第10話 真実

 西明寺が目を覚ますと、ベッドの周囲を取り囲むように魔族が見張っていた。


 そこには玲奈たち視察組や、ロザリカの上層部が含まれており、レヴィンは魔銃を西明寺の眉間に構えて忠告する。


「おかしな動きをしたら撃つ」


 西明寺は、脅しではない本気の眼差しと、お腹の辺りに覆い被さってスヤスヤと眠るピノを見て、こう呟いた。


「何もせんよ。何も。この子を生かしておいてくれたことに礼を言う。ありがとう」


 目を瞑り、そっとピノの頭を撫でる西明寺は、玲奈の目には根は優しい人柄なのだという印象に見えた。


 玲奈は、逃げられないように足を斬り落とすと言うサリサを全力で止めた。

 また、両手両足を拘束し、地下牢に閉じ込めると言うレヴィンの案も否定した。


 玲奈にとって、西明寺は同じ日本の出身であり、何か理由があって攻めて来たにしても、同胞を無下に扱うなど出来なかったのだ。


 結果、西明寺は怪我の治癒を行い、柔らかいベッドで寝かせて、目が覚めるまで玲奈が監視し、おかしな動きをしたら全力で頭を引っ叩くという措置を取ることになった。


西明寺宗徳さいめいじそうとく。妖刀『釈迦牟尼仏しゃかむにぶつ』を所持し、グレートウォールダンジョンに侵入した回数13回。

 その際、数えきれない程の魔族を殺害。魔石の窃盗、カイガトスの密猟、トレントの実の強盗未遂と、数々の犯罪を犯す危険人物」


 淡々と西明寺の犯罪歴を話す幼女は、他の魔族たちが立っている中で、品のいい椅子に座らされ、西明寺の手が届く距離に鎮座していた。


 西明寺は彼女が着ているドレスや、髪型、何より後ろに控えるメイドの殺気から、その幼女は重要人物であることを察した。


「お嬢ちゃん、何者かね。確かにワシは畜生じゃが、これは戦争じゃ。こう言ってはなんだが、アンタ方もワシの国で好き放題しとるじゃろ? 子どもを攫ったり、教会を爆破したり。お互い様じゃと思うがのう」


 西明寺の話を聞いて、玲奈は魔族がそんな事をしていたのかと、振り向いてサリサの目を見た。サリサは怪訝けげんな顔付きでこう話す。


「興味深いですね。いつ我々がカルディナン帝国の子どもを攫ったのです? 教会の爆破とは、いったいどこの教会ですか?」


 玲奈は西明寺が眉をひそめ、自分も同じ表情で西明寺と目があっていることに気付いた。そして2人同じタイミングで一言。


「「でっち上げ……?」」


「いや、しかし、犯人はいつも3人組で、頭から角が生えた連中じゃと聞いたぞい」


 それを聞いたアルテナが口を開く。


「馬鹿じゃないの……? 私たちが人間の国で犯罪するなら……角は隠す」


 魔族には人型になるに当たって、どの程度、人に近付けるか加減ができる。玲奈は自然と角と翼と尻尾を残して人型にしているが、やろうと思えば全て隠して、見た目を人間と見分けがつかないように出来るのだ。


 玲奈は西明寺に完全な人型になったところを見せた。


「これさ、全部隠して人間と同じにできるんだよ」


 それを見た西明寺は、目を瞑り、そっと右手で顔を覆った。


「何という事じゃ……なら、ロザリカに子どもが囚われているというのも嘘なのか?」

「ここに人間の子どもなどいません。何なら隈なく調べて頂いても結構」


 そう話す自信満々のサリサの表情は、西明寺に、ここに子どもなどいないと思わせるのに十分な衝撃があった。


「んあ……あ! お師匠! お師匠ーーー!」


 目を覚ましたピノは、泣きながら西明寺に抱きつく。西明寺もまた、ピノを優しく抱き返した。まるで自分の子どものように。


「ああ、心配かけたな。じゃが、まだワシらがどうなるかはわからんぞい」

「ここであたしがいる限りは安全だと思っていいよ?」

「…………。お前さんは何者なんじゃ」

「エヴェルディーテ・ザバルフェスト。今は冬月玲奈が転生した元日本人」

「ザバルフェスト……王族か!? それに……日本人じゃと?」


 カルディナン帝国には、魔王に子どもが生まれたという情報は入っていなかった。まして、魔族に転生者がいるなどいう話は聞いたことがなかったのだ。


「これを知ってしまったからには、あなた方を帝国に帰す訳にはいかなくなりました。今後、あなた方に求められるのは、情報です。主に、どうすれば転生者を元に戻せるのか、また、先のような帝国の謀略についても、詳しく話を聞かせてもらいます」


 勇者を見たら殺す。魔族を見たら殺す。そうやって問答無用で殺戮を繰り返して来た彼らには、今のような情報交換の場を設けるという試みは初めての経験だった。


 今、玲奈という魔族側の立場の日本人と、西明寺という人間側の立場の日本人が、公正な見方でこの争いの仲介を担うこととなった。


「元に戻す……か。かれこれ17年になるが、転生者が元の世界へ戻ったという話は聞いたことがないのう」

「西明寺はどうやって死んだの?」

「ワシか。あれは――」


 西明寺の話によれば、西明寺はとある寺の住職で、毎日、決まった時間に梵鐘ぼんしょう――簡単に言えばお寺の鐘を弟子が鳴らしていたのだそうだ。


 その日は春にも関わらず、季節外れの嵐に見舞われていた。

 弟子たちは桶が飛ばされないように片付けに行ったり、お墓に供えられた線香が火事の元にならないか見回りに行ったり大忙しだった。


 そこで、西明寺は午後6時を知らせる梵鐘ぼんしょうの時間であることに気付き、鐘を鳴らしに外へ出た。


 すると、大雨と共に雷が鳴り響き、鐘を鳴らしたはいいが、西明寺は鐘楼しょうろうから出られなくなってしまった。


 住職がいない事に気付いた弟子は、西明寺が鐘楼しょうろうにいるのではないかと予測し、傘を持って迎えに行った。


 案の定、鐘楼しょうろうで佇む西明寺は、春の嵐も風情があっていいものだと弟子に語り、傘を開いて踏み出した。


 矢先、西明寺は強烈な雷に打たれた。


「雷……あたしと同じだ。偶然?」


 レヴィンが西明寺の話を聞いて、仮説を立てる。


「この場に転生者が2人いて、どちらもニホン人、その死因も雷に打たれるという同一性。これらが偶然とは考えられません。そもそも雷に打たれるという事自体が稀な体験です。仮説として、この世界への転生者は雷に打たれたニホン人なのではないでしょうか」


 カルディナン帝国や、勇者を派遣する諸外国は、勇者召喚のために魔族領から魔石を盗み、適性のある10才までの子どもを生贄として、召喚の儀式を行っている。


 西明寺もまた、元は名もなき孤児だった。魔力量が並外れていたことから、勇者の適正があると見なされ、帝都へ連れてこられたのだと言う。


「レヴィンの仮説は頭の片隅に置いておこう。あくまでも仮説だ。あまり先入観を持たないように」


 サリサはレヴィンの仮説に全員が納得しそうな雰囲気に釘を刺した。


「さて、ねーねー、もう村を見て回ってもいい?」


 ずっと西明寺の監視をしていた玲奈は、トレント農場に行きたくて仕方がなかった。

 きっと規則正しく整列した木々と、村民たちが梯子はしごなどで実を収穫したり、枝を剪定せんていしているところも見られるかもしれない。


 玲奈はウキウキしていた。


「いいでしょう。サイメイジの見張りは私とアルテナで行いますので――」

「あ、西明寺も連れてく。ピノも一緒に行こう?」


 結局、玲奈の護衛兼、西明寺の監視という形で、サリサ、アルテナ、レヴィンが付き添うこととなった。




 一行が村長宅を出ると、村は鍛冶屋や診療所、子どもや赤子の状態で召喚された子どもたちを養う保育施設など、生活のためのエリアと、トレントの栽培を行う農業エリアにわかれていた。


 玲奈はワクワクしながら鼻歌まじりに農業エリアへと向かう。



 そして、そこで目にしたものとは――



ドガッ! バキィ!



「うらーーー! 大人しく実よこせやーーー!」

「グギャーーーー!」



 木の棒を振り回し、トレントの実を叩き落とす村民。必死に抵抗するトレント。



「おら、餌だ食え」

「グギュウ、グッキュウ〜」



 村民にゴマすりして餌をねだるトレント。餌はカイガトスのひき肉だった。



ドッタンドッタン! バッサンバッサン!



「グギョアーーー!」

「あー! あの野郎! また柵を超える気だ! 取り押さえろー!」



 脱走を図るトレント。



 玲奈が見たかったものとは、遠くかけ離れた農業が、そこにはあった。

 玲奈は、FXで有り金全部溶かした人の顔になってしまった。

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