第9話 襲撃
「うべろぼぶるべれぶろばろぼろびれ!」
猛烈なスピードで空を飛ぶ玲奈は、アルテナ達に置いていかれないようにするのがやっとで、顔に当たる向かい風に顔面崩壊させられながら、どうにか呼吸だけは確保していた。
(おかしい! まぶたと眼球の間に風が入り込むのも、否応なしに風圧で口が開くのも、あたしだけで、皆んな美男美女のまま飛んでる!)
そんな不細工顔の玲奈の横に、そっとレヴィンが近付く。
すると、まるで防風壁があるかの如く向かい風が止まり、静かになった空間でレヴィンが助言した。
「姫様、風魔法で風の壁を作り、体を覆うのです。そうすれば向かい風は止みます」
「なるほど。やってみる」
玲奈は体の周囲に意識を集中して、タマゴ型の防風壁をイメージした。
一瞬、飛翔の魔法に影響が出て体勢を崩したが、玲奈の周囲には風の壁が形成され、崩壊した顔と、ボサボサの髪が元に戻った。
墜落を警戒したサリサが玲奈の下に滑り込むが、無事に玲奈がスピードに乗った様子を確認し、アルテナの横に飛んで行った。
彼らの移動速度はおよそ時速600キロメートル。サステナから急いで飛び出し、高速でロザリカを目指している。
「アルテナ、もう少しスピードを出しても大丈夫そうです」
「わかった……皆んなが心配……急ぐ」
***
――ロザリカ。
ロザリカでは、西明寺の襲撃に備えて戦闘員が配置され、普段は農作業をしている村民も、鎧を着て槍を構えた。
上空では偵察や支援のために駆けつけた9番隊『エアレイド』のドラゴンナイトが、飛竜に跨り旋回している。
「情報では2人だそうです」
「たった2人で? アルテナ様を舐めてるのか?」
4番隊『鳥人連合』副長のテオは、ロザリカ村長のミラカと共に、南門の外で西明寺の到着に備えていた。
テオは黒翼族で、美しい漆黒の翼、鍛え上げられた鋼の肉体、両腕に装着したオリハルコン製の鉤爪が自慢の男性だ。
これまで数えきれない勇者を屠って来たが、二つ名持ちの勇者を相手にするのは初めてだった。
「それが……1人は荷物持ちらしく、スケロとネモロスを殺ったのは妖刀1人だそうです」
「ふん、何が妖刀だ。へし折ってくれる」
カーンカーンカーンカーン!
村の見張り台から警鐘が響く。テオは地平線からゆっくりと
「ミラカ、俺に万が一の事があったら緊急召喚符を使え。今が使い時だ」
「…………。わかりました。ご武運を」
緊急召喚符は魔族内で厳しい使用制限が掛けられた護符だ。これを使うと13魔将全員がその場に召喚される。
ただし、魔将達には持ち場があり、急に呼び出されると、各方面の警備が薄くなるというデメリットがあった。
従って、緊急召喚符は『拠点が占領されそうな時』『魔将が殺害されそうな時』『ラストボーダーへの到達』など、使用ルールが定められている。
テオは深く深呼吸すると、メキメキと音を立てながら全身の筋肉を隆起させ、ゆっくりと近づいてくる西明寺達を見据えた。
テオが腰を落とし、前傾姿勢で地面を踏み締めると、西明寺はピノに岩陰に隠れるよう指示し、全力で前方に跳躍した。
「ぬおおおおおおらああああ!」
雄叫びを上げながら全力前進するテオは、跳躍した西明寺めがけて鉤爪を振り下ろした。
ギイーーーーン!
「おう! 威勢がいいのう! ワシはサイメイジじゃ! 名を名乗れ!」
妖刀で鉤爪の一撃を受け止め、西明寺はギリギリと音を立てながら鍔迫り合いに持ち込んだ。
「魔王軍4番隊副長! テオ! 貴様を殺人の罪で死刑に処す! 覚悟しろ!」
「わはは! 殺人の罪はお互い様じゃろうて! そういうのを同じ穴のムジナっちゅーんじゃ!」
西明寺は勢いよくテオの鉤爪を弾くと、少しずつ地面に降下しながら、激しい剣撃を見舞った。
テオは両手で西明寺の連続攻撃を丁寧に捌く。時折反撃の隙を見つけては鉤爪で斬りかかるが、それを待っていたと言わんばかりのカウンターが飛んできて、ギリギリ回避する、というお互い一歩も引かない一撃必殺の応酬が繰り広げられた。
「てめえ! ホントに人間か!?」
「さて……な。わかっておるのは、ワシもお主も同じ畜生という事じゃ」
ここでテオが新たな攻撃パターンを見せた。
「風よ風よ! 空なる刃は真の斬撃にして孤高の御技なり! 荒ぶり舞いて彼の敵を斬り裂け! ウインドストーム!」
猛烈な攻防の中、2人が地面に着地すると共に、テオが詠唱を終えると、西明寺は足元から旋風に巻き込まれた。
「
「風よ風よ、空なる矛は真の刺突にして孤高の御技なり。渦巻き尖り、彼の敵を
テオは距離を取り、さらに詠唱する。が、その直前に西明寺もスキルを放っていた。
西明寺の烈風斬は、テオのウインドストームとは反対方向の旋風を巻き起こし、周囲の風と斬撃を打ち消した。
その直後、テオのウインドジャベリンが西明寺を襲う。
西明寺は追撃を予測し、その類まれなる動体視力と反射神経で、ウインドジャベリンを回避しながらテオに斬りかかった。
「
すると、西明寺の周囲に黒く歪んだ空間の球体が多数発生し、西明寺が突きを放つと、歪んだ空間からも妖刀が飛び出した。
しかも全ての突きが連撃であり、テオはさながら刀の嵐に呑み込まれたように急所を守ることしかできなかった。
テオは悟った。全ては捌けないと。
「くそがっ!」
彼の本能が頭部と心臓を守る。両手に武器を持っていたことが幸いだった。
突きの嵐はテオの手足を激しく斬りつけ、無数の切り傷を作っていく。
と、次の瞬間!
西明寺は視界の端から何かが飛んでくるのを察知した。咄嗟に妖刀で頭を守る。
ドガッ!
西明寺の腹部に強烈な飛び蹴りが炸裂した。その勢いで西明寺は20メートルほど吹き飛んだ。
テオの前には、軽やかな着地でトントンとリズムを取るアルテナが立っていた。遅れて玲奈やサリサ、レヴィンが到着する。
「テオ……下がってて。サリサ……テオを治して」
「アルテナ様、申し訳ございません。仕留めきれませんでした」
「別にいい……生きててくれたから」
アルテナが翼を大きく開くと、その根本から炎が立ち上り、燃え盛る炎の翼となった。
玲奈はその後ろ姿から、アルテナの真剣な姿勢を感じ取った。無表情かつ無感情な彼女が怒っている。そう感じたのだ。
西明寺は喜びのあまり
「魔銃を見たらよお、一目散に逃げるんだぜ? いくらアンタが強くても、アレには勝てねえ。
茶色に赤のラインが入ったロングコート、髪はオレンジで短髪。何より魔銃を持ってたら確定だ」
西明寺の視界には、宿敵アルテナ、魔銃を持った男、謎のメイド、可愛らしい女の子が映っていた。
「くふふ、この世界に銃は反則じゃろ」
レヴィンには、情けをかけるとか、1対1を許すなどという甘い考えは一切なかった。無言で銃を構え、いつでも撃てる姿勢に入る。
西明寺は立ち上がり叫んだ。
「ピノーーー! 撤退じゃ! リターンリングを用意せえーーー!」
直後、西明寺はピノが隠れる岩陰に走った。それと同時にアルテナが飛び掛かり、レヴィンが発砲する。
サリサはテオの治療後、玲奈を守ることに全力を尽くした。
レヴィンの弾丸は西明寺の左太ももに命中。
「ぐっ! なんの!」
西明寺は奥歯を噛み締め、全力で走った。が、アルテナの後頭部への蹴りが炸裂する。
「うぐぅ! くそっ! 南無三!」
西明寺は妖刀を抜刀するなり叫んだ。
「
すると、赤い刀身の妖刀『
アルテナは西明寺が念仏を唱えている間に前方宙返りして西明寺の頭部に踵を落とすべく蹴りを放つ。
西明寺は蹴りを
(頼む! 当たってくれい!)
アルテナは動物的な勘でその一撃に寒気を感じた。しかし、気付くのが一瞬遅く、後方に飛び退くのが遅れた。
ザシュッ!
アルテナの腹部が横一文字に斬り裂かれる。傷口からは血が溢れた。
刹那!
ボゴオオオオオオン!
西明寺は物凄い力で顔を掴まれ、頭から地面に突き刺さった。呻き声を上げる間も無く、全身から力が抜け、急激な眠気に襲われる。
腹部の傷を両手で押さえるアルテナの前には、西明寺を片手で押し倒し、地面にメリ込ませるサリサの姿があった。
その様子を見て、巨大なリュックを担ぐ少女が岩陰からヒョコヒョコ顔を出す。
「お師匠ー、お師匠ー。うぐっ、ひっぐ、殺さないで! 殺さないで! 何でもするから! うええええん!」
ピノは地面に突き刺さった西明寺を、力の限り引き摺り出し、彼に覆い被さりながら命乞いをした。
こうして、西明寺の5年越しの復讐劇はボロ負けに終わり、レヴィンが持って来た拘束具によって、西明寺は囚われの勇者となった。
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