5月14日(火)_アジトの対価は超高額!《2巻開始前》

「……困ったな」


 波乱だらけの宿泊研修からおよそ1週間が経った、ある日の放課後。


 俺・積木来都つみきらいとがいるのは永彩えいさい学園大円校舎の屋上だ。……そして、それ自体が〝困っている〟直接的な原因でもある。


「どうかしたのですか、積木さん?」


 そこへ、横合いからそよ風のような声が投げ掛けられた。


 俺の隣に立っているのは完全犯罪組織【迷宮の抜け穴アナザールート】の構成員――天咲輝夜あまさきかぐやその人だ。教室から一緒に来たわけではないのだけれど、ついさっき示し合わせたみたいに落ち合った。


「ああ、えっと」


 後頭部を掻きながら返答する俺。


「そろそろ、本格的に考えないといけないと思ってさ――」

「アジトのこと」


 ――……そう。


 俺たち【迷宮の抜け穴アナザールート】には目下のところ活動拠点アジトと呼べる場所がない。ここ永彩学園で暗躍する秘密結社にも関わらず、だ。


「屋上とか空き教室ってのも意外とお洒落でアリなんだけどな」

「ただ……先月までならともかく、今はもうメンバーが5人になったから」

「校内で集まってたら怪しまれそうだ」


「確かに、リスクが高すぎるというのはあるかもしれませんね」

「……私からすれば、その点でも大いにアリという結論になりますが」


 くすっと笑うスリル志向のお姫様。


 まあ、天咲の性癖的にはそうかもしれない……けれど、一般的には単に寿命が縮まるだけだ。


「ただ、そういうことなら――」


 そこで、当の天咲が黒手袋に包まれた右手をそっと持ち上げてみせた。


「迷える積木さんにとびっきりの朗報です」

「実は――私、泣く子も黙る天下の大悪党こと【怪盗レイン】なのですが」


「?」

「それは、知ってるけど……?」


「はい。つまり、悪い人なんです」

「悪い人だからこそ、その手の知り合いも多いんですよ?」

「要は才能犯罪者クリミナルの活動をこっそり手助けしてくれる〝業者〟の方々ですね」


「業者……ってのは、たとえば?」


「もう、察しが悪いです積木さん」

「私、自宅の他に潜伏用の隠れ家アジトを4つほど持っているのですが……」

「その関係で、アジト作成のプロと伝手つてがあるんです」


「!」

「……なるほど、そういうことか」


 凄い話を聞いてしまった。


 映画やマンガみたいな話だけど、俺の目の前に立っている美少女は世界レベルの大怪盗だ。確かに、普通の物件じゃ済まない場合も往々にしてあるのだろう。


「《才能クラウン》を前提にしているので、物凄く融通が利くんですよ?」

「たとえば、学園の敷地内に入り口だけ作って、アジト自体は観測できない地下深くに設置する……とか」

「全寮制の学校なのに毎日外へ出ていたら怪しまれてしまいますからね」


「お、おぉお……」

「ワクワクが止まらないんだけど」

「でもそれ、いくらかかるんだよ?」


「ん……そうですね」


 ぴと、っと人差し指を自身の頬に添える天咲。


「超特急で作業してもらいたいですし、永彩学園が捕獲者ハンターの拠点だという点も踏まえれば、危険手当も含めて相場の3倍ほど……」

「多分、ギリギリ10桁には届かないんじゃないでしょうか?」


「じゅっけた」


 知らない数字だ。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……じゅう、おく?


「あ、あの……天咲サン???」


「ふふっ、焦らなくても大丈夫ですよ積木さん」


 俺の混乱を見て取って、優しく――もといあやしく笑う天咲輝夜。


「さすがの私でも、積木さんからそんな大金をせしめようとは思っていません」

「その代わり……カラダで、払ってもらいます」


「ごくり……か、身体で?」


「あ、積木さんが想像しているようなえっちなものではなくて」


「まだ何も言ってないだろ」


 想像してないとも言ってないけど。


「ふふっ……」


 照れ隠しも兼ねてムッとする俺の前で、天咲は妖艶に口元を緩めた。そうして彼女はつつっと一歩だけこちらへ近付いて、好奇心旺盛なサファイア色の瞳で俺の顔を覗き込む。微かに鼻先をくすぐるフローラルな香り。お伽噺のお姫様みたいな銀色の髪が屋上の風にふわりと揺れて。


「――積木さんが私にスリルをくれるなら、それ以外には何もらないということです」


 手袋を嵌めた人差し指をそっと唇に触れさせながら、天下の大怪盗は囁くような声音でそう言った。

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