5月2日(木)_人肌恋しいハッカー少女《1巻3章冒頭》

「――なあ」

「お前の《電子潜入シグナル》って、具体的にどんなことができるんだ?」


 伝説の暗殺者をスカウトした数日後。


 完全犯罪組織としての連携を強めるため、また来週に控える〝宿泊研修〟に向けて、背中からもたれかかってきている彼女にそんなことを尋ねてみた。


「む」

「くろまくさんは、わたしに興味津々……ってこと?」

「ぶいぶいのぶい」


「……まあ、否定はしないけど」


 淡々とした擬音で俺の鼓膜を揺らす彼女に対し、人差し指でそっと頬をきながら消極的な同意を返す俺。


「確か電子機器を操れるんだよな?」


「そのとーり」

「どんな機械も、じゆうじざい……いんたーねっとも、はいりほうだい」

「むふん、どやぁ」


「ハッキングにはぴったりだな」

「秘密なんかあっという間にバレちまいそうだ」


 PCもデバイスも電子錠も監視カメラも何もかも、彼女にとっては容易く侵入できる代物しろものらしい。善にも悪にも転びる強力な《才能クラウン》と言っていいだろう。


「ちなみに……それ、どうやってるんだ?」


「む?」

「てつがくてきな、しつもん……?」


「や、そうじゃなくて」

「こう……何ていうか、イメージが沸かなくてさ」


「んむ」


 短い相槌あいづち

 暗殺者の少女がこくりと頷くたびに、さらさらの黒髪が頬を撫でる。


「わたしも、なぞ……かんかくてきに、弄れるかんじ?」

「機械のなかを、ばーちゃるわたしが泳ぎまくり」


「へぇ……」

「アバターを操ってる、みたいな感じか」


「そうかも? げーむてきな、かんじかも?」

「だから……くろまくさんのデバイスにすむことも、かのう」


「なるほど。……で」


 ちらり、と。


〝近く〟や〝隣〟ですらなく、椅子越しにべったりと背中から抱き着いてきている黒髪の少女を改めて見遣る。


「……それ・・が、副作用ってわけか」


「そう」

「誰かに、くっつきたいしょうこうぐん……くろまくさんは、特におきにいり」

「ふにゃふにゃに、なる……うにゅぅ……」


 すりすりと頭を摺り寄せてくる少女。お餅みたいに真っ白でぷにぷにの頬が吸い付いてきて、甘いミルクのような香りが鼻先を撫でる。


 無垢なる暗殺者による絶え間ない猛攻――。


(くっ……俺には、俺には一条いちじょうさんが……っ!)


 煩悩ぼんのうを振り払うのがとてつもなく大変だった。

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