第4話 晩餐

 アーヴァインは玲奈の正体がわかったところで、無礼な態度については今はお咎めなしという事とし、改めて玲奈に食事を勧めた。


「お前の素性はこれから調査するとして、まずは食事だ。魂は別人でも体は大事な娘だ。健康を損ねるような真似をしたら許さん。覚悟しておけ」


 玲奈はこの体がある限り、ぞんざいな待遇にはならないと踏んだ。


「オホホ。覚悟しておきますわウフフ」

「その気持ち悪い話し方もやめろ。多少の無礼も目を瞑る。食事を取れ」


 すると、事態を静観していたセシリアが重い口を開いた。


「アーヴ、エヴィは何処へ行ってしまったの?」


 言い終えると同時に、彼女の大きな目から大粒の涙がポタリ、ポタリと次々に頬を伝った。

 それを見るやアーヴァインは、席を立って彼女を抱きしめ、力強く誓った。


「必ず取り戻す」


 玲奈から見ると、彼らはまるで年下の新婚夫婦だった。自分は子を授かった事はないが、親が子を想う気持ちは理解している。

 玲奈は、そっとテーブルを回り込んで、抱きしめ合う2人に、ぎゅっと寄り添った。


「約束する。必ず返すよ」



グギューーー



 感動の1シーンは玲奈の腹の音によりブチ壊しとなった。



***



「いただきます!」


 何の肉かわからないが、ステーキも串焼きも柔らかく、香辛料の良い香りが鼻腔を通り抜けた。


「あ! うっま! これも旨い!」


 食べながら話をする行儀の悪さに頭を抱えたのはサリサだった。

 サリサは、おそらく自分が世話係になるであろう事を確信していて、エヴィのワガママにも悩まされたが、このおてんばにも苦労させられるであろうことを悟った。


「さてー、魔石に挑戦してみっかな」


 アーヴァインは何か言いたげなセシリアに目配せをして、敢えて何も言わないように口の前に人差し指を添えた。


 玲奈はそれに気付かず、スプーンで魔石のカケラを掬い上げては口に運ぶ。


 カコッ、カコッと口の中で魔石を転がす玲奈は、部屋の中の皆から『行儀が悪い』と熱い視線を集めたのだった。


「え……甘い。飴みたいだ。溶けてる」


 と、次の瞬間。


ゴリッ


「かった! かてー! なんつー硬さだ!」

「ふふっ」

「ウフフフ。嫌だわ。エヴィが初めて魔石を食べた時と同じね」

「なるほど。やはりこの世界の者ではないという事か。レナよ、魔石は溶かして味わうものだ。それを噛み砕ける者など、私は1人しか知らん」


 魔石の驚くべき硬さに、もう一度噛み砕くべく挑戦する玲奈だったが、変な顔で変な声が出るばかりで、魔石はビクともしなかった。


 しかし、その様子をセシリアが声を出して笑った事で、周囲に控えた従者達からも、自然と笑い声が溢れた。


 アーヴァインは、声を出す事はなかったが、玲奈が悪い人間ではないと思える程度には、肩の力が抜けて、フッと目尻を下げるのだった。



――食事を終えて。



 テーブルには食後の飲み物が配膳されようとしていた。執事やメイド達が金色の杯を各席に置いて行く。

 そこに注がれたのは、オレンジ色の液体だった。ほのかに甘い匂いが玲奈の鼻腔を刺激する。


「ほうほう。これは何のジュース? お酒?」

「お前のはジュースだ。トレントの実を搾ったものだ」

「ブフッ! トレントって……あの人面樹!?」

「ジンメン……はよくわからんが、我が領土の特産品だ。主に南部で栽培されている」

「!! 栽培! 農業してるってことだよね!?」


 玲奈はトレントのジュースを一気に飲み干した。


「グビッ、グビッ! プハッ! 美味い! メロンジュースみたい!」


 玲奈にとって、例えそれがトレントという魔物であっても、人工的に栽培されている事実が何より嬉しかった。

 この世界にも農業はあるのだ。樹木なら果樹園だろう。きっと甘く、大きく実らせるノウハウや、害虫対策、受粉や収穫のタイミングなど、自分もやりたい事が沢山あるに違いないと、玲奈は転生後で1番興奮していた。


「アーヴァイン! お願い! あたしにも農業やらせて!?」


 魔王を呼び捨てにした事がレヴィンの逆鱗に触れた。レヴィンは異空間からマスケット銃のような長い鉄砲を取り出すと、静かに玲奈の後頭部に銃口を当てて呟いた。


「貴様。無礼にも程がある。魔王様と呼べ。俺は姫様のお身体であっても容赦はしない」

「おいおい、姫様の頭吹っ飛んじゃうぞ?」

「ふん、姫様のお身体はそんなにヤワではない。俺の魔銃程度では打撲が良いところだ。それでも貴様を痛い目に遭わせるぐらいはできる」


 誤算だった。てっきり、か弱いお姫様だと思っていた玲奈は、この身体を人質のように盾にできると踏んでいたのだが、文字通り盾のような強度だった為、相手は容赦なくぶっ放してくるのだ。


「レヴィン。気持ちはわかるが銃を下ろせ」

「はっ。申し訳ございません」


 この瞬間、玲奈はニタァ〜っと笑った。


「うへへへ、やーいやーい、おーこーらーれーたー」

「ぐっ! 貴様!」

「レヴィン、お前にレナを連れてロザリカの視察に赴く任務を命じる。サリサも同行しろ」


 ロザリカはトレント栽培を行う農村だ。主にゴブリンやオークがトレントの世話をし、特産品を産み出す重要拠点である。


 土地が南部にあることから、グレートウォールダンジョンに近く、ダンジョンを越えた勇者達に狙われやすい。


 従って、この拠点を守るのは13魔将の1人『アルテナ』である。種族は――不死鳥。


「ありがとう。アーヴァイン」

「勘違いするな。部下の為だ。お前の為ではない」

(ほうほう。いずれデレる日が来るということですね。わかります)


 アーヴァインのツンデレ属性が明らかになったところで、夕飯はお開きとなった。


 玲奈が部屋を退室しようとした時、セシリアがそっと近付き小さな声でささやく。


「困ったら何でも言いなさい? レヴィンもああ見えて敵意があるかどうかはお見通しなの。私たちは敵意のないものには寛容よ。ウフフ、これからも宜しくね」


 玲奈は嬉しかった。魔族と聞いて、極悪非道を想像していたのだが、蓋を開けてみれば、そこには日本人と何ら変わらない優しい家族がいたのだ。


 玲奈にとって、会社の仲間たちは家族だった。彼らと離れ離れになってしまった事と、セシリアの優しさに、ホロリと涙が溢れた。


「うん。ありがとう」


 

***



 部屋に戻ると、ティセが入浴の準備をして待っていた。


「ひひひ姫様! ごごごご入浴の準備がっ!」


 あまりの緊張ぶりに笑いが込み上げてきた玲奈は、普通に接して欲しいと切に願った。

 そこで目を付けたのが、綺麗に畳まれた着替えと、浴場まで履いて行くスリッパだ。


「うんうん。服、綺麗に畳まれてて見栄えがいいね。それと、スリッパもすぐに履き替えられる位置に置いてあって気持ちがいいよ」


 エヴェルディーテのにこやかな笑顔など見たことのないティセは、呆気に取られて腰が抜けてしまった。まして、褒められたことなどないのだ。


「へ……姫様?」

「うーん、すぐに知らせが来ると思うけど、今後、あたしのことはレナって呼んで? 様とかいらないから」


 すると、サリサが真剣な表情で忠告する。


「姫様、その辺りは魔王様のご意向と13魔将の会議で話し合います。取り扱いが確定するまでは『姫様』です。ティセの教育の為にも毅然とした態度を心掛けて下さいますようお願い申し上げます」


「ふむ。なるほどね。じゃあティセ、そのオドオドした態度をなんとかしよう。あたしは爆弾じゃないんだから、腫れ物に触るような態度は逆に傷つくよ?」

「は……はい」


 床にへたり込んだまま呆然とするティセに手を差し伸べると、ティセはそっと手を握って立ち上がった。


「よし! じゃあ笑って? にしし」


 微笑み返しは本能である。玲奈には40年という人生で学んだことが沢山あった。そのうちの一つがこれだ。笑顔は人に伝わり、輪を広げるのだということを、玲奈は知ってた。


「はいっ!」


 ティセの笑顔は純真だった。元が美少女なだけに、オドオドしていた時の困り顔とは違って、玲奈には快晴のような気持ちのいい表情に見えていた。




 こうして、生まれ変わった姫様の最初の夜は更けていき、お姫様ベッドに寝かされた玲奈は、窓の外がまだ明るいことに疑問を抱きながらも、転生前の日々の疲れと、ふかふかのベッドの寝心地で、深く、深く眠りに就くのだった。

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