モブですが黒幕に執着されています

プロローグ




「クロエ、僕は君のこと気に入ってるし、優しくしてあげたいんだ」


 私の頬を撫でた手を下に滑らせて、両腕で首を絞めるように押さえた。


「でも時々、真逆の感情が支配する。君のこと、めちゃくちゃにしてやりたくなる」


──ゾッとする。


 勘違いならどんなに良かっただろう。

月影に照らされたライオスの顔ははっとするほどに美しく、思わず見惚れてしまう。そんなこと考えている場合ではないのに。


 頭の中で危険信号が鳴る。この雰囲気は危ない。


「クロエ」


 私の首に置かれた手に力が込められ始める。


「………っ!!」


 やばい。この男は危険だ。なんで忘れていたんだろう。足をジタバタさせて首を絞めているライオスの手を引き離そうと爪を立て、指を引っ張る。


「あぁクロエ。君は本当に美しいね」


 苦しくて歪んだ顔をライオスは恍惚とした表情で見入っている。


「あなたっ、頭イカれてるわ」

「君が言うなら、きっとそうなんだろうね」


なんでこんなことになっているんだっけ。クロエは今となっては遠い昔、あの日を思い浮かべた。






◇◇◇






「……嘘でしょ?」


 絢爛豪華な部屋で目が覚めた。視界に入った髪色も見知ったものではなく、ふらふらと歩き出して姿見の前に立ちつぶやいた。


「かわいい。本当に私の顔なの?」


 金髪のロングヘアに真っ白な肌、ぱっちりとした碧眼の大きな瞳。改めて鏡をみつめると、高校生くらいの歳の美少女と目があった。


 それにしてもここはどこだろう。

見たことがないほどの贅沢な部屋に、心が躍る。そもそも、ここは地球だろうか。


 この顔にも見覚えはなく、やはり思い出せない。


 部屋を探索しようと振り向くと、無駄に長いネグリチェの裾に足を引っ掛けて転んでしまう。


「きゃあ……っ」


 針を刺したような痛みを感じた次の瞬間、この体の持ち主、クリスの記憶が蘇ってきた。


 倒れた物音を聞いてか複数人の足音が近づいてくる。蹴破ったのかと思われるほど、大きな音を立てて扉が開かれた。


「クリスお嬢様……!?」


 そう言って、明らかにメイドと思われる女性がぞろぞろと部屋に入って、私のそばに駆け寄ってきた。


「お嬢様、大丈夫ですか……!?」


 記憶が戻っていく。頭が割れるように痛い。とりあえずこの場を収めければ。


「うう、転んでしまったの。頭が痛いわ」

「まさか、頭を打ってしまわれたのですか?」

「そうみたい」


 そのメイドは泣き出しそうな顔をして私をみつめた。


「すぐにお医者様を呼んで参ります……!」


 一人のメイドが部屋を飛び出す中、その周りに侍っていたメイドたちが私の身体を支えて、キングサイズの天蓋付きベッドへ運んでいった。


「お嬢様、あと少しでお医者様が到着するそうです」


 これだけの騒ぎの中、家族が様子を見にこない。やはり、この記憶の通り、クリスの家族は屑のようだ。


 記憶が流れ込んできて脳が痺れる。


──ああ、駄目だ。この家は、私は。






 クリス・ザックレー、十五歳。どうやら悪徳商家の娘に転生したようです。



























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