第2話
翌日から何日もかけてドレスを運び出しては売っていった。せっかくの魔道具を使いたかったけれど、この世界での魔道具は希少だ。普通の反応もわからないため下手に使えなかった。
金貨は貯まりに貯まって、三千枚になっていた。これだけでも十分暮らせそうだが、世の常識がわからないうちはどこまで貯めればいいのか分からない。商家といっても平民。特権階級では無いので慢心しないようにしなければ。
ある日、いつも通りドレスを売って金貨を稼いでいる時、街の広場で座っている騎士団の制服を着た男二人組とすれ違った。
「今晩は酒が進みそうだぜ」
「だな」
「忌まわしいザックレーともあと三日でお別れだ」
「おい、誰が聞いているのかわからないんだぞ」
「平気だよ。それよりお前は嬉しく無いのか?」
「そりゃ嬉しいよ。あの家はこの国の害だからな」
全身が泡立って、唇が戦慄わなないた。
ピアスをつけていてよかった。髪色が平民にしては特徴的だから、遭遇していたら危なかった。
思わず近くの木に身を潜ませる。
「団長はどんな刑に処すと思う?」
「皆殺しまではいかなくても、近くまでは行くと思うぜ。財産押収と無期懲役が妥当だろう」
財産没収に、無期懲役ですって……?
あまりの衝撃に固まっているも、兵士にバレないように気配を消して広場を離れた。
いつもの富裕層エリアにいたら掴めなかった情報だ。自分の運に感謝する。
あと三日。
その間にできるだけ金になるものを持ち出して、仕事を見つけなければ。
庶民向けの洋服店へ行って二、三着ワンピースを購入する。街娘を装うのだ、全力で。
セットでブーツも購入する。編み上げで膝下まである。ついでに動きやすそうな靴も買う。こっちは逃走用だ。
「あの、この街で仕事を探したいんですが、どこで見つければいいんですか?」
純粋無垢な瞳で洋服店のマダムに仕事はどこで見つけるのか聞く。こういうことは口コミが一番信用できるのだ。
「お嬢さんはいいところの娘さんだろ? 仕事なんかしなくてもいいと思うけどねぇ」
マダムが怪訝そうな表情で私をみつめている。
そっと悲しそうな表情を作って目を伏せる。
「実は、田舎から来たばかりなんです。それに家族はもう…………」
瞼に涙の膜を張っていく。
「そうだったのかい。そういうことだったら、街の掲示板がおすすめだよ。ちゃんとお給金も出してくれるし、女の子向けの仕事もあるだろうさ」
「本当ですか!ありがとうございます」
私、きっと女優になれるな。マダムにお礼を言って店を出た。
◇◇◇
早速仕事を見つけなければ、とそのままの足で街の掲示板へと足を運んだ。仕事の多くは冒険者向けの害獣退治や、薬草採集などが多い。もちろん却下。私に運動や戦いをやらせてもすぐ死ぬだろうし、この世界の植物なんてわかるわけない。
隅から隅まで見ていると、ジャムおじさんの風貌をした初老の男性が掲示板に仕事を貼り付けに来た。その内容を素早く盗み見る。
『パン屋の店員募集。仕事内容はパンの製造と接客。住み込み可能。月収は十G。昇格ごとに給金増加』
素晴らしい、これを求めてたの私は! 料理教室のおかげでパンは焼けるし、その上住み込みもできるなんて。すぐに張り紙をとって初老の男性を追いかける。
「あの! 私、就職希望です」
それからはとんとん拍子だった。
パン屋へ連れていかれ、軽く面接を受けた。初老の男性はこの店の店長で、パンを焼けると言うと即採用された。
「ちょうど店員が失踪して困っていたんだよ」
(ん? 失踪って?)
「これからよろしくね。ええと……」
店長は分かりやすく頬をポリポリとかきはじめた。
「クロエです」
「よろしく、クロエ。いつから入れそうかな?」
「明後日からなら入れそうです」
「そうかい。これ、部屋の鍵だよ。二階は従業員の部屋になるから使ってね」
「ありがとうございます。明日、荷物を運ばせていただきます」
店長に挨拶してパン屋を出ると、夕日が沈みそうな時間になっていた。店を出て隣には階段が備え付けられている。きっとここから二階に入れるのだろう。
階段を登って鍵番号と同じ部屋に入ると、おそらく六畳ほどの簡素な部屋があった。中世の世界観なのに、シャワーや水洗トイレ、洗面台も完備されていた。
大学生の一人暮らしを思い出させる部屋だ。
棚に今日購入した衣服を入れ、ブーツを脱いで置く。ピアスも少し考えた末、置いていくことにした。つけっぱなしで痒くてしょうがない。どうせ邸宅に入り込む時に外すし、いいだろう。
動きやすい靴に履き替え、外套を纏って部屋を出る。
明日の予定を考えながら階段を降りて曲がると、誰かとぶつかってしまった。鼻を強打したようで押さえながら謝る。
「すみません。前をよく見ていなかったもので」
顔を上げて相手の顔を見た瞬間、身体が硬直する。
「いえ、僕もよく見ていなかったので。大丈夫ですか?」
黒髪に赤眼、美しい顔に微笑みを浮かべたこの男は、ライオス・アシュリー。
裏情報ギルド『ラプラス』のマスター。そして、この世界はRPG『ローズブレイド』の世界で、彼はその黒幕だ。
いや違う。今、そんなことは考えるな。震えよ止まれ、拳を強く握りしめる。例の美少女スマイルを浮かべて答えた。
「大丈夫です。では私はこれで」
「待ってください」
ライオスは私の腕を掴んで低く笑った。
「なんでこの瞳を見てそんな平常心でいられるんですか?」
「はっ……?」
「とぼけないでください。この呪われた瞳のことですよ」
ライオスが自分の瞳を指しながら私に詰め寄ってきた。
ひいっ。顔怖い。というか、初対面で何なんだろうか、失礼すぎる。沸点の低さは折り紙つきの私は、癖で空手の要領でライオスの手を振り解き、睨みつけた。
「いきなり女性の腕を掴むとは失礼な方ですね。瞳の色はメラニン色素の量の違いですよ。あなたは赤いので、大量の色素の欠如による血液の色が瞳に現れているだけです」
ライオスの目が開かれる。
「常識でしょう? 全く。もうやめてくださいね。では」
途中から早口で捲し立てるように口を動かしていた。足を早めたいところだけど、それはできない。だって怖い。
(やってしまったぁ……)
ライオスに怒りをぶつけてしまった。あの、黒幕に……後ろが見れない。絶対怒り狂っているだろう。
私は少し早歩きでパン屋を離れて家路を辿った。その間『ラプラス』屈指の間諜であるライトが尾けていることに気がつかずに。
◇◇◇
「常識でしょう? 全く。もうやめてくださいね。では」
無意識に上がっていく口角に気がつくとライオスは手でその口を隠した。
──なんだ、この感情は。
鼓動が早くて頬が熱い。彼女に振り払われた手も熱を持つ。明らかに淑女の動きじゃなかった。手のひらをみつめて思案する。
彼女についてもっと知りたい。久しぶり、いや、初めての感情に胸がぐちゃぐちゃになる。前髪をくしゃりと握りこんで、さらに口角を釣り上げる。
手を叩くと、二つの影が現れた。ライオスの後ろに二人の青年が跪く。
「ライトは彼女をつけろ。レフトは彼女の素性を洗え」
「「了解しました。マスター」」
夜の闇に紛れて影が暗躍する。それをまだ、彼女は知らない。
◇◇◇
シャワーを浴びて、可愛いネグリチェに着替える。あの巾着にはその他の貴金属、取っておいたドレス十着と下着、ネグリジェ、化粧品、筆記用具にクリスの記憶を書いた羊皮紙を入れた。
「大丈夫、ちゃんと私は助かる」
暗示をかけてベットに潜る。
「まさかライオス・アシュリーに会ってしまうなんて」
この世界はRPGゲーム、『ローズブレイド』の世界で、謎の不審死を追うノアリス学園生徒会が主な設定だ。主人公の王子レオンハルトとその婚約者エミーリアがメインキャラだけれど、一連の事件の黒幕は生徒会役員でずっと事件を一緒に追っていたライオスだ。
ライオスはサイコパス野郎だけど暗い過去があったはず。どんな過去だったかは忘れてしまった。
彼は暇つぶしと退屈を紛らすためにラプラスという裏の情報ギルドを営んでいる。頼めばなんでもやってくれる、裏社会では有名な組織だ。
情報ギルドの入り方は、ギルドの隣にあるパン屋で、
『甘くて四角いパンを一つ。付け合わせは何にいたしましょう? 帝国歴150年の赤ワインを』
これでセットだ。結構かっこいい。
え、あれ、もしかしてあのパン屋って、ラプラスの合言葉の例のパン屋なのでは……
そうだとしたらまずい。するとライオスはあのパン屋のオーナーということになる。
つまり、私の上司……?
一気に詰んだ現実に、動揺を堪えきれない。
まぁ、髪色変えるし、偽名使うし、きっと大丈夫だ。ポジティブなことだけを考えよう。
そもそもゲームの舞台であるノアリス学園は、貴族学園だから私には関係ない。しかし、この世界に住む人類に関係してくることが一つある。
バッドエンドでは世界が退屈で嫌になったライオスが世界を破滅させるのだ。
それだけはなんとかしないといけない。退屈なのが原因なら、退屈にさせなければいい。
パン屋にそう頻繁に来るわけではないと思うけれど、ライオスが顔を出したら面白いものを与え続ければきっと大丈夫だ。
なんせ私は転生者。知っていることは多いのだから。
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