第3話 正体

「あた……わたくし、生き方を変えることにしましたの」

「やり直し。なんですか、最初の『あた』は。それに、姫様はそんなにヘラヘラしません」

「むう……わかったよう。演技なんてしたことないからさーぶつぶつ」

「ぶつぶつ言わない」


 エヴェルディーテの部屋では、サリサと玲奈の2人っきりで、今晩の食事における偽装工作の特訓が行われていた。


 サリサの筋書きでは、まず玲奈にはエヴェルディーテ本人になりきって、従者に対して今まで厳しくしてきた接し方を変える宣言をしてもらう。

 生き方を変える。こう宣言することで、エヴェルディーテが突然お仕置きをやめる事を自然にアピールできると考えたのだ。


「わたくし、生き方を変える事にしましたの」

「今のは上出来です。もう一度」

「ねーねー、魔王ってどんな人?」

「……厳しくも優しい、本当に困った時には手を差し伸べて下さる、偉大なお方です」


 玲奈はこの作戦に反対だった。根が正直なので、必ずボロが出ると考えたからだ。

 サリサの言う通り、魔王が人徳のある偉大な人なら、洗いざらい白状してしまった方が、あとでバレるより被害は少ないと思った。


「やっぱさー、正直に言うべきなんじゃない?」

「……あなたは生涯軟禁され、寿命を迎えるまでの1000年という長い年月を孤独に過ごした方が良いと言うのですか?」

「いや、それは良くないけどさ……元に戻す方法とかお互い話し合って解決する方法もあるじゃん?」

「元に戻す……あなたは死ぬ事になりますが」


 玲奈にとって、それが自然だと思った。会社の仲間達や、桜との別れは辛く悲しいが、魔王がエヴェルディーテを失ったと知った時、それもまた同じぐらいか、それ以上の悲しみがあるのだ。


 魔族は自然に子が生まれると言うことが滅多にない種族だそうだ。新たに仲間を迎える時は魔石の力により召喚を行い、種族はランダムで選出される。


 エヴェルディーテは、魔王アーヴァインが500年の年月を掛けてようやく授かった、希少な古代竜人族の末裔なのだ。


 玲奈は、その話を聞いた時、エヴェルディーテを返してあげなければならないと感じた。

 または、自分がエヴェルディーテになりきることで、アーヴァインやセシリアを悲しませないようにするか、自信はないが、そういった選択肢もあるかもしれないと思っている。


「そりゃ生きていたいけど、アーヴァインとかセシリアとかを不幸にしてまで、まして騙して生きていくのは……ちょっとやだなーと思って……」


 この時、玲奈の目には、サリサが少し俯き、数秒黙って彼女なりに思いを巡らせている様子が映った。

 玲奈から見たサリサは、ザ・パーフェクトメイドであり、隙のない所作や、時折見せる鋭い眼光は、幾重もの修羅場を潜り抜けてきた敏腕という印象だ。


 そんな彼女はこう答える。


「…………。お父様、お母様です。やり直し」


 こうして、玲奈とサリサの特訓は夕飯の時刻直前まで行われ、ついに魔王と対面する時がやってくる。



***



 食堂では、20人は座れそうな長いテーブルに、魔王アーヴァインとセシリアが腰掛けて食事と娘を待っていた。

 これはいつもの光景であり、エヴェルディーテが最後に着席したところで料理が運ばれてくる段取りである。


 壁沿いには様々な種族の執事やメイド、護衛の兵士が見守っており、そこには13魔将の1人である『レヴィン』も含まれていた。

 レヴィンは13魔将の中では最も若く、サリサの後継者として指名された新参である。


「エヴェルディーテ様をお連れしました」


 サリサは食堂の扉を開くと、アーヴァインの向かいの席に玲奈を案内した。


(やっべ緊張するー! みんな見てるー。大丈夫。大丈夫。練習通りに。まずは無言で着席する。挨拶はいらない)


 玲奈はサリサが引いた椅子の前に立ち、初めて魔王アーヴァインの姿を目にした。

 その姿は一文字で表せば『凛』である。周囲を威圧するわけでもなく、それでいて抗いがたいオーラを発しており、美しい曲線を描く逞しい2本の角と、黒目に金の瞳が、ことさら王の威厳を醸し出しているのだ。


 思ったよりも若く見える。それが玲奈の第一印象だった。サリサの話によれば、年齢は730歳とのこと。


(ひゃー、イケメン過ぎる! 隣のセシリアお母様も若いし綺麗だし……あれ? 角は無いんだ。金髪と緑の瞳はお母様の遺伝だね)


 玲奈が着席すると、料理が運ばれてきた。料理人と思しき複数の男性がワゴンを押して、それぞれの席へ配膳する。


 玲奈はこの食事を楽しみにしていた。異世界の料理には、どんな野菜が食材として使われているのか興味津々だったのだ。


 しかし、玲奈の期待とは裏腹に、配膳された皿に盛られていたのは、肉、肉、肉、そして肉だった。


(おーまいがー……お野菜がないやん……)


 何かの丸焼きに、何かのステーキ、何かの串焼きに何かの照り焼き。




 そして1番驚いたのは――



 魔石のスープだった。




(え!? 宝石みたいなの入ってっぺよ! なにこのキラキラしたの!? これ食うの!?)


 一口大に砕いてはあるが、紛れもなく魔石であり、スープの色に浸ってはいるものの、鮮やかな黄色が煌びやかに存在感を主張していた。


「では、いただこう」


(ウホッ! 魔王さま声もイケメン! おっといけない。ここで1発かますんだった)


「お父様、お母様。お食事の前にお話がございますの」


 玲奈の演技は魔王にどう映ったか不明だが、アーヴァインとセシリアはフォークを取ろうとした手を引っ込めて、姿勢を正した。


「何だ? 言ってみなさい」


「わたくし、生き方を変える事にしましたの」


 少し張り気味の声は、部屋の従者達に聞こえるように、わざと通る声としたことが皆に伝わった。


「ほう。何をどう変えるのだ?」


(ここからは完全にアドリブ……えーい! ままよ!)


「もう叱るのは疲れましたの。ちっとも改善しないのですわ。これからは褒めて伸ばす方針でメイド達を教育します」

「まあ! それはいい考えね!」


 おっとり声で賛同したのはセシリアだった。一方、アーヴァインは「ふむ」と何か考えた後、こう語った。


「お前はまず『叱る』と『怒る』の違いを知るべきだったと思うのだがな――」


 その瞬間! サリサが血相を変えてアーヴァインの後ろに跪き、こう叫んだ。


「魔王様! 申し訳ございません! この責任は全て私にございます! この者に罪はございません!」


 突然のサリサの言動に1番驚いたのは玲奈だった。そして、従者達の中には、何が起きたかわからない者と、アーヴァインがエヴェルディーテを『お前』呼ばわりした事に違和感を覚えた者とが半々だった。

 普段、アーヴァインとセシリアは、エヴェルディーテのことを『エヴィ』と呼ぶのだ。


「さて、貴様は何者だ?」


(バレたーーー! 今こそ! フフフ、よくぞ見破った。とか言うチャンスなんだが! そんな空気じゃねー!)


「ふう……疲れたよ。あたしは冬月玲奈。転生者。姫様を狙ってやったんじゃない。なんでバレたの?」

「エヴィは食事の際、まず魔石の形と大きさを確認する。お前は肉ばかり見ていて、まるで後から魔石に気付いたような目の動きをしていた」

「はえー、そっかあ。だってあたしの故郷では鉱石食ったりしねーもん」


 すると、玲奈の後ろで控えていたレヴィンが口を挟む。


「貴様、口を慎め。王の御前である」

「失礼しましたわウフフ。わたくしの事はレナとお呼びくださいましオホホ。あなた様のお名前は?」

「…………。レヴィンだ」


 この2人が、後に魔族領の農業になくてはならない偉大な発見をする事を、この時は誰も知るよしがなかった。


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