第1話
記憶が戻った後、医者が来て私の身体を診てくれたけれど、私はもう、それどころではなかった。
人払いをさせたあと、ベッドから飛び起きて机に向かう。クリスの記憶を辿って羊皮紙に書き連ねていく。
「なんてこと……」
ここは剣と魔法の世界のようで、貴族もいるようだ。
私はクリス・ザックレー。ザックレー家の一人娘で、成人済み。母は既に故人となっている。
ザックレー家は悪徳商家で奴隷売買や違法賭博、薬物など違法行為を手当たり次第の悪党の典型のような家だ。
こんな家、警備隊や騎士団が見逃すはずがない。きっと目をつけられている。
ーーこのままじゃ駄目だ。なんとしてでも父親に辞めさせないと。
クリスはこの家で一体、どんな気持ちで過ごしていたのだろう。
視界に何かが煌めいて視線を向ける。
大きな窓から月明かりが伸びて装飾品がきらきらと輝いている。もしもの時はこれを金貨に換えて家を出よう。
新たな決意を胸に、筆記用具を片付ける。
日本語で書いた羊皮紙を本棚の適当な本に挟んで眠りについた。
◇◇◇
あの日から三日、クリスの父親に違法な商売を辞めるように説得したが「お前に何がわかる」と一蹴された。
結論から言おう、私は父親を諦めることにした。
あまり未練はないし、巻き添えを食らったら困るので、家を見限る。この三日、メイドに気が狂った体を装って、私の部屋に入らせないようにした。少しでも入ろうとすると癇癪を起こす。これを繰り返した。
昨日は一日誰も来なかった。よしこれで大丈夫だろう。
外套を深くかぶって、装飾品を持ち出す。ザックレーの邸宅があるこの街は、王都の次に大きな街だった。
一階にある部屋の窓から父や使用人にバレないように抜け出して、裏門から脱出する。
「ふぅっ、緊張した……」
邸宅から離れたところで壁に手をついてため息をついた。こうしちゃいられない。私は絶対に生き抜くんだ。
住宅地から五分ほど歩くと、有名な飲食店やブティック、雑貨店が立ち並ぶ大通りを目移りしながら歩く。さらに奥にはもう少し値段設定が低めの店が立ち並んでいた。王都から離れていくにつれ値段が下がっている。よく考えられているな。
宝石商の隣に位置する、大通りに面した質屋の扉をくぐる。客を知らせる、品の良い鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ。何のご用ですか?」
奥から紳士的な老人が出てきて私をみつめる。
「これを金貨に換えて欲しいの」
外套の中から宝石のついた装飾品を詰めた袋を二つ取り出して、カウンターにどさっと置いた。
老人の目が変わるのがわかる。
そうでしょうとも。でもこんなに装飾品はいらないわ。
私にはこのネックレスだけあればいいの。服の上からその存在を確かめる。私の瞳くらいの、大きなブルーサファイアのネックレス。昨日の晩、装飾品の仕分けをしている時に見つけたこのネックレスはクリスの母の形見だ。
私がクリスであることの証明のように思えた。だから、これは売らない。
「すごい量ですね……。少々査定に時間がかかります」
「どれくらいかかりそう?」
舐められないように目力を込めて老人をみつめる。
「一時間ほどいただければ」
「わかったわ。そこら辺にいるから今から一時間後、また来るわ」
「かしこまりました」
できるだけ優雅に見えるように、外套のフードを取って髪を揺らして扉の外へ歩く。
この間に銀行へ行って口座を開設する。身分証明が必要と言われたけれど、「誰に向かって言っているの?」という悪役令嬢ムーブで難なくクリア。その時点で時間は五十分ほど経っていた。
「まぁまぁ時間かかったな」
足早に銀行から立ち去り、質屋の扉を開けた。
拡大鏡を覗き込んでいた老人が鈴の音を聞いて私に顔を向けた。
「お待ちしておりました。早速、精算いたしました。お納めください」
そう言って老人が差し出した金貨は千枚。日本円でおよそ一千万円の価値だ。予想より大きな値段の取引に驚く。
「こんなに価値がつくなんて思わなかったわ」
「今宝石は減少傾向なのです。鉱山で掘り尽くしてしまったので、通常より高い価値がついています」
「なるほどねぇ。そういえば、もう着なくなったドレスも売りたいのだけれど、ここで取り扱っているかしら?」
「それでしたら、私の息子が経営している、ここから五軒隣のブティックがおすすめでございます」
「じゃあそこへ赴くわ。ありがとう」
「あ、少しお待ちください。でしたらこの紹介状をお待ちください。この紹介状で大切なお客様だと息子は思うでしょう」
「ふふ、ありがとう」
質屋の老人にお礼を言って店を出る。金貨千枚持っている私は絶好のカモ。すぐに銀行へ行って金貨を預ける。手持ち用に百枚は残しておいた。
計画通りの具合に気分が上がりながらも街を見物する。どの店の外装も綺麗で治安の良さそうな街だ。
そんな中、一際錆びれていた店に目がとまる。
「アンティークショップ……?」
なんとなく惹かれてそのアンティークショップへ入る。中は昼間だというのに暗く、少し埃っぽくて咳き込んでしまう。
「あら珍しいねぇ。お客さんかい?」
いつの間にか私の背後に、真っ赤な髪の綺麗な女性が立っていた。
「はい。気になって……。営業していますか?」
「やってるよ。好きに見ていきな」
「ありがとうございます」
女性はカウンターの方へ歩いていった。
(綺麗な店員さんだったな……)
ぼうっと後ろ姿をみつめる。
はっと意識を戻して、周りにあるアンティークを眺める。どれも年季がありそうで、質の良いものばかりだ。しかし、特に欲しいものも無い。
「お嬢ちゃんには魔道具が必要だと思うけどねぇ」
びくっとして振り返ると、また背後に店員が立っていた。
「なんで私が魔道具を?」
「さぁね。あたしはそう見えただけだから」
この世界は未来が見えるとか、そういうのあるの?不気味なんですけど。怖い怖い怖い。
でも魔道具って興味ある。
「どんな魔道具がおすすめですか?」
「魔道具って言っても色々あるさ。要するに魔法を使わなくてもいい、便利道具ってことだからね。お値段もそこそこするけど……」
店員がじろっと私の服装をみつめる。
「お嬢ちゃんには関係ないだろうし。来な。案内するよ」
店員の後ろについて行くと、あるところを境に空気が変わった気がした。思わずキョロキョロとすると、店員が私をじっとみつめていた。怖い。
「ここら辺全部、魔道具だよ」
私が違和感を覚えたところから、魔道具が置かれていたようだった。
「凄い……!多いし魔力をビンビンと感じます」
「そっか、お嬢ちゃん魔法が使えるんだね」
「はい」
魔法……使えるかわかりません。話は合わせておくに限る。
「お嬢ちゃんにおすすめなのは、これと…これかな」
店員が手に取った魔道具はサファイアのピアスと、薄汚れた手のひらサイズの巾着だった。
「これが私に必要な魔道具?」
ぼそっとつぶやくと、店員が大きく頷いた。
「このピアスはね、髪の色を変える魔道具だよ。貴族のお忍びによく使われるね。あとこっちの巾着は、マジックバックと呼ばれる代物で、この店二つ分の商品が入ると思うよ」
その機能を聞いて目玉が飛び出しそうになる。
「そんな素晴らしい機能が?」
「実践してみせよう」
そう言って店員はピアスを自分の耳につけた。彼女の髪が一瞬光って、見事な赤毛が、普通のそこら辺にいそうな茶髪に変わった。
「おおっ」
思わず歓声をあげる。
「巾着の方は試すわけにはいかないけれど、品質は保証するよ」
「あの、私どっちも購入します!売ってください」
「そうかい、ぜひ買ってくれ」
「おいくらですか?」
「高いよ、金貨百枚だ」
ちょうど手持ちの額に胸を撫で下ろす。
「これで」
「毎度あり。お嬢ちゃん、頑張りな」
「はい」
(意味深な言葉、怖いです)
「ありがとうございました」
私は多分背景に花が浮かんでいるだろう美少女スマイルを浮かべて店を出た。
華やかな街を背に邸宅へ向かう。私は絶対に生き抜くんだ。決意を胸に悪党の本拠地へ戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます