5月5日(日)_疑わしき人選《1巻3章冒頭》

「黒幕さん」

「明日から、いよいよ宿泊研修ですね」


 5月上旬、休日の昼下がり。

 ちょっとした〝仕込み〟のために俺の寮室を訪ねてきている協力者の少女が、開口一番にそんな言葉を口にした。


「ああ」


 卓上カレンダーをちらりと見遣ってから一つ頷く。


永彩えいさい学園特別カリキュラム、宿泊研修……」

「残りのメンバー候補2人をスカウトして、初陣になる〝事件〟を完遂して、最悪の未来に繋がる歴史的特異点デスポイントを書き換えて」

「それが完全犯罪組織【■■■■■】のデビュー戦だ」


「【■■■■■】……」


 ぽふん、とベッドに腰を下ろして俺の言葉を復唱する少女。


「決まったんですね、組織名」

「黒幕さんにしてはセンスがあります」


「そ、そうか?」

「まあ、俺も割と気に入ってるんだけど」


「はい」

「わたしとしては、もっとぶっ飛んだ名前……たとえば【黒衣の熾天使ブラックスター】とか【絶対☆滅殺ブラッドバスターズ】とか」

「その辺りが出てくると思っていたので」


「……何それ、超能力?」


 どっちもドンピシャで候補に出てたんだけど。


「まあ、それはそれとして」

「黒幕さんが作る秘密結社のメンバーも残り2人――ですか」


 協力者の少女がそっと手元のデバイスに視線を落とす。


 そこに刻まれているのは、俺と彼女が《才能クラウン》とその副作用を通じて集めた数多の情報だ。完全犯罪組織【■■■■■】はまだ完成すらしていないけど、誘うべきメンバーなら全員決まっている。


「……ふむ」


 さらり、と揺れる水色のショートヘア。


 ベッドに腰掛けた少女の表情は不満げ……というより、どこか不思議そうな感じだ。


「えっと、どうした?」


「いえ……あの、黒幕さん」

「明日からの宿泊研修でスカウトする予定の方々ですけど……〝詐欺師〟の方は男子生徒なのでともかく、もう1人の〝マッドサイエンティスト〟さんはまたしても可愛い女の子です」

「それも非常に、とても、ものすごく、抜群に」


「……まあ、そうかもしれないけど」

「それが?」

「〝怪盗〟の時も〝暗殺者〟の時も言ったけど、別に顔で選んでるわけじゃないって」


「その言い分は一応、百歩譲って聞き入れました。……ただ」


 紺色の瞳をじっとデバイスの画面に近付ける少女。


 映っているのはスカウト予定のマッドサイエンティスト(女子)……ではなく、詐欺師(男子)の方だ。


 しばらく観察を続けていた少女は、やがて微かな吐息を零しつつ一言。


「ここまで来たら理想の秘密結社ハーレムを作るのかな、と思っていたので……」

「もしやこの〝詐欺師〟も美少女なのでは? と」


「……あまりにも信用がなさすぎる」


 協力者からの物言いに思わず脱力する俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る