天咲輝夜

欲求不満な大怪盗

積木つみきさん」

「私、ちょっと欲求不満です。何でもいいのでスリルをくれませんか?」


 ある日のこと。


 俺――積木来都らいとの寮室に忍び込んできた天咲輝夜あまさきかぐやが、見惚みとれるような銀糸を揺らしてそんなことを言い出した。


「……欲求不満、ね」


 何となく意味深な物言いだけど。


「スリルっていうのは……たとえば、どんなのがいいんだ?」


「本当に何でもいいですよ?」

「それこそ、ロシアンルーレットとか」


「……激辛たこ焼きとかわさび入りシュークリームの話、だよな?」


「(にこにこ)」


 フローラルな香りを振りきながら可憐な笑みを浮かべる天咲。……誰よりもスリルを好む彼女のことだから、実銃を使った〝本家〟も経験済みかもしれないけれど。


 ともかく。


「では、こうしましょう」


 天咲は顔の前でピンと人差し指を立てた。


「今から私、このベッドで寝ます」


「……俺のベッドなんだけど?」


「ダメですか?」

「私、ちゃんとお風呂には入っていますが……」


 しゅん、と落ち込んだ表情を覗かせる天咲。


「本当ですか? ふふっ、それなら良かったです」


「…………」


 元天才子役の音無おとなしほどではないけれど、天咲もまた演技派だ。……まあ、実際ダメということはない。寝間着以外でベッドに寝転ぶな、と主張するほど潔癖な性質たちでもなかった。


「よいしょ、っと」


 一瞬で俺を丸め込んだ彼女は膝を使ってベッドに登ると、宣言通り横になった。それからくすっと口元を緩めてベッドサイドの俺を見る。


「――では、積木さん」

「私が目をつぶっている間だけ、何をしてもいいです。どこを覗いても、色んな場所を触っても、キスをしても……今だけ、許します」


「……え」


「もちろん私は触られたら困るので、ギリギリのところで目を開けます。どこまで粘れるか、チキンレースのようなものですね」

「それでは、どうぞ」


 言うだけ言って瞼を閉じてしまう天咲。


「……いや、いやいやいや」


 取り残された俺はと言えば、一瞬で様々な選択肢を脳内に浮かべる。


 目を瞑っている間だけ何をしても許されるゲーム。……何が〝ゲーム〟なのかはよく分からないけれど、何もしないというわけにはいかない。


 ――ドキドキと、高鳴る心臓を抑えながら。


 華奢な肩に手を伸ばした――……刹那、接触の数ミリ前でまぶたが開いた。


「っ……」


「肩、でしたか。……ふふっ」

「どうでしょう、とってもドキドキしませんか?」


 硬直する俺の耳元で悪戯いたずらっぽく囁いてくる天咲。


 そんな彼女に対し、俺は脱力しながらこう言った。


「……俺には、ちょっと刺激が強すぎるかな」

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