第5話 飛翔
パーパラッパッパッパ! パッラッパーパ!
パーパラッパッパッパッパーーー!
「ふえ!? 何事!?」
突然のファンファーレに飛び起きた玲奈は、丁寧にカーテンを開けるティセと、朝の着替えを用意するサリサに気付いた。
「おはようございます! 姫様!」
ティセの笑顔は寝起きには気持ちよく、玲奈は昨日の出来事が夢ではなかったのだということを確信した。
「ああ、おはよう」
「おはようございます。姫様。本日のお召し物でございます」
サリサは水色のドレスと、黄緑のドレスを首のないマネキンに着せて、玲奈にどちらが良いか尋ねた。きっといつもこうしているのだろう。
「あーーー、んとーーー、水色で。準備してくれてありがとう」
「…………。いえ、当然のことでございます」
「つーか、さっきのラッパは何?」
「朝を知らせる合図でございます」
「ほえー、いま何時?」
「ナンジ……とは何でしょうか」
グロノア=フィルには時計がなかった。正確には大陸中央のカルディナン帝国において日時計が設置されているが、魔族領は北極圏にあるため、日時計が役に立たない。
1日は24時間で地球と同じである。魔族領では地球で言うところの6時を朝とし、12時を昼、18時を夜と定めている。彼らは動物的な感覚でこれらの時刻を体感しており、自然と朝昼晩が判断できる体内時計を持っているのだ。
この事実を知った玲奈は、自分には体内時計がないことを説明し、朝起きる時と、食事時を知らせてもらえるようにサリサに頼んだ。
「よくお似合いです! 姫様!」
「ありがとう〜。ティセのメイド服も似合ってるよ」
「うふふ、ありがとうございます!」
玲奈が着替えを終えたのを確認したサリサは、今日のスケジュールを呪文のように唱え始めた。
「朝食後、大会議室にて姫様の異変を情報共有する集会が開かれます。参加者は魔王様、セシリア様、13魔将と私です。
その後、皆で昼食会――これは披露宴会場にて歓迎会として催されます。
昼食が済み次第、ロザリカへ向かいます。同行者は私、レヴィン、それからアルテナというロザリカの防衛隊長です。
本日はロザリカへ向かう道中のサステナという街で1泊致します」
「了解。ロザリカまではどれぐらい掛かるの?」
「2日です。サステナが丁度中間地点ですので、明日の夜までには着きます」
「馬車とか?」
「いえ、普通に飛んで行きます」
そういや翼生えてたー! と玲奈は心の中でツッコむと同時に、練習しなければ! と強くサリサに訴えるのだった。
「では、朝食まで時間がありますので、少し庭で練習しましょう」
「お願いします。切に」
――魔王城。中庭。
中庭と呼ぶには広すぎる庭園が広がっていた。玲奈は転生後、初めて外に出た開放感を味わっていたが、周囲の明るさから、まだ早朝のような薄暗さを感じていた。
そして肌に突き刺さる寒さから、真冬であると考えた。しかし、真冬にしては日の出が早く、頭が混乱する。
「さっぶ! 今って冬? 何月とかあるの?」
「今は6月。春の終わりの時期です」
「いや初夏の気温じゃないが……」
「姫様は内陸のご出身ですか?」
「まあ内陸っちゃ内陸か。海なかったし」
「ここは北の果てです。今の時期は陽が沈むのは日付が変わる少し前。陽が昇るのは皆、寝静まった深夜になります」
「え、まじか。ひょっとして夏は白夜?」
「はい。そして冬は陽が昇ることはございません」
温度計がないので何度かわからないが、玲奈の体感では氷点下の寒さだった。
しかし、エヴェルディーテの身体は、不思議と体内から熱が生じていて、腰や首元など、要所要所ではポカポカとした暖かい温もりが感じられた。
魔族たちは長い年月を掛けて、この極寒の土地に適応しており、室内は魔石による暖房で温めているが、仮に野宿をしたとしても、凍死しない程度の身体機能が備わっているのである。
「なるほどねー。でもこれ農業には致命的だな……」
「内陸で採れるような作物は育ちません」
「えーやだー。ん? 内陸には作物があるの!?」
「ございます。サビワナ連邦共和国では農業が盛んです」
「行きたい!」
「では、まず飛ぶ練習をしましょう」
俄然やる気になった玲奈は、まず、現在の人型における背中の翼は、飾りであることを教わった。飛ぶ時は魔法を使うとのこと。
そして、ほとんどの魔族は竜化や獣化、悪魔化や鬼化といった、所謂本気モードを備えていて、玲奈も本気を出せば大きな竜になれるとのことだった。
しかし、その本気モードは気性が荒くなる事が知られており、アーヴァインは余程のことがない限り、魔獣化や鬼化は控えるよう徹底している。
アーヴァインの理想は理性的な国家だった。長い歴史の中で、野生的な生き方をしていた時代もあったが、それは現在の魔王の望むところではなかったのだ。
「まず、おへその辺りに魔力を集中させます。最初は手を当てて温めるようにするのが良いでしょう」
「ふむふむ」
玲奈はお腹を両手で温めると、血の巡りとは別の何かが手を通してお腹に集まってくる感覚を得た。
「そうしましたら――!?」
次の説明をしようとしたサリサを尻目に、玲奈はフワフワと50センチ程度浮いていた。
(無詠唱!? まだ呪文構築の説明もしてないのに……!)
「…………。姫様ご本人の記憶? でしょうか」
「いや、飛びたいって念じたら浮いた。あはは」
「まあ、話が早くて助かります。次は私と一緒に上空まで飛んでみましょう。但し、ゆっくりとです」
「了解」
玲奈は徐々に高度を上げていった。
中庭の吹き抜けを越えて魔王城を一望すると、中心に巨大な炉のようなものが設置され、その周囲を囲むように城が築き上げられていることに驚かされた。
「そっか。暖房か」
「はい。魔鉱炉です。魔石を燃焼させ、その熱を周囲に伝えています」
全体的に黒く、尖ったデザインの魔王城の更に外側には、円を描くようにドーナツ形状の城下町が広がっていた。
外側に行くほど建物の密度は低くなり、1番外側には立派な城壁が築かれている。
城壁の外は見渡す限りの荒野が広がっていたが、低い太陽に照らされた赤い大地は、玲奈の目には美しい光景に見えた。
「ホントに何もないんだ」
「よく見れば所々毒沼があったり、モンスターが徘徊してたりするんですけどね」
「モンスターは魔族じゃないの?」
「違います。彼らはこの大地から自然発生する、言わば食糧です。勇者の行く手を阻む防衛網でもありますので、我々にとっては益獣です」
土地は沢山余っている。それが農業最優先の玲奈の見解だった。
問題は土だ。
農作物を育てるだけの養分が、この地にあるのか知りたかった。
「ちょっと城壁の外に降りてみてもいい?」
「では南門の近くにしましょう」
フワフワと慣れない体勢で飛ぶ玲奈は、サリサの指導のもと、無事南門へ辿り着いた。
「げえ! ひ!? 姫様!?」
「ぶふぉっ! なんで!?」
南門を警備する門番のケイヒムとブラヒムは、初めて訪れた『姫様』に恐れうろたえた。エヴェルディーテのワガママ振りと、厳しいお仕置きの噂は聞いていたのだ。
「よっ。ちょっとお邪魔するよ」
「ケイヒム、ブラヒム、カイガトスの接近を許すな。姫様に指一本触れさせるなよ?」
「「はっ、はい!」」
南門周辺はカイガトスという牛のようなモンスターの生息地だ。ケイヒムとブラヒムは、時々、門に接近するカイガトスを仕留め、食料として備蓄する役割も担っていた。
門周辺の土地を観察する玲奈は、ある事に気付いた。
「ふーん、雑草みたいなのが生えてるところもあるんだ。カイガトスはこれ食べてんのかな」
「左様です。彼らは自然発生しますが、繁殖もします」
「うんちもするよね?」
「…………。しますね」
いけるかもしれない。あとは土の硬さと水はけだ。
「ケイヒム、その槍、借りてもいい?」
「はっ!」
「これって高級品? 土掘ってもいいかな?」
「はっ! 軍の支給品であります! 問題ありません!」
玲奈は身の丈の倍はありそうな槍を振り上げると、力を加減して地面に突き立てた。
ザクッ!
槍は10センチほど地面に刺さり、そこからグリグリと土を掘り返す。
「いける! この硬さなら畑になる! ケイヒム、この辺りって水たまりはできる?」
「はっ! 東門では見かけますが、この辺りでは見かけません!」
耕せば畑にはなる。玲奈は嬉しかった。だがしかし、この気温をどうしかしなければならない。
「ハウスだな。なんとかしてビニールハウス……ビニールは無理かなぁ……ガラスハウス?」
当面の目標が見えてきたところで、玲奈はブツブツ独り言を言いながら、サリサに連れられて朝食に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます