第12話 収穫
トレントの実は半日で急成長するオレンジ色の果実である。直径は15センチ程で、中心に5センチ程の種を有する。
玲奈の感覚では、メロンに近い味とのこと。
1日2回収穫され、種を取り出してから隣村のサッカラに出荷される。サッカラでは大型の搾汁機を使用し、ジュースや酒に加工している。
「さーて、お前ら。収穫の時間だぜ」
キラリと目を光らせて木の棒を持つメッツは、姫や魔将達の前ということもあって、気合いが入っていた。
トレント達は、この収穫の時間が1番嫌だった。メッツ達が木の棒を持っている時点で逃げ始める。
メッツは、ゴブリンにしては素早い身のこなしでトレントを追い回し、うっかり転倒してしまったトレントに容赦なく木の棒を振るった。
「グギャー! グギュウ! グギュウ!」
「大人しくしろい! すぐ終わるから!」
その様子を見ていた玲奈達一行だったが、テトラが呆れた様子で語り出した。
「あーあ……あれじゃ『長命の果実』は取れないわね……」
「長命の果実……とは?」
サリサはテトラが何か重大な事実を知っていると踏んで質問した。
「実を付けたトレントはね、動物の骨と引き換えに特別な実をくれるの。その実は長命の果実と言われて、どんな重症な怪我でも病気でもたちまち治してしまったり、健康な人が食べれば寿命が伸びると言われているのよ」
それを聞いたアルテナが珍しく声を張り、メッツ達ゴブリンの収穫を一時中断させ、骨について尋ねた。
「どんな骨でもいいの……?」
「歯とか指先とか、あんまり小さいのは喜ばれないわね。大きい物ほど喜んで、長命の果実の効能も高まると言われてるわよ」
「メッツ……カイガトスの骨……ある?」
「めっちゃいっぱいあります。すぐ持ってきますね」
しばらくすると、メッツ達ゴブリンは、荷車に大量の骨を積んで戻ってきた。
トレントに骨を与えるなど、皆初めての経験なので、テトラに手本を見せてもらうことに。
「うふふ。じゃあ見ててね」
テトラがカイガトスの大腿骨を持って近くのトレントに接近すると、それに気付いたトレントは、高めの鳴き声でトコトコとテトラに近付き、骨を欲しがって枝を伸ばした。
骨を手に入れたトレントは、嬉しそうに鳴きながら、顔の正面で骨をフワフワと浮かばせる。
「グギュウ〜、グギュウ〜」
骨は不思議な半透明の球体に囲まれ、消化されるように徐々に溶けていく。
玲奈は、トレントが骨を浮かばせる際、呪われた木の方向を向いた事に気付いた。
さらに、骨が溶けている最中、呪われた木の周囲にキラキラと光る粒子が舞っていることにも。
骨が溶けて無くなると、トレントの実が一つだけ色が濃くなり、赤に近いオレンジ色になった。模様もマスクメロンのような網状の白い繊維が浮かび上がった。
トレントは満足げにその実を枝で掴み取ると、テトラに差し出した。
「ふふ。ありがとう。皆んな、これが正しいトレントの実の収穫よ」
「まさか……トレントが自分で実を差し出すなんて……」
トレントの実は木の棒で叩き落とすもの。そう思っていたメッツ達には、青天の霹靂だった。
「ねーねーテトラ、これはトレントの食事になるの? 骨でお腹いっぱいになる?」
「玲奈様、これはトレント達による森の賢者への捧げ物です。ですので、食事は別に取る必要があります」
「やっぱり! 呪われた木が光ってたもんね!」
「うふふ、お気づきでしたか。こうすることで、毒沼と化した水や土を浄化し、新たな森を構築して行くのです」
玲奈達は、各々荷車から骨を取り出し、トレント達に与えた。
骨は村の郊外に穴を掘って山盛りにしていたので、今回の収穫では枯渇することはなかったが、次回の収穫に足りるだけの骨は余らなかった。
「これは……明日の朝は足りなくなりますね」
サリサはこういった事の運営や采配には敏感なので、いち早く骨が足りなくなることに気付いた。
彼女の解決策は、まずは隣町サッカラ、少し離れるが西のゴーウェン村、北のウズキ村に、動物の骨が余っていないか確認することだった。
それと同時に、各主要拠点にも骨をロザリカに集約するよう伝令を頼んだ。
「見たところ、背骨の骨ひとつでも満足している様子。足の骨など、大きなものは二つか三つに割って与えましょう」
レヴィンは、こういったサリサの采配が、自分には同じように出来ないと痛感すると共に、出来るようにならなければという一つの目標に思えていた。
「サリサ様、私にも何かできる事はないでしょうか」
「レヴィン、あなたは十分に役目を果たしていますよ。あなたが常に西明寺を牽制してくれているので、私は楽ができています」
レヴィンは常に玲奈と西明寺との距離を見張っていた。西明寺は、レヴィンの魔銃と同様に、異空間から妖刀を取り出すことができる。レヴィンはそれを踏まえて、玲奈が刃圏に入っていないか監視していたのだ。
西明寺もまた、監視されている事を考慮して、自由に動き回る玲奈との距離を一定に保っていた。
自分に攻撃の意思はない。レヴィンには、そうアピールしているように見えていた。
「あはは! ひき肉めっちゃ食べてる! かわいいー!」
「もっと食べてー! あはははは!」
玲奈とピノはすっかり意気投合し、トレント達に食事を与えていた。
「ねーねーメッツ、これって焼けばあたし達も食べられるんだよね?」
「え、まあ食べられない事はないですけど、ひき肉は餌っスよ?」
「ふふふ、ハンバーグって知ってる?」
***
玲奈は、仕事を終えた一行を村長宅の前に集合させ、テーブルと椅子を用意して野外宴会場を作った。
テーブルには、大量のひき肉、パンを粉々にしたパン粉、スキムテッドと呼ばれる鳥の卵が用意された。
ソースはピノのリュックサックに入っていた万能調味料に、肉汁を混ぜた物を使用する。
「さーさー! 皆んなで
ひき肉を食べた事のない異世界組は、ねちゃねちゃと粘るひき肉に若干抵抗があった。
肉はステーキや串焼きが一般的で、まして卵を混ぜるなど、聞いたことがなかったのだ。
しかし、ピノは喜んでいた。孤児院で育った彼女にとって、こういった
ピノは『役立たず』として孤児院を追い出されたところを、西明寺に拾われた。
西明寺は、ピノが並外れた怪力の持ち主と知って、教会で能力鑑定を受けさせると、『道具屋』のジョブを持っていることが判明した。
道具屋は材料さえあれば、大工道具から調理器具、さらにはポーションや調味料まで作り出すことができる。
それに加えて大量の荷物を運ぶ力があるピノは、勇者としての旅路に大いに役に立つパーティーメンバーになり得たのだ。
「あはは! お師匠! それデカすぎるよ!」
「む? そうか? ワシはこれぐらい食わんと足りんぞい」
「ブフッ! 西明寺! それ中まで火通らないよ!」
「ちょっとぐらいレアでも食えるじゃろ」
「腹壊しても知らねーかんな」
こうして、人数分のハンバーグを作り終えた一行は、ジュワジュワと漂う肉汁と、酸味のあるソースのいい香りに腹を鳴らし、一斉に食べ始めた。
「いただきまーす!」
異世界組は、おそるおそるナイフで一口大に切ると、中から溢れる肉汁に食欲を刺激された。
そして一口。
「うまっ!」
「む。美味しいですね」
「うん……いける……」
レヴィンは周囲の反応を見て、がっつりと口に頬張った。
「これは……! ステーキとはまた違った食感! ホロホロとしながらも、噛むほど肉の旨みが!」
「えへへー、美味いでしょ?」
「驚きです。ピノ、このソースのレシピはわかるか?」
ピノは、自慢の調味料の材料を玲奈とレヴィンに教えてくれた。しかし、玲奈にはどれも聞いた事のない材料で、野菜が主な原料であることしかわからなかった。
「姫様、ご提案なのですが、カルディナンに潜入し、この調味料の原料を入手しては如何でしょうか」
「え!? 外国行けるの!?」
「行けます。ただし、変装や侵入ルートの確保など、準備は必要です」
「行きたい! めっちゃ行きたい! 西明寺とピノも連れてく!」
西明寺とピノの同行については、サリサから「魔王様にお伺いを立ててから」と釘を刺されてしまった。
確かに、今は勇者の捕獲作戦が進行しているところだ。グレートウォールダンジョンでも、現在進行形で作戦が進んでいる。
玲奈は、その事実を思い出し、急ぎ魔王城へ戻る必要があると感じた。
1番隊や9番隊に捕獲された勇者の中にも、元日本人がいるかもしれないのだ。
魔王アーヴァインに処刑されてしまうかもしれない。
「よし。今日はゆっくり寝て、明日急いで帰ろう」
西明寺は、自ら地下牢に入って就寝することを提案した。これは監視を楽にして皆をよく眠らせるためであり、自分がゆっくりと寝るためでもあった。
玲奈は、ピノだけでもベッドで寝かせてあげたいとサリサを説得し、2人で狭いベッドで寝ることした。
ピノは嬉しかった。何日振りかのふかふかのベッドは、2人を安らかな眠りに就かせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます