第13話 拉致

――グレートウォールダンジョン。

――50階層『天空』



 グレートウォールダンジョンは、カルディナン帝国側に面する南ダンジョンと、魔族領側に面する北ダンジョンが、一枚の破壊不能壁で隔絶されて一つのダンジョンのように建設されている。


 カルディナン帝国側から侵入した勇者は、まず南ダンジョンの第1階層から入場し、50階層『天空』を目指す。


 50階層は屋上であり、ここからしか北ダンジョンに入る術はない。


 無事、南ダンジョン50階層まで登り詰めた勇者は、今度は北ダンジョンの50階層から降って第1階層を目指すのだ。


 時に飛竜を使って上空を飛んだり、外壁を登って外側からダンジョンを超えるという、誰でも思いつく方法を実践する者がいるが、そういう卑怯者は9番隊『エアレイド』の爆撃により塵も残らずに抹殺される。

 この事が知れ渡って150年。今やこの『裏技』を試す勇者は存在しない。



 そして今、難関とされる50階層『天空』の中ボスを撃破した勇者パーティーが、北ダンジョンに侵入しようとしていた。



「ハア、ハア、皆んな無事か?」

「おう!」

「何とか……」

「疲れたよー、少し休憩しようよー」


 彼らは、リーダーとしての勇者、大盾持ちのタンク、魔導士、神官の4人パーティーだった。

 4人は北ダンジョンに入る下り階段の前で、各々水筒の水を飲んだり、干し肉をかじったりして体力の回復を図る。


 魔導士の青年は、屋上から見える魔族領側の景色を見て呟く。


「はあ、僕らも飛べたらここから飛び降りるのになあ」


 それに相槌を打つのは神官の女性。


「無理よ。飛翔の魔法は魔族の特権。私たちに飛ぶ術はない」

「…………クソゲー」


 勇者は、転生前の現代日本ではゲームオタクだった。MMORPGをこよなく愛し、メンテナンス以外はログアウトしない、親の金で廃課金という廃人プレイを好む。


 だからこそ、飛竜にでも乗らないと飛べないという、この世界の常識が気に入らなかった。


「このゲームにレベルはない。全ては行動の選択で決まる。剣を振れば剣技スキル習得、魔導書を読めば魔法習得。この辺のシステムは嫌いじゃないけどね」


 勇者は、転生時に与えられたギフト、博識者『メタ・ライブラリ』を使用し、異空間からタブレット端末を取り出した。

 彼は、このギフトがA級に分類されていることが気に入らなかった。


「ふざけんなよ。絶対S級だぜ。これ」




 と、勇者が独り言を愚痴った瞬間。




「へ!? トーマが消えた!」


 僧侶は、目の前で干し肉をかじる魔導士が、文字通り消えたところを見てしまった。


ビシューーーー!


 直後、彼らの周囲に横薙ぎの風が吹く。


「くっ! なんだ!?」


 勇者は最初に異変に気付いた僧侶を見た。


 そして、彼女も文字通り消えた。



ビシューーーー!



「うわああああああああぁぁぁ――」


 それは、最初に消えた魔導士トーマの声だった。


 勇者は声のする方を見遣ると、上空から自分の横を通り過ぎて、壁の向こう側の地面へと落下していくトーマの姿を捉えた。


 もしやと思い、更に上を見上げると、今度は僧侶が落ちてくる。


「キャーーーーーイヤーーーーー!」


 彼女は叫びながら地面へと落下して行った。


「テッド! 防御体勢をとれ! 次が来る!」


 勇者の指示で盾を構えるタンクのテッドは、正面から何かが急接近してくることに気付いた。


 それは最早人間の目で追えるスピードではなく、気付いた時には、テッドは飛竜の鉤爪に捕らわれ、上空に飛ばされていた。


 テッドは力の限り叫んだ。


「ヒサカーーー! 飛竜だ! かなりデカい! コイツ! 俺たちを落下死させ――」


 テッドの声はどこか遠いところへ消えて行ってしまった。


「ハァッ! ハァッ! くそっ! こんなボスがいるなんて情報なかったぞ! 飛竜ならエアレイドか!?」


 勇者『日坂信彦』は、テッドが消えて行った方向を向いて、闇雲に剣を振り回した。


 すると、日坂のすぐ側の壁の外側から、バッサバッサと翼を上下させる飛竜が、ゆっくりと上昇してきた。


 飛竜は、一般的に見かける赤茶色や緑色ではなく、まるで鏡のように太陽の光を反射する銀色の個体で、通常の個体の2倍はありそうな体格だった。


「ハァッ! ハァッ!」


 日坂は呼吸を荒くして飛竜に剣を向ける。よく見れば、その飛竜には赤い鎧を纏った細身の女性が跨っていた。


「勇者だな? 抵抗しないのなら上に乗せてやるが、変な真似をするなら、即、殺す」


(くそったれ! コイツ! 9番隊組長のサリーンだ! なんで魔将がこんな所に! しかも問答無用が通例のこのダンジョンで会話だと!?)


 日坂に取れる行動は三つ。抵抗する。大人しく飛竜に乗る。逃げる。だ。


 日坂は即時、カルディナン帝国の教会へ戻れるリターンリングを持ってきていた。しかし、それは魔導士トーマのショルダーバッグの中だ。彼と一緒に地面へと落下してしまった。


「何とか言え。私もカイザーもお前を掴んだまま城に戻るのは疲れるのだ。できる事なら武器を捨てて大人しく背中に乗ってくれると助かる」


 ここで、口数の多い魔将の様子を見て、日坂の脳裏にとある仮説が浮かぶ。


(これはイベントだろ。何かあったんだ。俺たちは特別な事なんてしてない。なら、魔族側で何かあったと考えるのが筋だ)


「武器を捨てれば殺さないと約束するか?」

「ああ。魔王様に会うまでは、私は殺さない。だが、他の魔将や魔王様が殺すかもしれん。貴様は今日、このダンジョンで我が同胞を50人も殺したのだ。殺される覚悟ぐらいあるのだろう?」


 日坂は自分が殺されるかもしれない恐怖より、魔王に会ってみたいという興味が勝ってしまった。それはゲームオタクとしての欲求であり、このイベントを攻略した先に、必ず何かしらのご褒美が待っていると考えたからだった。


 日坂はそっと剣を地面に置いた。高価な剣だったが、特に『レア装備』でもない剣に何の未練もない。自分の最大の武器は『情報』であることを、彼は自覚していた。


「魔将、サリーンだな?」

「ほう。私を知っているとは。どこかで会ったか?」

「いや、俺はそういう情報に敏感なんだよ」

「…………。貴様は長生きするかもしれんな」


 日坂の勘は冴えていた。魔族が欲しがっているのが『情報』である可能性が高い。ならば、それは自分の得意分野であり、下手をすれば魔族すら知らない魔族領の歴史や秘密を武器に、自身の命を長らえることができると踏んだ。


 そして、勇者日坂は静かに飛竜の背中に乗り込んだのだった。




***




――グレートウォールダンジョン。

――北側。第1階層。



「ようやくここまで来たか」

「へへ、俺たち最強だな」

「初潜入でここまで来たのは僕たちが初じゃないかな」


 とある勇者パーティーが北側ダンジョンの最終フロア、第1階層に到達した。


 彼らは3人組で、全員がS級ギフトを持つ勇者のみのパーティーだった。


 リーダーの『シャロン・ゴールドバーグ』はアメリカ出身のアーチェリー世界選手権金メダル所持者だ。

 彼女は神弓『アルテミス』を自在に操り、狙った的を外すことはない。


 サブリーダーの『ヴァシリ・エゴロフ』は、ロシア出身の格闘家である。彼は表の顔は総合格闘技のチャンピオンだが、裏の顔は裏サンボと呼ばれる何でもありの格闘術を極めた殺し屋だった。

 彼は剛拳『ヤヌス』というガントレットを装備し、持ち前のフィジカルで敵を圧倒する。


 支援担当の『シモン・サンドバル』はスペイン出身のロボット工学者だ。学者であると共に技術者であり、彼が転生前に作ったアンドロイドは、知る人ぞ知る傑作だった。日本のアニメオタクでもあり、いつか本物のガン〇ムを作りたいと夢を描いていた。

 そんな彼に与えられたギフトは、機械神『デウス・エクス・マキナ』である。破茶滅茶な性能であり、回復からバフ、遠距離攻撃から近接格闘まで何でも熟す。

 ただし、射程範囲が極めて狭く、遠距離攻撃でも10メートル、回復は隣接していないと行えないという制限がある。




 そんな彼らは、第1階層のボス部屋に向かっていた。ダンジョンの出口はボス部屋にのみ設けられ、ボスを倒さなければ扉は開かない仕組みになっている。


 第1階層には31のボス部屋があり、それら全ての部屋で待機するボスが、日替わりでランダムに選出される。


「俺の勘では6だぜ」


 ヴァシリは敢えて不吉な6が当たりだと主張する。某宗教の敬虔けいけんな信者であるシャロンは、真っ先に6を否定した。


「喧嘩売ってんの? 7にしなさいよ」

「僕はどっちでもいいんだけどね。合計して13にしたら?」

「シモンもふざけないで。そんな不吉な数字いやよ」


 シャロンの信仰心を揶揄からかう2人は、シャロンの希望する7の部屋へ入ることに賛同した。



「行くわよ」



 両開きの大きな扉を、ヴァシリとシモンが2人がかりで開ける。シャロンは扉に向かって神弓『アルテミス』を構えた。


 そこは、ただただ広い、正方形の部屋だった。一辺が50メートルはありそうな大部屋で、壁に描かれた絵画や、美しい模様は、破壊不能なオブジェクトとして魔法的に守られている。



 部屋の中央には、一つのアンティークな執務机と、そこに座る金髪の紳士がいた。その髪は長く、美しい碧眼が真っ直ぐに彼らを捉える。



「やあ。よく来たね。まずは入りなよ。話をしよう」



 魔王軍1番隊組長『リカルド』だ。


 彼らは知らなかった。この男こそ全魔将中最強の、出会ってはいけない最悪の敵であることを。


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