6月26日(水)_憧れと嫉妬の三角関係《2巻3章終了後》

『ねえ、積木つみきくん。――私たちも、この事件に臨場しましょう』


(よし……!)


 定期試験《星集め》3日目、昼――。


 デバイスの通話越しに放たれた一条いちじょうさんの臨場宣言を聞いた俺は、人気ひとけのない校舎の一角でガッツポーズを決めていた。


 理由は大きく分けて2つある。


 1つはもちろん、俺たち【迷宮の抜け穴アナザールート】の計画において一条さんが【シークレットマーダー】に臨場するのは必須事項だから。何しろ相手は凶悪な才能犯罪組織クリミナルギルド【ラビリンス】。Sランク捕獲者ハンターの力がなければ太刀打ちできない。


 そして、もう1つは。


「あ、あの一条さんの捜査風景を間近で見れるなんて……!」

「すげぇ……夢かよ、これ」


 ――単純に、一条さんファンとしての歓喜に他ならない。


 もちろん、俺たちは昨日も一昨日も《星集め》の課題事件に臨場している。そう言う意味では〝今さら〟だけれど、とはいえ【シークレットマーダー】は本物の犯罪組織が――2つも――関わっている重大事件だ。


 テンションが上がってしまうのも致し方ない、と言えるだろう。


『そ、そんなに?』


 デバイスの向こうで、一条さんが微かに照れたような声を零す。


『別に、大したものじゃないと思うけど……』


「そんなことないって!」

「今までテレビでもネットニュースでも、ずっと追い掛けてきたんだから」


 ――最年少のSランク捕獲者ハンター・一条光凛ひかり


 その名前は才能犯罪界隈だけでなく、世間一般にも轟いている。俺のデバイスには彼女の活躍をまとめた記事の切り抜きが、誇張抜きで数百から数千は眠っていることだろう。


『ぅ……あ、ありがと、積木くん』


 一条さんの声が撫でるように耳朶じだを打つ。


『それじゃあ、今回はいつもより近いところで――』

『一番近くで……私のこと、ずっと見ててね?』


「っ――!」


 少しばかり照れを含んだ〝私を見て〟なる発言――。


 あまりにも可憐なそれに、俺は一瞬で心臓を撃ち抜かれていた。ずきゅん、と音がしたような気さえする。


 いいのか、こんなに幸せで?


『……じぃ……』


 ――と。


 そんな折、ふと一条さんでない声がデバイスから聞こえてきた。もう1人の通話相手にして俺の密かな協力者・不知火しらぬいすいだ。


『一応言っておきますが、積木さま』

『光凛さまの一番近くでお支えするのは、捕獲助手サポーターであるわたしの役目なので……その辺り、お忘れなく』


「……何だよ、嫉妬か?」


『違いますけど』


 ぷい、という仕草が回線越しに聞こえてきそうな否定の言葉。


 明らかに嫉妬を隠せていないその声に、俺は思わず頬を緩めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る