6月24日(月)_密着は不可抗力《2巻2章終了後》

「――こんなところか」


 永彩えいさい学園女子寮、柊色葉ひいらぎいろはの私室。


 天下の大悪党【怪盗レイン】御用達ごようたしのボールペンで窓からこっそり侵入した俺と天咲は、柊が〝不正事件〟を実行するべく隠し持っていた凶器アイテムを全て盗み終え、そろそろ部屋を後にしようとしていた。


「ふふっ……」


 薄暗い寮室の中で、天咲あまさきが微かに銀糸を揺らす。


積木つみきさん、積木さん」

「色葉さんの下着は盗んでいかなくていいんですか?」


「いやいや、盗むわけないだろ……むしろ、一刻も早く部屋を出たいくらいだって」

「それで、帰りはどうするんだ?」


「もちろん私の《森羅天職アームズ》を使って帰ります」


 手袋の下に隠した極細のワイヤーをきらりときらめかせる天咲。


「来た時と同じく、積木さんは私に掴まっていてくれれば良いのですが……」


 そんな彼女がちらっと物言いたげな視線を俺に向ける。


「ぅ……」


 同時、ほんの数分前の光景が頭の中にフラッシュバックする――地上3階に位置するこの部屋へワイヤーで飛んできた際、着地が上手くできなかった俺は天咲輝夜かぐやの上に覆い被さるような格好になった。


 否、押し倒したといっても過言じゃない。


「――いいですか、積木さん?」


 ピン、と人差し指を立てながら上目遣いにこちらを見る天咲。


 続けてそよ風みたいな声音が紡がれる。


「積木さんはワイヤーを扱うのが初めてなので、上手く制御できないのは仕方がありません」

「そのまま転んでしまったら大怪我をしてしまいますから、私が身体を張って支えることにも異存はありません」


「あ、ああ、悪い」


「いいえ。ただ……一応訊かせてください、積木さん」

「わざとでは、ないんですよね?」


「!」


 質問と共に飛んできたジト目に思わず狼狽える俺。


「わ、わざとって……そんなわけないだろ、天咲」

「余裕がなかっただけだって」


「そうですよね」

「やけに密着されていましたし、息が荒かったような気もしますし、なかなか退いてくださいませんでしたし、目線は胸元に釘付けでしたが――……」


「それはもうホンットにすいませんでした!!」


 小声ながら全力で謝る。……わざとというか生理現象レベルの話だけれど、だから良いだろうと開き直れるようなことでもない。


「……ふふっ」


 そんな俺の謝罪を受けて、天咲はくすくすと上品に笑った。


「冗談です。というか……」


 つっと歩を進め、俺の耳元に手を添えて。


 微かに顔を赤らめた天咲は、珍しく照れたような声音でこう言った。


「――あの体勢で積木さんに何とも思われなかったら、女の子としてちょっとだけ自信をなくしてしまいますから」

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