第11話 畜産
『トレント』
魔族領にのみ生息する人面樹で、幹の部分に目と鼻と口を有し、縄張りに入った獣などを捕食するモンスターである。
手足に相当する枝や根を持ち、柔軟にしならせて敵を捕獲したり、素早く移動したりする。
言葉は話さず、グギョ、グギャなどの鳴き声を発し、仲間とのコミュニケーションや、手懐ければ、人との簡単な意思疎通も可能な知能を有する。
オスは体長5メートル前後、メスは体長3メートル前後で、鼻の先端が尖っているのがオス、丸まっているのがメスである。
主に毒沼の周辺で発生し、一定以上の餌を捕食した個体は、花を咲かせて実をつける。
また、一定の確率で地面に落ちた実から芽が出て、トレントの子どもが生まれることもある。
基本的に争い事を避ける傾向にあり、人間や魔族が近付いてくると、高性能な探知能力により、その場から逃げる。
魔族領では、何らかの理由で毒沼から離れ、孤立したトレントを捕獲し、ロザリカで飼育している。
豊富な餌を与える事で積極的に繁殖させ、実を収穫し、主に潰して飲み物にしている。
トレントは実を取られる事を嫌がっていて、無理やり取ろうとすると抵抗する。
「よっしゃ! 今日の分は取ったな」
「グギュウ……グギョギョ……」
「あはは、そんな顔すんなって。ちゃんと種は返すからさ」
ロザリカ村民のメッツは、トレントの実を収穫する名人で、毎日実をつけるトレント達27本の実を木の棒で叩き落としている。
その光景を見た玲奈は、思っていたのとだいぶ違う農作業に魂が抜けそうになっていたが、これは『畜産』であると発想の転換を脳内で実行した。
「わかった! これは牛から牛乳を搾り取るのと同じだ!」
農場の柵越しに作業を見学する玲奈一行だったが、突然声を張り上げた玲奈の発言に反応したのは西明寺だった。
「なるほどのう。家畜という訳じゃな」
「お師匠、ウシって何ですか?」
「ミルクを出す動物じゃ。こっちの世界にもデルクトスがおるじゃろ? あれと同じじゃよ」
トレントの実を拾い終え、籠を背負って運ぶメッツは、アルテナが見慣れない客を連れて見学に来ている事に気付いた。
「おはようございますアルテナ様。お客様ですか?」
「姫様と護衛……それから捕虜」
「い゛!? 姫様!? なんでこんな所に!」
慌てて背負い籠をおろし、地面にひれ伏すメッツは、近くを通る仲間達にも伏すように怒鳴った。
「おい! お前ら姫様だ! ご挨拶しろ!」
姫としての挨拶を終え、一通りの自己紹介を済ませた一行は、メッツの案内のもと、農場に入ってトレントと触れ合う時間を設けてもらった。
トレント達は、朝の収穫と食事を終えると、夕方の収穫と食事の時間まで自由行動が許されている。
農場は広く、毒沼や呪われた木も人工的に作られ、遊び道具としての木製の人形や、心休まる草地など、トレント達が伸び伸びと生活できる環境が整っていた。
玲奈は紫色の草地にノソノソと移動するトレントに注目した。
そのトレントは、草地に入ると、足としての根を大地に突き刺し、すうっと顔を隠して、まるで普通の木のように擬態した。
「へえー、あーやって擬態するんだ」
「そうなんス。ああして休んだり、獲物が近付いてくるのを待ち伏せしたりするんス」
メッツは、他にも人形を愛でたり、呪われた木と何らかのコミュニケーションをとっている個体がいることも教えてくれた。
すると、玲奈は呪われた木の影からヒョコッと顔を出す小さなトレントに気付いた。
そのトレントは体長50センチほどで、見慣れない玲奈たちに興味を示し、懐っこく近付いてきた。
「クキュウ?」
「やだ可愛い! なにこの小さいの!」
「先週産まれた新入りっス。幹をさすってやると喜ぶっスよ」
玲奈とピノは大喜びで小さなトレントをさすった。トレントも嬉しそうに笑うような鳴き声を出し、地面を転げ回る。
「クキュウ! クッキュウ!」
「あはは! かわいいー! 名前は?」
「こいつはまだ名前がないっス。もしよかったら、姫様、名付けて頂けませんか?」
「あたしが付けていいの!? ピノ! 何にしようか!?」
小さなトレントは女の子だった。玲奈はピノやサリサ達にも名前の候補を考えてもらい、そこから1番いい名前を授ける事にした。
「そうですね。最強のトレントになってもらいたいという願いを込めて『ムテキ』はどうでしょうか」
サリサの提案は、元ヤ〇ザの芸人の兄貴みたいなので却下された。
「クキュウトス……」
アルテナの提案は、響きはいいけど、猫だったら『ニャー子』と命名したも同然なので却下された。
「ゴンザレスがいいかと思います」
女の子だっつってんだろ。この可愛い見た目に、そんな屈強そうな名前は付けられないので、自信満々のレヴィンの提案は却下された。
「キ〇坊じゃな」
てめえそれドラ〇もんじゃねーか。そんな大御所の名前をパクっていい訳がないので、西明寺の提案は却下された。
「うーーーん……トレンタ?」
「いいけど、それもどっかで聞いた事あんだよなー」
「姫様はどうお考えなのですか?」
玲奈は、愛猫『てとら』を思い出していた。3年と短い付き合いだったが、最高のパートナーだった。
この可愛いトレントは、てとらの代わりにはならないが、新たに名前を付けるなら『テトラ』がいいと思った。
「テトラ……ってどうかな?」
姫の意見に異を唱える者などいなかった。西明寺とピノも、その名前の響きに賛同した。
「よーし! 今からお前は『テトラ』だ!」
両手で細い幹を抱きかかえ、太陽を背景に高く持ち上げて名前を呼ぶと、テトラは
「クキューーーー!」
一同驚きのリアクションで、玲奈は思わず手を離してしまった。しかし、光り輝くテトラは人間大の縦長の球体となり、しばらくして黄緑色のワンピースを着た女の子が現れた。
その緑色の髪の毛は異常に長く、背中には美しい半透明の羽が生えている。彼女は誕生するなり、玲奈にむかってニッコリ微笑んだ。
「えぇ……なにこれ」
「これは……ドリュアス……」
「へぇ。私たちの事、知ってるんだ」
アルテナだけが知っていた。それは絶滅したとされる木の精霊であり、グロノア=フィルの南部に起源を持つ古代の精霊である。
「一度……戦ったことがある……めちゃくちゃ強かった……」
「ふふ。さて、ご挨拶が遅れました。大地の母、玲奈様。ドリュアスのテトラと申します。玲奈様のギフト、農耕神『クロノス』の盟約に従い参上致しました。以後、何なりとお申し付けください」
ギフトと聞いて反応したのは西明寺だった。西明寺の妖刀『
西明寺は転生してすぐに、カルディナン帝国の教会でギフトの鑑定が行われた。
転生者にはもれなくギフトが付与される。中でも『神話級』とされる神の名を冠したギフトはS級とされ、これを所持する勇者は、キリングニード学園の特待生として英才教育が施されるのだ。
「S級じゃったか。魔力はどれくらいじゃ?」
「いや、色々とついて行けてない。ギフトって何?」
サリサもアルテナも、カルディナン帝国内における勇者の扱いについて詳しく知らなかった。
養成学校のようなものに入学させる事や、勇者が固有のユニークスキルのようなものを持っている事は知っていたが、それらがランク分けされたり、転生時に与えられるものだとは知らなかったのだ。
西明寺はギフトに関する情報をサリサ達に説明した。また、ギフトとは別に魔力量の鑑定を受けたことも話した。
魔力量に関しては、魔王城にも鑑定装置がある。西明寺の話によれば、S級は総じて魔力が高いとのこと。まして、元々、魔王の娘という強力な素質がある玲奈は、もしかしたらとんでもない魔力の持ち主かもしれないと予想された。
「姫様、急ぎ、魔王城へ帰還致しましょう」
「えー、待って、置いてかないで? まずはさ、テトラをこんな風にしちゃって……テトラ、お父さんとお母さんはどこにいるの?」
「父と母は、あちらで森の賢者と世間話をしています」
テトラは毒沼の側に生えた呪われた木を指差した。そこには2本のトレントが寄り添い、穏やかな鳴き声を発している。
テトラの話によれば、呪われた木とされる樹木は森の賢者と呼ばれ、汚染された土地を癒す木なのだそうだ。
南部のジャングルでも稀に見かけることができ、逆に言えば森の賢者が生えている土地は、何らかの汚染に侵されていることになる。
玲奈達はテトラの両親の元へ行き、テトラをドリュアスにしてしまった事について謝罪した。
「あのね、言葉通じるかな……君たちの娘をこんな風にしちゃったのは私なんだ。ごめんなさい」
すると、2本のトレント夫婦は、玲奈の目をじっと見つめて「グギュウ、ギュギュウ」と鳴いた。
「うふふ。娘がドリュアスに進化したのは光栄なこと。だそうです。お礼も言ってます」
こうして、トレント農場での精霊事件はサリサ達幹部が一部始終を目撃し、西明寺捕獲からテトラ誕生までの詳細を、9番隊ドラゴンナイトの伝令に通達した。
玲奈は、夕方の収穫を手伝いたいと主張し、もう1日ロザリカに滞在することに決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます