6月26日(水)_動物たちとの戯れ《2巻4章》

 ――柊色葉ひいらぎいろはの事情聴取をするべく、女子寮へ向かう途中のこと。


「…………(ちら)」


 俺、積木来都つみきらいとはすぐ隣を歩く物延七海もののべななみ――ではなく、その肩に乗った可愛らしいハムスターに視線を奪われていた。


 初めて物延に遭遇した時から彼女が常に連れている相棒。放し飼いされているハムスターなんて見たことがなかったけれど、これも物延が持つ《動物言語アニマルボイス》という才能クラウン賜物たまものだろうか。


 と。


「……?」

「あれれ~? どうしたんですか、積木さん。もしかして、七海ちゃんの横顔に見惚れちゃいました?」


 ぷぷぷ、と言わんばかりの表情で物延がこちらを振り返った。両鍔の探偵帽の下で薄紫のサイドテールが微かに揺れる。


「……いや、そんなんじゃないって」


 物延七海という少女はただでさえ〝あおりたがり〟な性質を持っている。ここはきっぱりと否定しておくべきだろう。


「肩のハムスター……ハム太さん、だっけ? 見てたのはそっちだよ」


「またまた、そんなに照れなくても!」

「ま、ハム太さんを言い訳にすることで七海ちゃんの可愛い顔を盗み見たい、というお気持ちはよ~っく分かりますけどね!」


 えっへん、と分かりやすく胸を張る物延。


 右手でくるりと喫煙具パイプを回した彼女は、そのまま小さく首を傾げて尋ねてきた。


「そういえば……積木さんは、ペットとか飼ったことあるんですか?」

「ハム太さんはペットというより七海ちゃんのお友達ですが」


「いや、ないな。実家にもいなかった」


 だから気になる、というのもあるかもしれないけど。


「っていうか……ハム太さんはともかく、いま学校中に散らばってる大量の犬とか子猫とかも物延の連れなんだよな」

「あいつらって、普段から物延の部屋にいるのか?」


「来ることもありますよ! ハム太さんと同じく飼ってるわけじゃないので、みんな気分屋ですけど」

「ぷぷぷ! 見たいんですか、積木さん?」


「ん……まあ、興味がないって言ったら嘘になるかな」


 そっと指先で頬を掻く俺。


 これは【迷宮の抜け穴アナザールート】絡みの交渉ではなく、純粋な興味関心だ。潜里くぐりをして〝ほぼ動物園〟と言わしめた物延七海の部屋だ、さすがに気になるだろう。


「ふっふーん! 素直なのは良いことですよ、積木さん!」


 物延は相変わらず得意げだ。


「それなら仕方ありません!」

「アイドル捕獲者ハンターの部屋に男性を呼ぶのは大問題なのですが、積木さんがそこまで言うなら! 特別に、ご招待してあげないこともないですよ!」


「……いや、そこまで言うつもりは」


「そこまで! 言うなら!」


 ぐいぐいと押し切ろうとしてくる物延。


 と――そこへ、


「……こほん、こほん!」


 唐突に咳ばらいをしたのは、前を歩いていた一条いちじょうさんだ。くるりと振り返る極上の金糸。物言いたげな瞳で俺と物延を交互に見つめた彼女は、そっと胸元で腕組みをしながら躊躇いがちに口を開く。


「つ、積木くんが七海の部屋に行くなんて、そんなのダメに決まって――……じゃなくて、えっと、何ていうか」

「……わ、私も!」

「私も、一緒に行っていい?」


「ほぇ?」


 不意の申し出にこてんと首を傾げる物延。


「行っていいも何も、光凛ひかり先輩は何度も来てるじゃないですか。中等部の頃から」

「……あ! まさか、もしかして……!」


「ぎく!」


「愛しの後輩こと七海ちゃんが積木さんに取られそうで心配なんですね、光凛先輩!」

「いいですよ! ぜひ見張っていてください、取り合いも大歓迎です!」


「……そ、そうね」


 とびきり嬉しそうな顔で頷いた物延に対し、一条さんは毒気を抜かれたような顔で相槌を打ち、それから小さく呟いた。


「じゃあ、そういうことにしておいて」

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