第14話 最強
「おい……しゃべったぜ……」
ヴァシリは確かに金髪の紳士が喋ったところを見た。ダンジョンの敵に話など通用しない。それが勇者養成学校『キリングニード学園』で学んだ常識だった。
リーダーのシャロンは、すぐさま武器を下ろし、他の2人にも迂闊に攻撃を仕掛けるなと指示を出した。
「うんうん、素直でいいねぇ。もっと近くにおいでよ。あ、君たちにも椅子が必要だね」
そう言うと、リカルドはパチンと指を鳴らした。すると、床に三つの魔法陣が現れ、床から生えるように椅子が出現した。
3人の勇者達は、警戒しながら部屋の中央へと歩を進める。部屋には硬い床の高音質な足音が響いた。
3人が椅子の手前まで進んだところで、リカルドが立ち上がって挨拶する。3人は一瞬構えたが、全く動じないリカルドの様子を見て、武器を下ろした。
「僕はリカルド。この部屋のボ――」
「シモン! リターンリング!」
シャロンは『リカルド』と聞いて即座に撤退を決めた。
『魔神リカルド』
キリングニード学園で学んだ即時撤退を要する危険人物の名だ。風貌や姿を知る者はいない。なぜなら、それを知る者は一様にこの世にいないからだ。
シモンはショルダーバッグから直径20センチほどのリターンリングを取り出した。
リターンリングは、8人までが同時に使用でき、全員がリングを握って『リターン』と宣言することで、予め決められた場所へ帰還できる。
「やれやれ」
リカルドは不満そうに入り口の扉を閉じた。グレートウォールダンジョンを支配する彼にとって、扉の遠隔操作など造作もないことだった。
続けて、シモンがバッグから取り出したリターンリングを破壊する。それはレーザーのような光線で、的確にリングの宝石部分を粉々に砕いた。
「な!?
「くっ! ヴァシリ! シモン! 2人がかりで近接! 私は援護する!」
シャロンはリカルドの眉間に狙いを定めて光の矢を放った。この矢で射抜けなかった敵などいない。シャロンには絶対的な自信があった。
「はぁ。面倒な事になった……」
リカルドは残念そうに光の矢を掴み取る。光の矢は聖属性の魔法に該当する実体のない矢だったが、リカルドはこれを闇属性の魔法で消滅させた。
「うおおおおおおお!」
ヴァシリは剛拳『ヤヌス』を両手に出現させると、執務机を飛び越えてリカルドに拳を突き出した。
すると、リカルドは残像を残して瞬間移動し、音もなくシャロンの背後に立つ。リカルドはそっとシャロンの耳元で囁いた。
「君がリーダーだね?」
全身を痙攣させて驚くシャロンは、咄嗟に飛び退いて近接攻撃用のナイフを抜いた。
ナイフはメイン武器ではないが、学園で学んだスキルと経験がある。シャロンは前衛でも負ける気などなかった。
リカルドは、シャロンが放つ斬撃を軽々と
そうしてシャロンが素早い連続攻撃を行う中、近くにいたシモンが機械神『デウス・エクス・マキナ』を召喚して参戦する。
リカルドはその風貌に感激した。機械仕掛けの神など見たこともない彼は、歯車やリンクなどで構成された未知のゴーレムが現れたように見えたのだ。
「おお! これは殺すには惜しい! 君は是非生き残ってくれ!」
リカルドは3人中1人でも生きていればいいぐらいに思っていた。特に最初に殴りかかってきた筋肉質の男は、リカルドの好みではなかったのだ。
リカルドはデウス・エクス・マキナが放つミサイルやガトリング銃の弾丸を興味深く目で追いながら、その威力や性能を評価した。
「これは凄い。でも、これって……」
リカルドは早くもシモンの神話級ギフトの欠点を見抜いた。軽くバックステップして距離を取ると、ミサイルも弾丸も消えてしまうのだ。
「ふーむ。まあ、凄いのは凄いか。さて、そろそろ終わりにしよう」
距離を取ったリカルドに何本もの光の矢を放つシャロンは、足首に違和感を覚えた。
それは前衛に戻るべく走るヴァシリや、距離を詰めるシモンにも同様に現れ、異形の姿をした一つ目の小悪魔だった。
体長20センチほどの小悪魔は、シャロン達の両足首にしがみ付き、彼らの動きを封じた。
筋力に自信のあるヴァシリでもビクともせず、無理矢理振り解こうとするほど、「ケケケ」と
小悪魔達は徐々に上昇し、遂にはシャロン達を宙吊りにしてしまった。
続けて、新たに小悪魔が現れ、彼らの両手を拘束する。
「くっ! 何なのよこれ!」
「くそっ! なんつー力だ!」
「これはイビルバインドって言って、闇属性魔法のひとつだよ」
シモンは、その特性上、拘束されていても気を失ったりしなければデウス・エクス・マキナを動かし続ける。
彼は宙吊りになりながらも、その精神力でリカルドを攻撃し続けた。
「へえ、面白いね。試しに壊れるのかやってみよう」
リカルドは両手を開いて前にかざし、人差し指と親指を突き合わせて三角形を作った。そこにデウス・エクス・マキナを捉えて一言。
「潰れろ」
すると、デウス・エクス・マキナは周囲の空間ごと圧縮され、渦を巻くように消滅した。
「そんなバカな……僕の機械神が……」
シモンは心の拠り所だったギフトを潰され、ショックの余り、もう一度召喚するということを忘れた。
リカルドはまた厄介なゴーレムを出されては困るので、シモンの
シモンは気を失い、逆さ吊りのまま、両手を地面にぶら下げて気絶した。
そして、ジタバタと抵抗するシャロンにリカルドが忠告する。
「話をしようよ。話が通じない野蛮人は殺すよ?」
「こんな事しておいて! 話が通じないのはそっちでしょ!?」
「まいったなあ……最初に攻撃してきたのはそっちなのに……やっぱり話が通じないのかなあ」
そう言うと、リカルドは近くで宙吊りになったヴァシリの頭を指差した。
「ボカーン」
リカルドが口で破壊音を奏でると、ヴァシリの首から上が破裂し、粉々になった頭部が当たり一面に撒き散らされた。
「ジーザス!」
「あはは! それ前に見た勇者も言ってた! どういう意味なの!?」
「このクズ野郎! 人殺し!」
すると、笑っていたリカルドが急に真顔になり、鋭い眼差しでシャロンに言い放つ。
「お前はここに来るまでに何人殺した? お前こそクズで人殺しだろーが」
そう言って、リカルドはシャロンの両肘を掴んで握り潰した。彼女の関節は破壊され、骨折こそしなかったが激しい痛みが襲いかかる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「もう一度言う。話をしよう」
「オーマイガッ! オーマイガッ!」
「ダメだこれ。こんな奴、魔王様に会わせられないね」
リカルドは、仕方なさそうにシャロンの頭を掴むと、まるでミカンでも握り潰すかのように彼女の脳を破壊した。
血まみれになった手を水魔法で洗浄するリカルドは、残ったシモンを担いで部屋を出た。
――グレートウォールダンジョン。
――第7番出口。
リカルドが7番出口を出ると、外では移動用のドラゴンナイトと、出口を警備するリザードマン達がギャーギャーと騒いでいた。
「ほらな! 1人しか連れて来なかった!」
「だー! 1人も残らねーと思ったのに!」
「くっそ! 負けた!」
彼らはリカルドが何人連れて帰ってくるか、賭けをしていた。賭けたのは『ジュルド』という葉巻のようなもの。前線の兵士たちに人気で、体には悪いが、煙の喉越しがクセになる嗜好品だ。
「まったく。君たちは命を賭ける兵士だろう? そんなもの吸って。体に悪いよ?」
「へへへ、リカルド様、そいつ強かったですか?」
「まあ強くはなかったけど、面白い技を使うやつでさ――」
リカルドは最前線の兵士とも仲良く接する理想の上司だ。兵士たちが、いつ命を落としてもおかしくないということを深く理解していて、それでも、その中から未来の魔将が生まれると信じて、彼らにダンジョンの警備を任せている。
グレートウォールダンジョンは、今日も明日も、侵略者の侵入を許さない。何百、何千という仲間の死が、彼らを支えているのだ。
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