第8話 旅路

「びょえーーあーーー!!! なんつースピードだよ! うぎゃーーーーー!!!」



 玲奈は4番隊組長アルテナにお姫様抱っこされ、物凄いスピードで南へ飛翔していた。

 そのすぐ後方では、着替えや万が一の野営道具などを背負ったサリサとレヴィンが澄まし顔で追尾している。


 彼らにとって魔族領を南北に縦断することなど、朝飯前なのだ。風の抵抗や寒さなどを考慮して、玲奈に合わせた移動速度を意識した旅路だった。


「歓迎会……長引いた。少し……スピード出す」

「はあ!? なんて!?」


 アルテナのか細い呟きは風の音にかき消され、玲奈の耳に届くことは無かった。




***




――グレートウォールダンジョン。



「大変だーーー! スケロがやられたー!」



 西部15番出口を警備するネモロスは、出口から慌てて飛び出してくる新兵リザードマンの報告に対して、冷静に焚き火に薪を焚べた。


 スケロは西部15番出口の直前に設けられた、所謂ボス部屋の主である。

 ネモロスとは150年来の親友であり、スケロがボスに選ばれた時、2人はいつ万が一の事があっても悲しまないと決めていた。

 だからこそ、休日は一切の後悔がないように遊び、鍛錬に励む。

 そんなスケロを殺した勇者がいる。ネモロスは決して許すことのできない殺意の念を込めて尋ねた。


「どんな奴だ?」

「ハア、ハア、それがっ、おかしな奴で、貴族みてーな白い服に、赤く光る曲がった剣を振り回してました」

「……そりゃサイメイジだ。おい、リカルド様に報告だ。5年振りに『妖刀』が現れたと伝えろ」


 西明寺宗徳さいめいじそうとく。17年前にカルディナン帝国により召喚された転生者である。

 転生前は住職にして古武術を極めた達人だった。87歳という年齢ながら、転生するまで修行を怠ることなく鍛錬に励んだ。


 15番出口から高級な革靴が床を踏み締める音が規則正しく鳴り響く。


 彼は特別に仕立てた白のスーツに、白のハット、黒のワイシャツに赤のネクタイを身に付け、般若心経を唱えながらネモロス達の野営地に歩を進める。


 見た目は若い貴族だ。ハットで隠された色白の顔と青い短髪が見え隠れしている。


「相変わらずブツブツと気持ちわりー奴だ。おい! 5年前と同じようには行かせねーぞ!?」


 キングリザードのネモロスは、全身の青い鱗をギラギラ鳴らしながら、自慢の盾と槍を構える。


 その瞬間。西明寺は残像を残してシュッと消えた。


 ネモロスには、かろうじて右に飛んだのが見えた。咄嗟に盾を構える。



ギイーーーーーン!



 西明寺が持つ妖刀『釈迦牟尼仏しゃかむにぶつ』は、ネモロスの盾に食い込み、剣撃の勢いは止まったが、盾もポロリと二つに割れた。


「くっ! この化け物が!」


 ネモロスも決して弱いわけではなく、5年前は数秒で一刀両断された苦い思い出があるが、そこから修行を積んでキングリザードに進化した努力の意地があった。


「野郎ぶっ殺してやらーーー!!!」


 ネモロスは槍に雷を纏わせて西明寺に斬り掛かる。西明寺は顔色ひとつ変えずに妖刀でそれをいなすと、ボソリと呟いた。


「5年前と違うのは、ワシもじゃよ」


 風貌に見合わない老人の口調で語る西明寺は、その口をニヤリと吊り上げた。


 すると、ネモロスは下半身に力が入らない事に気付いた。そして、気付いた時には既に遅く、ネモロスの上半身は、下半身からズルリとずり落ちて、重力に従って地面へと落下して行った。


「くっ……リカルド……さま……。スケロ……今行く……」


 その直後、野営地に配置されていたネモロスの部下たちが西明寺を囲み、一斉に斬り掛かる。


「うらーーー!!!」

「舐めんな人間ーーー!!!」


 西明寺は素早く妖刀を鞘に収めると、居合の構えから激しく怒鳴った。


おん! 阿毘羅吽欠娑婆呵あびらうんけんそわか! 無空斬!」


 その表情はまるで鬼であり、西明寺の周囲は目にも止まらぬ剣撃の嵐となった。


 飛び掛かったネモロスの部下達は、皆、バラバラになって地面に散った。


「さてさて、ピノー、もういいぞーい」


 すると、15番出口から巨大なリュックを背負った小さな女の子がヒョコヒョコ出てきた。


 彼女はドワーフのピノ。この世界の勇者パーティーでは珍しい『道具屋』のジョブで、勇者西明寺に同行している。


「お師匠、怪我はありませんか?」

「ああ、問題ない。先を急ぐぞい」


 彼らが目指すのはロザリカ。西明寺の狙いはアルテナだった。


 5年前、トレントの実を持ち帰るというクエストで、初のグレートウォールダンジョン越えを果たした西明寺は、勢いに任せてロザリカを襲った。


 そこに待ち構えていたのがアルテナだ。


 アルテナの戦闘力は凄まじかった。魔導士や剣士などを連れた多人数パーティーだったが、西明寺以外のメンバーは皆、10秒も経たない内に灰になった。


 転生時に与えられた妖刀『釈迦牟尼仏』を持つ西明寺は、斬っても斬っても手ごたえがない不死鳥を相手に粘り強く善戦し、3時間に及ぶ激闘の末、右腕を失い逃亡した。


 命からがら逃げ帰った西明寺は、治癒師に右腕を治してもらうと、ひたすら焚き火の炎を斬るという修行を始めた。


 そして現在。


 西明寺はスキル『無常むじょう炎滅えんめつ』を習得し、黙々と荒野を進む。宿敵アルテナに一矢報いるため。




***



――魔族領、中央区。サステナ。



「ふいー、やっと着いた」


 玲奈たち一行は、サステナに住まう区長『ドルバン』の屋敷に到着した。


 サステナの街は、中央に魔鉱炉がある点で魔王城と同じ造りだが、全体的にサイズダウンしたようなスケールだった。

 衣服の生産が盛んで、ここで作られた洋服は、東西南北の至る所へ出荷されていく。


「お初にお目に掛かります姫様。サステナ代表のドルバンと申します。ようこそおいで下さいました。皆、心待ちにしておりました」


 オークメイジのドルバンは、玲奈が転生した事を知らされていなかった。彼は、丸いフォルムの頭と体には少し似合わないカッコいいスタイルのコートをなびかせ、玲奈を食堂へと案内する。


 食堂は質素且つ清潔感のある小部屋で、6人掛けのダイニングテーブルに、アーヴァインの肖像画や高そうな花瓶などが置かれたドルバン自慢の部屋たった。


「良い感じの部屋だねー。ドルバンも晩御飯まだなんでしょ? 一緒に食べようよ」

「はっ。では失礼致します」


 全員席に着くと、次々と料理が運ばれてきた。玲奈はこの土地の食事にも慣れた頃だったが、魔王城の食事との決定的な違いを発見した。


 それは魔石のスープが出てこないところと、野菜やキノコを使った料理が出てきたところだ。


「ん!? 野菜!?」


 玲奈の隣に座るサリサは、玲奈の予想通りのリアクションに、彼女が1番知りたいであろう野菜の名前から説明を始めた。


「これはタルモットという根野菜と――」

「ふんふん! 根っこ! 黄色い根っこだねこれ! それからそれから!?」

「……ゴホン。コッタナという種類の芋」

「イモ! お芋! 他の種類も気になる! そんでそんで!? このキノコは!?」

「ナルニ茸でございます。これらを使ったシチューになりますね」

「おほー! 早く食いてー! もういい!? 食べていい!?」


 テンション爆上がりの姫様に、皆、呆然としながら食事を始めた。


 玲奈は一口大に乱切りされたタルモットをスプーンで掬い上げると、ふるふると震えながら口に運んだ。


「はむ」


 それは正にニンジンだった。久しぶりの野菜に感動する玲奈は、ひとつの重大な事に気付く。


「むむむ。美味しい……けど硬いね。あと臭みが前面に出ちゃってて甘みがない。これ子どもに食べさせたら一気に野菜嫌いに育つよ」


 このコメントに神妙な顔で答えたのはドルバンだった。


「昔から野菜は健康に良いと言われており、私の街では積極的に野菜を取り入れておりました。ですが、近年、子どもたちの間で野菜は臭い、まずいなど、嫌われる傾向にあります」


 玲奈は、ジャガイモっぽいコッタナをもぐもぐしながら答える。


「まずさ、料理の仕方で劇的に変わると思う。あとは育て方かなー。これどこで育ててんの?」

「これは……東海から攻めてきたリンデロン海王国の船に積んであった食糧です」

「リンデロン……いつも食糧を持ってきてくれる……超便利。ウチに来る勇者も……高級なポーションとか持って来て……使わずに死ぬ……まじウケる」


 ナルニ茸をもぐもぐしながら説明するアルテナを見て、玲奈はこれらが全て戦利品なのだと察した。


 リンデロン海王国はグレートウォールダンジョンを回避して、東海から魔族領に侵入を試みる海軍国家である。


 しかし、6番隊『東海殲滅組』の戦闘力は桁違いであり、毎回、クラーケンや海竜などにやられて、文字通り殲滅されている。


「なるほどねー。ねーねー、タルロットとコッタナ、少し分けてくれない?」

「承知致しました」



ダンダンダン!



 突然、かなり強めに、且つ素早く扉を叩く音と、伝令の大きな声が部屋に響いた。


「緊急通達! アルテナ様に伝令! 妖刀サイメイジが北上中につき、至急ロザリカへ帰還されたし!」


 アルテナの目つきが変わる。


「サイメイジ…………誰……」


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