第11話 騎士団の勧誘

 ディアナが図書室で男子学生に取り囲まれている頃、校門前ではバルクレイがディアナを待っていた。


「……なかなか出てこないな」


 バルクレイが呟く。鬼人ヴァンパイアの暗殺者に狙われているジェラルドが街に滞在している以上、その被害がディアナに及ぶ可能性がある。

 ノタの街で暗殺者の存在を知っているのは騎士と衛兵だけだ。平和だと信じて疑わないディアナが、バルクレイの送迎を疎ましく思っていることは察している。しかしバルクレイにとってディアナにいくら嫌われても、娘の安全確保の方が大事だった。


「どう見ても不審者だぞ」


 健気に待つバルクレイに、背後からジェラルドが声をかけた。


「……団長ですか」


 バルクレイは振り返ってジェラルドを確認し、すぐに校門に視線を戻した。


「俺は仮にも上司だぞ。もっと気を使え」


 ジェラルドが苦笑する。バルクレイは内心呆れていた。


「団長が毎日毎日、懲りもせずに本隊に合流しろとしつこいからですよ。さっさと王都に帰って下さい。団長がいるせいで暗殺者が街に留まってるんです。おかげでディアナが心配で仕事が手につきません」


 ジェラルドの目的は、鬼人ヴァンパイアとの戦争に備えてバルクレイを地方勤務から王都の本隊へ引き戻すことだ。騎士団長の権力で強引に命じてもいいが、バルクレイは七年前に辞表を出し、ノタの街の配属ならという条件で取り下げた過去がある。強引に命じられたら再び辞めるだけだ。


 バルクレイはつい怒気を孕んだ声を出してしまう。しかしジェラルドは全く気にしてない表情で、それがまた腹立たしい。


「お前が言う仕事ってのは、騎士団にディアナの存在を隠すことだろ?」


「……気付いていたんですか」


「俺だって親だからな。気持ちが分からんわけではない」


「そらなら、もう本隊合流なんて……」


「そして親であると同時に、この国を守る騎士でもある」


 バルクレイが振り向く。にやけ顔だったジェラルドは真顔に変わっていた。


「国を守るより、娘を守ることを優先した私を軽蔑しますか?」


「お前は退団して筋を通そうとした。引き留めたのは騎士団こっちだ。責任を背負ったうえでの選択は誰にも責められない。お前の自由だ」


 ジェラルドは続けた。


「そして、娘がどうするのかも本人の自由だよな」


 バルクレイは目を丸くし、間を置いて発言の意味を理解した。気がつくとジェラルドの胸ぐらを掴んでいた。


「ディアナを騎士団に入れる気ですか!?」


 頭に血が上っている。田舎の下っぱ騎士が一国の騎士団長相手にこんなことをして許されるわけがない。それでも我慢できなかった。


「バルクレイ。こんな露骨な弱点があるようじゃ、騎士としてまだまだだな」


「ディアナを入団させて王都に連れていけば僕も釣れて一石二鳥ってことですか!? 僕がディアナを守りたがってることを知っているのに、よくそんな考え方ができますね……!」


 バルクレイのこめかみに青筋が浮いている。ジェラルドは変わらず冷静な表情だ。


「お前が思ってるほど強引にするつもりはない。騎士団の風評が悪くなったら困るからな。それともお前は、一生こうやって監視を続けるのか? 仕事に手を抜きながら、娘に疎まれてまで」


「だから、団長が早く帰れば……」


「ディアナはあれだけの力を持っている。戦い方さえ覚えれば、すぐに護衛がいらないほど強くなれる。バルクレイ、いつまでお前が守ってやれる? 娘から可能性と選択の自由を奪うな」


「…………っ」


 バルクレイが掴んでいた胸ぐらを荒々しく離した。血が出るほど唇を噛み締め、ようやく肯首した。


「……話は手短に済ませて下さい。団長がディアナと接触する時間が長いほど、ディアナの危険が高まりますから」


「分かっている。俺を狙ってる暗殺者もさっさと仕掛けてくれたら返り討ちにして終わりなんだがな。なぜかちっとも動かん」


 ジェラルドがため息をついた。





 ディアナは図書室の出禁を回避して、帰路につくため校門に向かった。すでに辺りは薄暗い。予想通りバルクレイが校門前で待っていた。


 ディアナは露骨に嫌な顔をして、嫌味でも言ってやろうかと思ったが、彼の後ろに二メートル近い大男がいたのでやめた。


「お父様、そちらはどなたでしょうか?」


 よそ行きの上品な言葉遣いで尋ねると、バルクレイは険しい顔つきで口を開いた。


「この方は王国騎士団長、ジェラルド・イークウェス様だ」


「……騎士団長!?」


 ディアナは思わず大声を出す。騎士団長なんて、西の果ての田舎街に住む彼女には一生関わりがないものと思っていた。慌てて口を手で押さえ、周りをきょろきょろと確認する。幸い周囲に人はいなかった。


「は、初めまして。ディアナ・ヴァージニアスと申しますわ。お会いできて光栄です」


「ああ、俺の名はジェラルドだ。バルクレイには世話になった」


「え、世話に……? パパが団長様に何の世話を?」


 ディアナは驚かされてばかりだ。ついお父様ではなくパパと言ってしまった。


「知らないのか。お前の親父は東の方じゃ有名人だぜ。鬼人ヴァンパイアの兵士なら『瞬剣のバルクレイ』の名を聞くだけで逃げ出すほどだ」


「瞬剣……? それ、本当にパパの話ですか?」


 首を傾げるディアナに、ジェラルドは笑いを堪えていた。



 ディアナとバルクレイはジェラルドに連れられて、貸切のレストランに到着した。


「父上、バルクレイ殿、そしてあなたがディアナですね。お待ちしておりました」


 ディアナが中に入ると若い騎士が出迎えた。マルコだ。端正な顔立ちなので、同級生が噂していた、王都から来たエリート騎士とは彼のことだと直感で分かった。


 ディアナとバルクレイとジェラルドが席に着き、マルコは壁際に立った。しばらく給仕された料理を三人で食べながら、ぎこちない雑談を交わす。やがてジェラルドが切り出した。


「ディアナ、単刀直入に言う。騎士団に入らないか?」


「……私がですか? 来年度の試験を受けろということですか?」


「今すぐ入団するのが望ましいが、どうしてもと言うなら卒業後でもいい。どちらにせよ試験は不要だ」


 ディアナはナイフとフォークを構えたまま硬直した。勧誘されること自体は理解できる。何と言ってもディアナは貴重な四属性持ちだ。比類なき才能に加え、良くも悪くも北の森の一部を焦土にした実績もある。とはいえ試験免除で今すぐ、しかもわざわざ騎士団長自ら遠路はるばるやってくるなんて、度を超えている。


「お前の才能は希少だ。神獣からそれを与えられた使徒として、この国を守るために力を使うことこそが使命だと思わないか?」


 ジェラルドは神学生であるディアナの信仰心を利用するアプローチをとったが、あいにく彼女に信仰心それはないに等しいのでさほど効果はない。


「そうですね……」


 ディアナは相槌を打ちながら、バルクレイの顔色を伺った。彼は唾をこくりと飲み込み、縋るような目でディアナを見つめている。


 バルクレイはクラリスとの模擬戦の日に「ディアナが騎士になりたいと言ったらこの身に代えても止める」と宣言した。騎士団長の前なので何も言わないが、本心では断って欲しいだろう。


 クラリスとの会話も頭に浮かんだ。彼女もディアナに騎士になって欲しくないと思っているようだった。親友が自分と同じ道を選ぶのだからもう少し喜んでくれても、と思うが、騎士は「親友と離れたくないから」なんて不純な動機で務まる仕事じゃない。クラリスが怒るのは正しい。


 そして、そう整理できた時点でディアナの答えは決まっている。家族も親友も反対している以上、それらを突っぱねてまで騎士になる執着も理由もない。


 ディアナはフォークとナイフを置いて、背筋を伸ばした。


「団長様、お誘い頂けて大変光栄ですわ。おっしゃる通り、私が人より魔法適性が多いのはアポロン様がお力を人より多めに分けて下さったからです。ですので、騎士として戦うためではなく、要塞神殿にてアポロン様のお近くでその身をお守りする所存ですわ」


「……つまり、断るってことか?」


「そのように受け取って頂いて構いません」


 ディアナはいかにも神学生的な模範解答で断った。ジェラルドが食い下がる。


「大した信仰心だな。だが単なる神官にその魔法力は必要か? その力は騎士団に入って人類ヒューマニティ全体を守るために与えられたもので、それが結果的にアポロンを守ることだとも考えられないか?」


「理解はできます。ですが、私は本当に守りたいなら、いつでも守れるようと考えます」


「……本当に守りたいなら近くにいたい、か。さすがは親子だな」


 ジェラルドは噛みしめるように復唱した。バルクレイは安心したのか、今にも泣き出しそうに眉をしかめている。


「……はい? そうです」


 ディアナにはよく分からなかったが、褒められているような気がしたので頷いておいた。


「分かった。もういい」


 わざわざ王都から勧誘に来たくらいだ。さぞしつこく説得されるかと思ったのに、ジェラルドは早くも諦めたようだ。


「ということは……」


 バルクレイが顔を上げる。


「ああ、今まで悪かったな。明日の朝にマルコと王都に戻る。気が変わったらいつでも連絡してくれ」


「は、はい!」


「飯の続きにしよう。こんなに美味いのに冷めちまったらもったいないからな」


 ディアナは再びフォークとナイフを手に取った。その瞬間、マルコが声を張り上げた。


「父上! 茶番はおやめ下さい!」

 

「……茶番だと?」


 マルコは椅子に座るディアナの横に立った。甲冑の物々しさと眉をしかめた表情に迫力がある。


「こんな地方まで来て成果も無く帰るつもりですか? ここまでの旅費や食べ物は民衆の税から支払われているのです。遊びじゃないんですよ」


「じゃあ自費で来たらよかったのか? 帰りは馬車じゃなくて歩いて野宿するか? それなら安くつくぞ」


「私が問いたいのは金額ではなく態度です。もっと必死に説得して下さい。民への義務を果たすつもりがないなら団長の資格はありません!」


「団長の資格だあ? 舐めたこと抜かしやがって」


 ジェラルドが睨み上げる。マルコも逸らすことなく強い目で見下ろす。険悪な雰囲気にディアナはうろたえた。自分が勧誘を断ったことがきっかけなので、殊更気まずい。


「なぜもっと詳しく話さないのですか? 鬼人ヴァンパイアとの戦争がまた始まる前に戦力を強化したいことや、バルクレイ殿の本隊合流の打診、騎士団が立場上ディアナの力を管理したいことも伝えなければ! 本当に説得する気があるんですか!?」


「……鬼人との戦争?」


 ディアナが呟いた。マルコの話が、すぐには理解できなかった。

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