていることに気付いた。
「お、いいね。皆んなで食べよう」
この後、玲奈は、サリサとティセが交代で見張りをするためにやって来たことを知る。
食事をしながら身の上話をする彼らは、サリサが9年前まで魔王軍13番隊『ラストボーダー』の組長であったことを知り、エヴェルディーテが生まれた後に、専属の護衛に異動になった事実を、本人から聞いた。
これを聞いた日坂はおもむろにサリサの情報を探る。そこには『Secret』の文字で隠された人物情報が、『要件を満たしました』なるボタンと共に表示されていた。
日坂はドキドキしながらボタンを押すと、メイド姿ではない、白い鎧を纏ったサリサの情報が
日坂は知ってしまった。
サリサが『リーサルウェポン』と呼ばれる魔族の最後の砦であることを。
表向きの種族は『レッサーデーモン』となっているが、本当は『堕天使』であるということも。
彼女は魔族の歴史が始まった時にグロノア=フィルに堕ちてきた、元天使なのだ。
「ん? 日坂どうした? 目が点になってるよ?」
「はわ!? はいや!? 何でもあらへん!」
「お前生粋の都民だろ。何で関西弁やねん」
「お前だって栃木県民じゃねーか」
「んだ。ハイカラだっぺ?」
こうして、転生者達の夜は更けていき、レヴィン達13魔将は、またも魔王城へ緊急招集されるという異例の大騒動となっていることを、彼らは知らなかった。
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