5月11日(土)_乙女の秘密を知っているか?《2巻開始前》

「見てましたよ、来都らいとさん」


 才能犯罪組織クリミナルギルドの介入があったため早々に打ち切られた宿泊研修の後、前回からおよそ一週間ぶりとなる密会。


 俺の協力者にして一条いちじょうさんの捕獲助手サポーターでもある同い年の少女――不知火翠しらぬいすいが、水色の髪を微かに揺らして言う。


「研修の様子……監視カメラの映像で」

「まあ、ほとんどが来都さんたちにとって都合よく改竄かいざんされたものでしたけど」


「そりゃまあ、見られたら困る場面シーンばっかりだったからな」


 相槌あいづちの代わりに肩をすくめる。潜里くぐりの《電子潜入シグナル》には感謝してもしきれない。


「っていうか……不知火、監視カメラの映像って先生以外も見れるのか?」


「いえ、もちろん特別です」

「お嬢様――光凛ひかりさまはSランク捕獲者ハンターですので、2人で一緒に視聴しました」

「光凛さまのお風呂上がりに。隣同士で。こう、頬をくっ付けて」


 ぷに、と自身の頬を指先でつつきながらそんなことをのたまう不知火。……お風呂上がりの一条さん、だと? それはまた、何というか。


「……もう少し、詳しく聞かせてくれ」


「そう言われると思っていました」

「いくら出せますか、来都さん?」


「くっ……」

「新作板チョコのラズベリー味を買ってある」

「5枚……いや、1ダースでどうだ!?」


「なるほど、いいでしょう」


 視線の先の不知火がこくんと首を縦に振る。俺たちの間ではそろそろ定番になってきたやり取りだ。断じて闇取引の類ではなく、甘いものを求める不知火と一条さんの情報が知りたい俺によるwin-winの交換会である。


 さらり、とベッドの上で水色のショートヘアが揺れた。


「ではお話しますが……」

「光凛さまは他の皆さまと比べても非常にお風呂が好きなかたです」

「日常が慌ただしいからでしょう。可能な限り、ゆっくりと湯船に浸かることが多いです」


「ほう……」

「入浴剤はどんなやつだ?」


「ブランドにこだわりはありませんが、基本的には泡が立つものを」

「『シャンプーは何を?』と訊いてこなかっただけ褒めておきましょう」


「俺だってそのくらいの節度はあるよ」


 まあ、教えてくれるなら大歓迎ではあるけれど。


「そして、お風呂の後は貴重なオフモードです」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、深夜の寮室に不知火の声が淡々と響く。


「来都さんの目に触れる機会は残念ながら一生ありませんが……」

「可愛いですよ、オフモードの光凛さまは」


「いやいや、一条さんは普段から可愛いだろ」

「……って」

「ま、まさか、もっと……なのか?」


「その通りです、来都さん」

「パジャマ姿の光凛さまは対外的な仮面を全て脱ぎ捨てていますから、年相応の女の子なんですよ。わたしたちと同い年の女子高生です」

「何なら、恋バナめいた話をすることもあるので……男の子の趣味も、よく知っています」


「な!」


 そんな国家機密情報トップシークレットまで掴んでいるのか、この協力者は。


「そ、それは……」


「知りたいですか、来都さん?」


 面白がっているような、あるいは挑発するような紺色の瞳で俺を覗き込んでくる不知火。その口元はくすっと微かに緩んでいる。


「知ってしまったら、もう戻れなくなりますけど……」

「それでも良ければお話します」


「ぐっ……」


 下唇を噛み締める俺。


 一条さんの好みのタイプ――イケメン俳優だろうか、流行りの男性アイドルだろうか、もしくは海外アスリートだろうか? 努力の余地があるならいいけれど、ここで同級生の名前なんかが出てきた日には耐えられないかもしれない。


 迷いに迷って、結果。


「……い、今はまだ、パンドラの箱に閉じ込めておいてくれ」


 やっぱり勇気が出ない俺だった。

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