5月8日(水)_主張の激しい祝勝会《1巻終了後》

「――武器屋ぶきやは、ひっこんでて」

「ぜったい、わたしの方がだいかつやく……まちがいなし」


「武器屋ではなく輝夜かぐやです、私」

「それに、名前以外も色々と間違っていますよ? 宿泊研修を通しての貢献度は私の方がずっと上です」

「私がいなければ例の甲冑かっちゅうだって盗めていないんですから」


「む」

「それは、わたしが違うくらすだから……しかたなく、鍵屋かぎやにゆずっただけ」

「わたしがいれば、ばんじおっけー」

久世妃奈ひななに変装できるのも、わたしだけ……ちがう?」


「〝かぎや〟でも〝たまや〟でもなく、輝夜です」

「確かに、黒ローブを使った変装は背の低い羽依花ういかさんにしかできなかったかもしれませんが……」

「私に言わせれば、胸元でうっかりバレてしまいそうでしたよ?」


「しっと?」


「違います」


 ……やいのやいのと言い合いを続ける2人の少女。


(ったく……)


 日数の割に長く感じた永彩えいさい学園の特別カリキュラムこと宿泊研修が終わり、ようやく寮に帰ってきた日の夜のことだ。最初の歴史的特異点デスポイントを無事に切り抜けた祝勝会と称して、秘密結社のメンバー全員が俺の寮室に集まっている。


 さっきからベッドの上を陣取りつつお互いの額をぶつけ合わせんばかりの距離感で口喧嘩(?)をしているのは、【怪盗レイン】の異名を取る天下の大悪党――天咲あまさき輝夜と、伝説の暗殺者組織マーダーギルド【K】に所属する落ちこぼれ暗殺者・潜里くぐり羽依花。


「むむむ……」


「……がるるるる、るる?」


 最初の遭遇が〝敵対〟かつ〝痛み分け〟だったからか、妙に張り合う仲である。


「どうだろうねぇ、実際」


 と、そこへキャスター式の椅子を占拠した未来の天才詐欺師――音無友戯おとなしゆうぎが、微かに口角を上げつつ割り込んだ。


「敵組織……【ラビリンス】の構成員Xをめられたのは僕の手柄だよ?」

「ウイカちゃんとカグヤちゃん様には悪いけど、意外と僕の方が活躍したっていう見方だってあるかもしれない」


「え~?」


 続けて不満そうな声を上げたのはベッドの縁に腰掛けて長い足を組むマッドサイエンティストな一軍女子、すなわち深見瑠々ふかみるるに他ならない。


「それで言ったら、最後にレンが改心カイシンしてくれたのはウチの説得があってこそって感じじゃない?」

「……まあ、それくらいしかしてないけどさ」


「ふふっ」

「ですがあれは、決して嘘をかない瑠々さんにしか為せない偉業コトでした」

「あれを言ったのが音無さんだったら、たちまち場が白けてお終いですから」


「――ぐはっ!」


 お姫様みたいな銀糸をふわりと揺らしてはにっこりと毒舌を吐く天咲に対し、演技派の音無が大袈裟おおげさに椅子から崩れ落ちる。


「やっぱりカグヤちゃん様はいいなぁ……えぐり方が綺麗だ」

「女王様の才能があるよ」


「うわ、キモ……」


「あはは。気を付けてね、ルルちゃん」

「僕くらいの逸材になると、その蔑むような目だけでも立派なご褒美になるからさ」


「ちょっ……へ、変な目で見るな、馬鹿ユーギ!」


 手近な枕を音無に投げつけてから、照れたような表情でピンクレッドの毛先をくるくると人差し指に巻き付ける深見。……音無も深見もスカウトから1日しか経っていないけれど、大きな作戦を乗り越えたおかげか早くも馴染んでいるように見える。


「っていうか……」


 学習机デスクの近くに立って祝勝会のメインディッシュ――といっても大半はスナック菓子だ――をつまんでいた俺は、仲間たちの主張もとい活躍アピールを聞いたうえで、仲裁のつもりで口を開くことにした。


「別に貢献度なんか気にしなくていいって」

「俺からしたらみんな、完璧に1番の大活躍をしてくれたからさ」


「「「「……?」」」」

 

 と――俺が(何なら少し格好つけたつもりで)そんな言葉を口にした瞬間、俺以外のメンバーが一斉に顔を見合わせた。


 不思議そうな、あるいは怪訝な沈黙。


「あの……団長ボス?」


 みんなを代表してそよ風みたいな声を上げたのは怪盗少女、もとい天咲だ。


団長ボスの言葉を否定したいわけではありませんが……」

「さすがに、それは違います」


「んむ」


 ぺたぺた、と素足でこちらへ近づいてきて、俺の制服の裾をきゅっと掴んでは星空みたいな黒白こくびゃくの瞳で見上げてくる落ちこぼれ暗殺者・潜里。


「いまのは、しれつな2位争い……」

「えむぶいぴーは、らいとがもらってるから」


「ま、そこは僕も異存なしかな」


 呆れるくらい綺麗なベージュの髪を揺らした音無も肩を竦めて同意する。


「今回の流れでライトの株を奪おうとまでは思わないよ」


「ん、ん!」

「そもそも、作戦サクセンだって全部ミキミキだもんね」


 勢い余って立ち上がりつつ、赤とオレンジで構成された太陽みたいな瞳で俺を見つめてくるキラキラ系女子・深見。


「……そう、だったのか」


 思わぬ返答を受けた俺は、曖昧な相槌あいづちと共に一つ頷く。


 ――完全犯罪組織【迷宮の抜け穴アナザールート】。


 俺たちは、最悪の未来を変えるための組織だ。ほんの数時間前に名乗りを上げたばかりの、この世に生まれたばかりの秘密結社だ。


 天咲輝夜、潜里羽依花、音無友戯、深見瑠々。


 ここにいる彼らが3年後の未来でどうなっているか、俺は何度も〝夢〟に見ているけれど。……でも、その未来は変えられる。今からなら、何もかもを救うことができる。


「そう言われると、悪い気はしないな」


 だから、積木来都おれは――完全犯罪組織【迷宮の抜け穴アナザールート】の〝黒幕〟は、そう言ってニヤリと口角を上げることにした。

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