第15話 理性



――魔王城。



 ロザリカから西明寺とピノを連れて帰った玲奈は、玉座の間でアーヴァインとセシリアと共に、玉座に向かって手を付いて跪く従者達を見ていた。


 部屋の壁沿いには、近衛兵や役職と思われる従者達が並んでこの謁見を見守っている。


 リカルドは機械神『デウス・エクス・マキナ』を操るシモンを、イビルバインドで拘束し、自らの背後に浮かべた。


 シモンは、許可なく口を開いたら直ちに殺すと言われた事、シャロンとヴァシリは殺された事を告げられ、恐怖の余りガタガタ震えながら、玉座に鎮座する魔王から目を逸らした。


 日坂はサリーンと魔王城へ向かう道中、魔王の嫌いな食べ物が野菜である事、王族に『Unknown』とされる未知の家族がいる事などを話し、サリーンを驚かせた。

 そして、そのUnknownが、玉座に座る魔王の隣に立つ少女であることを確信し、やはり自分のギフトはS級であると笑った。


 日坂は大人しかった為、後ろ手で手錠をするのみの拘束とし、サリーンの隣で両膝を付いて跪いている。


 西明寺とピノは、レヴィンの監視の元、拘束なしで片膝を付いていた。これは玲奈の一声があった為であり、西明寺たちもまた、この待遇に感謝して、決して不穏な真似はしないと誓った。



おもてを上げよ」



 魔王アーヴァインのよく通る声が響く。部屋の作りも、声が反響するよう設計されているのだろう。広すぎず、狭すぎず、絶妙な大きさだった。


 一同、顔を上げて魔王を直視する。


 日坂は前に並ぶ西明寺とピノが、勇者パーティーであることに気付いた。なぜなら、西明寺は『不死鳥アルテナ』と交戦して生き延びた英雄だからだ。

 更にリベンジに旅立ったという噂も耳に入っていて、ここにいると言うことは、敗北して捕まったのだろうと悲観した。


「西明寺宗徳。前へ出ろ」

「ははぁ。では失礼します」


 西明寺は白いハットを胸の前に構えて挨拶した。


「西明寺でございます。後ろに控えるドワーフの少女は、私の同行者、荷物持ちのピノでございます」

「アルテナに傷を負わせたというのは誠か?」


 部屋の至る所から騒めきが生じる。リカルドはその事実を初めて知って、眉をピクリと上げた。


「たまたまでございます。必死でしたので」

「リカルド、お前はアルテナに斬り傷を負わせることができるか?」

「…………。無理でしょう。魔王様同様、滅属性の魔法で『消す』しか彼女に勝つ方法は見当たりません」


 これを聞いて部屋の兵士たちが一層騒めく。しかし、アーヴァインが言葉を発することで、皆、一斉に押し黙った。


「西明寺、貴様はニホンから来た転生者だそうだな。どうやってこの世界に来たのか話せ」

「ははぁ。私は僧侶として、この世界で言う教会を営んでおりましたところ、嵐に見舞われ雷に打たれました。気がつけば、私は10才程度の子どもになっており、この世界に転生しておりました」


 アーヴァインとセシリアは、玲奈の転生時の状況を詳しく聞いていた。また、それが西明寺の体験と同様であることも、事前に掌握済みである。


「ニホン人は皆、雷に打たれると死ぬのか? どの程度の雷だったのだ?」

「ははぁ。この世界の戦士と違って、日本人……いや、地球人は皆、脆弱でございます。運がよければ生き残ることもございましょうが、大抵は雷に打たれれば絶命します。雷の程度は、体感的にはこの世界の中級魔法『ライトニング』と同程度だったと記憶しております」


 アーヴァインは書記のセネリオが、西明寺の証言を書き記すのを待って、こう話した。


「ほう。では、貴様にライトニングを放てば元に戻るか?」

「いえ、既にライトニングやトールハンマーを食らった事がございますが、元に戻ることはございませんでした。この体は私が思うよりも頑丈でございます」


 この時点で、話を聞いていた日坂は『転生者を元の世界に帰す』という目的が薄っすらと見えてきていた。日坂は勉強はできないが頭の回転は早い。


 何より、彼自身も『PCがショートして死んだ』という事実が、『感電死』という西明寺との共通点として、また、この場で自分が重要人物であるという確証を持たせたのだ。


「サリーン殿、俺も電撃で感電死した。この事実は今、伝えるべきだ」

「何だと!?」


 日坂はこっそりとサリーンに伝えた。サリーンはあまりの衝撃に大声を出してしまった。


「む? 何だサリーン」

「はっ! 申し訳ございません! おそれながら、発言の許可をお願いしたく存じます」

「よい。申してみよ」

「はっ。このヒサカなる勇者もまた、電撃により感電死したと供述しております」


 『雷に打たれた』と言わず、『電撃』という言い回しが、玲奈の耳には違和感として伝わった。


「パッパ、喋っていい? 結構重要なこと」

「お父様と呼べ。何だ」


 玲奈は一歩前に出て日坂に問いかけた。


「日坂さん、『雷』ではなく『電撃』というのはどういう意味?」


 日坂の精神状態は、この状況で冴え渡っていた。初めて話し出したUnknownの『日坂』の発音が極めてネイティブな日本語であることに気付いたのだ。


「はは……まさか日本人か?」

「おーいえ。魔王の大事な一人娘に転生しちゃったの。元に戻してあげたいんだよね。協力してくれない?」

「……なんてこった。俺は自慢の自作PCが火を噴いて、慌ててコーヒーで消火しようとしたら感電死したんだ。我ながら間抜けな死に方だったと思う」


 電気が普及していないグロノア=フィルの住人達は、いまいち感電死がピンと来なかった。

 不可解そうな顔をする魔王とリカルドの顔色を見た玲奈は、地球の電気のインフラについて説明した。


「地球ではね、電気がとても身近なんだ。国にもよるけど、日本ではほぼ全ての家に電気――つまり雷が供給されててね、そのエネルギーで色んな機械を動かしてるんだ。で、たまに事故でその雷が溢れちゃうことがあって、それに見舞われると感電死しちゃう人もいるの」


 リカルドは、その話から地球の技術レベルの高さを測った。各家庭に雷を供給する。それによって作動する機械。どれもグロノア=フィルにはない発想だった。


「姫様、雷属性魔法は制御の難しい魔法でございます。チキュウでは、どのようにして雷を制御していたのか、お教え願えますでしょうか」

「うーん、詳しいことはわかんないけど、まずは発電所でしょ。あと変電所? それに電線に電柱、配電盤なんてのもあったなー」


 この話を聞いて思わず吹き出してしまったのがシモンだった。彼にとって、電気系統のインフラは専門外ではあるが、少なくとも玲奈よりは詳しかった。玲奈の余りにもお粗末な回答に堪えきれなかったのだ。


「貴様、死にたいのか?」


 リカルドがシモンの頭を鷲掴みにする。シモンは疲弊のあまり、もうどうでも良くなっていた。


「くふふふ。フフフハハ! この世界は中世にも満たない文明レベルだ! そこの元日本人も何と学がないことか! 自分が住んでいた国のインフラだぞ!? もっとフレミングの法則なりオームの法則なり説明すべき事があるだろう!?」


 この発言を聞いて、玲奈はシモンが学術的に知識が豊富で、貴重な情報源になると確信した。


「リカルド! 殺さないで! その人いろいろ知ってるっぽい。あたしよりよっぽど有能」


 しかし、シモンは絶対に回避すべき行動をとってしまった。


「クハハハハ! そうさ! 僕は有能なんだ! こんな世界、もうどうでもいい! 全部壊れてしまえーーー!!!」


 シモンの背後の空間が歪むと、そこからデウス・エクス・マキナが多数の砲塔とミサイルポッドを構築しながら出現した。メキメキと金属音を響かせてミサイルや弾丸を装填すると、瞬く間に部屋の至る所に発射し始める。


「リカルド! 殺しちゃダメ!」


 玲奈が叫ぶと同時に、サリサは咄嗟に物理障壁を展開した。セネリオも冷静で、突如出現した機械仕掛けの神にも動じず、飛び交う銃弾やミサイルを異空間に転送し、向きを反転させて迎撃する。


「シモン! 落ち着いて! 殺さないから! あなたの力が必要なの! 頼むからそれを引っ込めて!」

「うるさいうるさいうるさーーーーい!!!」


 一層激しさを増す銃撃砲撃は、ついに1人目の被害者に届いてしまった。それは物理障壁で守られていなかった西明寺や日坂たち勇者であり、凶弾はピノの背中から腹部へと貫通した。


 そしてそれは、西明寺を『悟り』の表情に変化させた。


 いつでも殺せるようシモンの頭を掴むリカルドだったが、背後から凄まじい殺気を感じて、それが魔王アーヴァインによるものと錯覚し、巻き添えを恐れたリカルドは急遽飛び退いた。


 シモンが粉々になると思って見ていたリカルドだったが、シモンの背後に見えたのは、赤く光る妖刀を居合の構えで空中に現れた西明寺で、直後、キンという静かな金属音と共に、デウス・エクス・マキナは消滅した。


 果たしてその結末は、ミサイルの煙と、シモンの首から吹き出す鮮血、床に転がる彼の頭部、その亡骸に手を合わせる西明寺が全てを物語っていた。


「南無阿弥陀仏。南無、阿弥陀仏」


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