6月25日(火)_フォロー役のいろは《2巻3章冒頭》

「【永彩えいさい学園の1年生諸君に告ぐ】……」


 定期試験《星集め》初日の深夜、もとい2日目の早朝。


 俺、積木来都つみきらいとは【迷宮の抜け穴アナザールート】のアジトでぶつぶつと独り言を呟いていた。


 落とした視線の先にあるのはデバイス、正確にはそこに表示された文章だ。この試験で行われる〝不正事件〟を乗っ取るために前もって準備しておいた代物。言ってしまえばニセモノの犯行声明、である。


 メッセージの内容は少し子供じみているというか、過剰に挑発的なモノ――だけど、役割を考えれば間違っていない。挑戦状に造詣が深い【怪盗レイン】こと天咲あまさきや天才詐欺師の音無おとなしにも相談したうえで、高校生らしさもしっかりと残した。


「だから、それはいいんだけど……」


「……んむ?」

「なにしてるの、らいと?」


 ――と。


 そこで、やや不意打ち気味に右肩から温かな感触が伝わってきた――アジト内の会議室、右隣の定位置。椅子を連結させるような形でほぼ全体重(相当に軽いけれど)を俺に預けているのは、人懐っこい暗殺者・潜里羽依花くぐりういかに他ならない。


 甘いミルクみたいな香りがふわりと鼻孔をでる。


「くぁ……ねむねむ」


「随分早起きだな、潜里」

「それに、何で朝からアジトに……? 俺が言えたことじゃないけどさ」


「ん」

「らいとのお部屋に行ったら、もぬけのからだったから……ろせん、へんこう」

「ねぼけて、危うくはしごからおちるところだった」


「……洒落にならないな、それ」


 今後はぜひ覚醒してから来てほしいところだ。


 そんな相槌あいづちを打っていると、潜里がもぞりと身体を動かして俺の手元を覗き込んできた。暴力的なまでに柔らかな感触と、目の前で揺れるさらさらの黒髪。夜空みたいな瞳がデバイスの文面をじっと見つめる。


「これ……きょうの、やつ?」


「あ、ああ」

「そうなんだけど……これで大丈夫か、最後の確認をしておこうと思って」


「?」

「惚れ惚れするくらいぱーふぇくとな宣戦布告、だけど……?」


「ん……まあ、確かにこれ以上やりようはないんだけど」

「……ひいらぎのやつ、驚くだろうなと思って」


 そう――。


 俺が躊躇ためらっていたのはそれが原因だった。【迷宮の抜け穴アナザールート】が不正事件を乗っ取るのは〝犯人〟である柊色葉いろはを救うためでもあるのだけれど、その過程で彼女自身もあざむくことになる。


 間違いなく動揺するだろうし、絶望だってするかもしれない。


「必要なことだから、仕方ないって言えば仕方ないんだけど……」


「……おお」

「らいとは、気遣い屋さん……いろはも、きっとめろめろ」


 そんな俺の言葉を聞いて、潜里はこくこくと首を縦に振った。そうして彼女は再び上体を捻り、黒い瞳で俺の目を見つめる。


「それなら、わたしがふぉろー役……このあと、いろはを迎えに行くから」

「ぎゅってして、安心をぷれぜんと?」


「……そうだな」

「よろしく頼む、潜里」


「んむ、もちのろん」

「だから、おだちん前借り希望……なでなで、して?」


 舌っ足らずな口調でそう言って。


 右サイドから俺に寄り掛かっていた潜里は、わずかに体勢を変えて俺の懐に潜り込んできた。疑似的な膝枕のような格好。言われた通りショートカットの黒髪に手を伸ばすと、さらさらの感触が指の間を通る。


「ふにゃむ……もっと、もっと……」

「ゆめうつつの、ここち……くぁ」


「…………」


 俺の膝に顔を埋めてふにゃふにゃの声を零す潜里。


 一条さん一筋の俺でも背徳的な気分になってしまうのは、さすがに致し方ないというものだろう。

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