5月19日(日)_秘密結社のふしだらな掟《2巻開始前》

 5月の中旬から下旬に差し掛かった頃のこと。


 かくかくしかじかで完全犯罪組織【迷宮の抜け穴アナザールート】のアジトは完成した。


「はっっっや……」


 寮の近くに隠された入り口から梯子はしごを下り、長い地下通路を抜け、厳重な扉を開いた俺は呆然とそんな感想を口にする。……永彩えいさい学園の屋上で天咲あまさきとアジト建設の相談をしたのはつい最近の話だ。《才能クラウン》持ちの業者だとは聞いていたけれど、まさか1週間も経たずに完成するとは思わなかった。


「うわ、うわ……待って、想像ソーゾーの何倍も凄いんだけど!?」


 俺の隣で興奮しているのは白いカーディガンの似合う一軍女子・深見瑠々ふかみるる


 彼女はアジトの話を今日知って、事前情報ナシでここを訪れたところだ。心構えのあった俺ですら目を疑っているんだから、度肝を抜かれるのも無理はない。


「広い会議室! キッチンっぽいとこ! 個室いっぱい! シャワールーム!」

「あと……え、何ここ、研究室ケンキューシツ!?」


「はい、その通りです」


 ぱたぱたとアジト内を駆け回る深見の質問ににこやかな肯定を返したのは、お伽噺のお姫様みたいな銀糸を揺らす【怪盗レイン】――もとい天咲輝夜かぐやだ。彼女はいつも通りそよ風みたいな声で続ける。


「実験好きの瑠々さんがいるなら必須かなと思い、作っていただきました」

「小規模な爆発くらいならいくら起きても大丈夫な設計……だそうですよ?」


「やっば!」

「カグちん、マジで女神メガミなんだけど……!?」


 そう言って天咲の目の前に駆け寄る深見。……元々、気に入っている相手に関してはとにかく距離を詰めたがる少女だ。キラキラと目を輝かせて、やがて我慢できなくなったのか、むぎゅうと正面から天咲に抱き着く。


隠れ家アジトだけでも超ワクワクなのに、念願の研究室まであるとか……ウチ、幸せ過ぎてどうにかなっちゃいそう」

「もうカグちんと結婚ケッコンしたいレベル!」


「そこまで喜んでいただけたなら私としても本望です」

「奮発した甲斐がありました」


 深見に抱き着かれながら天咲がくすくすと軽やかに笑う。何かとライバル視している潜里くぐりとは対照的に、深見のことはストレートに受け入れているようだ。それもそのはず、天才マッドサイエンティスト予備軍こと深見瑠々は天咲がこよなく愛する〝スリル〟と非常に近い位置にいる。


「それと……」


 と――。

 俺が密かにそんなことを考えていたところ、くだんの天咲が不意に煌めくサファイアの瞳で俺を見た。手袋越しの人差し指を頬に添えた彼女は、からかうような表情でもう一度口を開く。


「先ほどはスルーされてしまいましたが……このアジトには、内側から鍵が掛けられる個室やシャワールームまで完備されています」

積木つみきさんがそういう気分になっても安心、ですね」


「えっ」


「――……ちょわっ!?」


 途端、抱き着いていた天咲から――ではなく、その近くにいた俺から露骨に距離を取る深見。彼女は両手を前に出し、謎の拳法みたいな構えを取る。


「こ、個室……シャワー……そういう気分……」

「やっぱり、妙に可愛い子が揃ってるなって思ってたんだよね、うん」

「この秘密結社では、リーダーであるミキミキの命令メイレイには絶対服従! ウチらは近いうちに手籠めにされる運命……とか、そーゆーこと!?」


 言いながら徐々に照れを加速させていき、今となっては首筋や耳までかぁっと真っ赤に染め上げているピンクレッドの髪の美少女。赤とオレンジで構成された太陽みたいな瞳が『むむむ……!』とばかりに俺を見ていて。


「……そーゆーこと、なわけないだろ」


 見た目の割に素直で純情な彼女だからこそ、釈明するのが大変だった。

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