第7話 本音

 歓迎会は厳かに執り行われ、無難な運びとなっていた。


 ステージには横長のテーブルが配置され、中央にアーヴァイン、向かって右側にセシリア、左側に玲奈が着席し、各魔将は丸テーブルで食事を取っている。


 玲奈は周囲の皆がエヴィを恐れていることを踏まえて、自分から飲み物を注ぎに行くことを決意した。


 日本人の宴会と言えば『お酌』である。玲奈はステージを降りると、使用人からジュースとお酒の瓶を奪い取り、ズンズンとリカルドの席へと歩を進めた。


 てっきりトイレにでも行くのかと思ったサリサは、玲奈の非常識な行動を予測できなかった。

 止めに入ろうとした時には、玲奈は既にリカルドの目の前に仁王立ちしていたのである。


 リカルドは冷静だった。元々、エヴィのお仕置きを受けた事のない彼は、それほどエヴィを恐れておらず、9才の可愛らしい女の子ぐらいに思っていたのだ。


「姫様、それは使用人が持つものです。喉が渇いたのなら使用人に――」

「お酒とジュース、どっち飲んでんの?」


 玲奈はお酒の瓶とジュースの瓶を交互に前に突き出し、リカルドに突きつける。


「……お酒を」


 リカルドは玲奈が姫にあるまじき使用人の真似をしているのを静観した。

 アーヴァインとセシリアも、ステージからその様子を見ていて、彼女なりに親睦を深めようとしていることは理解できたので、特に止めなかった。


「あたしの国ではさ、こうやって挨拶に回るんだ。玲奈です。宜しくお願いしますって」

「僕は……これを飲めば良いのですか?」

「うん。ぐいっと」


 リカルドが金のカップの酒を飲み干すと、玲奈は嬉しそうに笑って、またお酌をしながらこう続けた。


「ねーねー、リカルドは角とか生えてないけど、何族なの?」

「僕は魔神族です」


 玲奈にはと聞こえていたので、の希少さは伝わっていなかった。


 現在、魔族領には2人の魔神がいる。セシリアとリカルドだ。2人は血は繋がっていないが、グロノア=フィルの歴史が始まった当初から存在する太古の一族のひとつである。


 魔族は総じて寿命が長い。不死鳥のアルテナも、アーヴァインとの勝負に負けて魔族の一員となるまでは、神獣として崇められていた。


「やっほー、セネリオはお酒とジュースどっち飲んでんの?」

「…………。ジュースは姫様とエピテ以外飲みません」

「そうなんだ。んー、あれー? カップがいっぱいでお酒が注げないなー。瓶を持つ手が疲れてきたなー」


 やられたらウザい上司の飲み会行動トップ10に入るであろうパワハラを披露すると、セネリオは無言で酒を飲み干した。


「んふふー。ハイ、飲んで?」


 すかさずお酌し、セネリオに飲ませる。玲奈は直感的にセネリオが酒に弱い事を察していた。これは一応社長として世間を渡り歩いてきた玲奈の洞察力であり、酒に強い玲奈にとって、親睦を深めるテクニックの一つなのだ。


「…………。も、もう結構で――」

「ねーねー、そこの人、ちょっとカップと椅子持ってきてー」


 トクトクとセネリオに酒を注ぎながら、使用人に自分用のカップと椅子を要求する。


「セネリオは何族なん?」

「私は……エンシェントうぷっ……デーモンです」

「エンシェントウプッデーモンね。あ、椅子とカップありがとう。さーて、あたしも飲むからセネリオも飲んで?」



――30分後。



「だーかーらー! お前は元人間のクセに何エラソーに姫様やってんだよっ! うぃっぐ」

「知るかよ! あたしだって好きでこんな幼女になったわけじゃねーよ! オラもっと飲めよ!」

「も、もう飲めないれす……ぐびっ、ぐびっ」


 他のテーブルでは冷静沈着な参謀セネリオが見事に酔わされ、見たこともない醜態を晒している事に、爆笑する者、見て見ぬフリをする者などがいたが、止めに入る者はいなかった。

 なぜなら、セネリオの本能が、皆が聞きたい事を聞いてくれるのだ。それに対して玲奈も酔っ払って大声で本音を返す。


 皆、このやり取りに興味津々だった。


「大体な! お前の農業とやらは何が凄いんだよ! たかが農業だろうがっ!」

「おま――! ふっざけんなよ!? 農業バカにすんじゃねーぞ!? 見てろよお前! この赤い大地を緑豊かにしてやっかんな!? この茶色に満ちた食卓を色鮮やかな野菜で彩ってやるから見とけコンチキショー!」


 色鮮やか。この言葉は、思いのほかアーヴァインやセシリア、魔将達の心に響いた。

 冬は何もかも暗い色と化し、陽が昇っても赤茶色に焼けるような褐色。魔族たちにとって緑や黄色といったパステルカラーは、どこか他人事のような諦めの色彩だったのだ。


「ついでに魔族領の特産品を野菜にして他国に売りつけてやる! 大金払ってでも買いたくなる野菜を作ってやるよ!」


 これを聞いて立ち上がったのはアーヴァインだった。


「そこまでだ。レナ、酔ったフリでセネリオをダシにするのはやめてもらおうか」

「あり……バレてた? でもちょっと酔ってるよ? うひひ」

「魔王しゃま……もう……飲めましぇん……くかー」


 セネリオは三つの目をグルグルにして寝てしまった。他の魔将達は、参謀のセネリオを手玉に取った玲奈の手口に感心した者や、汚いやり方だと批判する者もいたが、玲奈の本音を聞いて、少しは見どころのある人間だと見直す者もいた。


 その後も玲奈の各テーブル訪問は続き、アルテナとのお通夜のようなヒソヒソ話や、ゴルドとの飲み比べ、ホークとの腕相撲などを経て、レヴィンの元へやってきた。


「レヴィンはろはろー。お酒でいい?」

「いえ、今日はジュースを飲んでおります」

「ほー、わかった」


 レヴィンはこの城の防衛隊長である。少しぐらい飲んでも酔うことはないが、玲奈を観察するという点で酒は控えていた。


 レヴィンは鬼人族である。元々は5番隊『鬼人組』の一員として、ゴルドの下で働いていた。


 そんなレヴィンにとって、ゴルドを飲み負かした玲奈は、各テーブルでの社交的なコミュニケーション能力も含めて、ただ者ではないという見方に変わって行った。


「ねーねー、レヴィンの銃って他の皆んなも持ってんの?」

「いえ、あれは私の自作です。私以外の者は扱えません」

「他の国は? 銃社会とかあるの?」

「ありません。大砲はありますが、手で持てるように改造したのは私だけです」

「おおー! 凄いね! レヴィンは文明の一歩先を行ってるよ」


 魔銃はレヴィンの故郷、鬼人族の里で鍛冶屋を営んでいた頃に作ったオリジナル武器だった。

 この魔銃で何組もの勇者パーティーを壊滅させたことから、勇者達からは『魔銃を見たら一目散に逃げろ』とまで言われている。

 『魔銃のレヴィン』それが彼の二つ名であり、誇りだった。


「姫様の故郷では、銃は身近だったのですか?」

「あたしの国では一部の人だけが持てる特権だった。外国ではねー、造りに造ったよ。片手で持てるヤツから何百発も撃てるヤツまで」


 レヴィンは『片手で持てる』というアイディアを、技術的に造れないと判断して諦めた過去を思い出していた。

 レヴィンの魔銃にはライフリングがないのだ。弾丸を軸方向に回転させるという思想がない。

 従って、地球における火縄銃やマスケット銃と同じように、銃身を長くして命中精度を上げている。


「片手で持てるような短い銃でも、弾は真っ直ぐ飛ぶのですか?」

「え、飛ぶと思うよ? 詳しくは知らんけど。んー、レヴィンのタマ見して? いや、下のタマじゃないからね? 魔銃の弾よ?」


 レヴィンは下品な物を見る目になりながら、弾丸を数個取り出した。

 それはレヴィンが精度良く鋳造し、極力丸くなるように磨いた鉄の球体だった。


「あ、これ古い。あたしの世界ではね、もっと細長いの。んで先端が尖ってる。材質もこんなに硬くなくて、爪で傷が付くような柔らかい金属だよ」


(細長い? だと? 確かに先端を尖らせれば殺傷力は上がるだろう。だが、それをどう真っ直ぐ飛ばすのだ? 柔らかい金属……)


「あ、映画で見たけどクルクル回転してたわ」

「!! 軸回転かっ! いや、しかしどうやって……」


 近い将来、魔銃が進化する。そこに大量生産の技術が加わった時、グロノア=フィルの軍事力バランスは、一気に魔族側に傾く事になる未来を、この時の2人はまだ知らなかった。


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