6月25日(火)_名探偵登場!の巻《2巻3章》

「【シークレットマーダー】事件の犯人さん――次は、絶対逃がしませんから☆」


 ……定期試験《星集め》2日目、間もなく外出禁止時間に差し掛かる頃。


 俺の前で茶色の喫煙具パイプをくるりと回し、ホームズさながらの帽子とロングコートで大見得を切ったのは永彩えいさい学園の選抜クラス所属・Bランク捕獲者ハンター物延もののべ七海ななみだ。


 一条いちじょうさんと同格、とまでは言わないけれど、紛れもなく学年屈指の実力者。


 そして〝【シークレットマーダー】事件の犯人さん〟とは――細かい経緯や事情を抜きにすれば――他でもない、俺たち【迷宮の抜け穴アナザールート】なのである。


(おいおいおいおい……マジかよ、これ)


 予想を遥かに超える最悪の展開に思わず頬を引きらせる俺。


「ふっふーん!」


 対する物延の方はと言えば、自身の《動物言語アニマルボイス》に従って集まってきた大量の小動物たちに囲まれて至極ご満悦の様子だ。両鍔りょうつばの帽子の下で薄紫のサイドテールをゆらりと揺らし、ドヤ顔で胸を張っている。


「七海ちゃんの可愛い決め台詞、完璧に成功しちゃいました! 既に七海ちゃんファンの積木つみきさんはもちろん、周りの方々かたがたも七海ちゃんの虜になったこと間違いなしで――わぷっ」

「や、ちょ、くすぐらな……わにゃにゅっ」

「も、もう~! ハム太さんもみんなもダメですよ! 七海ちゃんはとびっきり可愛い世界のアイドルなんですから、取り合わないでください~!」


「…………」


「積木さん、ヘルプです! 今なら七海ちゃんの手を握っても怒らないですよ!」

「ぷぷぷ! 積木さんの下心くらいお見通しですから☆」


「…………、はぁ」


「つ、冷たい目で見られましたっっ!?」


 相棒のハムスターに頬を舐められながら大きく目を見開く物延。


 冷たい目で見た、つもりはない。……ないのだけれど、もしかしたら動揺が顔に出てしまっていたのかもしれない。何しろ、物延の参戦というのは【迷宮の抜け穴アナザールート】にとって特大のピンチなんだ。軽快なやり取りを交わす余裕なんかない。


 ――と。


「落ち着いてください、積木さん?」


「!」


 ふわりと近付くフローラルな甘い香りと、そよ風みたいな囁き声――。


 いつの間にか俺のすぐ隣に回り込み、片手を添えるような格好でそっと耳打ちしてきたのは天咲あまさき輝夜かぐやだった。微かな吐息と声が鼓膜を撫でる。


「っ……」


「動揺が顔に出てしまっています。焦る気持ちは分かりますが、まずはアジトまで持ち帰りましょう」

「こういう時は、とびっきり好きなモノのことだけ考えるといいですよ?」

「たとえば、大好きな女の子の顔とか」


「大好きな、女の子……」


 悪戯いたずらっぽい囁きに唆されて、俺は直ちに一条さんの顔を思い浮かべる。


 Sランク捕獲者ハンター・一条光凛ひかり才能犯罪者クリミナルにとっては物延以上に厄介な敵とも言える存在だけど……それでも、天咲のアドバイスは正しかったようだ。何かが解決したわけじゃないのに、一時的に震えが止まる。


 やっぱり一条さんって凄い。


「……あ! 積木さん、もしかして七海ちゃんを助けてくれるんですか?」

「よっ、救世主! 可愛い七海ちゃんからの好感度がちょっとだけ上乗せされちゃいますよ☆ 喜んでください、積木さん!」


「いや……まあ、好感度はどうだっていいんだけどさ」


 せめて俺たちへの疑いを少しは軽減してくれよな――と。


 そんな下心を懸命に隠しながら、俺は無数の小動物に埋もれた物延の手を掴むのだった。

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